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第13話 何事も諦めが肝心

 パンダ武器屋に入ると、いわゆる普通のパンダは見当たらなかった。


「いらっしゃいまっせー」


 カウンターの奥から、やたらと愛想のいい挨拶をしてきたのは、真っ黒い猛獣だ。

 パンダって真っ黒だっけ?


 僕は首をかしげた。尻尾が黒いか白いかが争点になることはあっても、顔や体は真っ黒ではないはず。

 胡散臭げに見ていた視線に気づいたのか、黒い猛獣はニヤリと笑った。


「気づいちゃった? 今日は黒くするのがマイブームなんだよね。これが白いときのやつで、こっちが普通のときね」


 黒いパンダが見せてくれた写真には、真っ白なパンダと、白黒のパンダが写っている。

 どうやら、このパンダ店員は日によってカラーリングを変えるらしい。


 まぎらわしい。

 はた迷惑なご趣味をお持ちのパンダのようだ。相変わらずどうでもいいところにだけ細かい作りでうんざりしてくる。


 白いお姉さんに質問する。


「そういえば武器に関してはチェーンソーがあるんだから、もう新しいのはいらないんじゃないの?」

「いえ、残念ながらチェーンソーは、魔王様にはまったく効果がないのです」


 首を横に振る白猫。ハムスター勇者も、真似をする。


「な、なんだってー」


 雑魚に効果的な武器がラスボスに役に立たないというオチか。


 創造神め、やりやがったな。遊んでいる人間を落胆させることにかけては、その創造神は超一流だ。それだけは認めてやる。よっぽど作っているやつは性格が悪いに違いない。絶対だ。


 僕は仕方なく、壁や棚に並べている武器をいろいろ見ていくことにした。


「なにをお探しかな?」

 黒いパンダ店員は、鋭い爪をこすりつけるようにもみ手をしている。


 うっかり値切ったりしたら、その爪で切り裂かれそうだ。


 さきほどの防具店では料金をすべてタダにしてもらったので、まだ所持金は、999兆9999億9999万9999ゴールド残っているはず。


 あまり期待しないようにしつつ、例のセリフを言ってみる。


「一番いいやつをお願いします」

「おーけー。お兄ちゃん、太っ腹だねー」


 黒いパンダ店主が奥の棚から、やたらと長くて太い杖を出してきた。金属で作られているのか重厚さに溢れるフォルムをしている。


「魔法使いさんなら、これが一番パラメーター的には美味しいかな」


 黒いパンダ店主が手渡してきた瞬間、あまりの重さに床に落としてしまった。床の木材にめり込んでいる。

 あっぶねー。腕がもげるかと思った。


「んーーっ。ぐぁぁーーー」


 もう一度、持ち上げようとしてもビクともしない。

 だめだ。

 杖を振るどころか、持ち上げられないし、これでは装備したら最後、身動き一つできない。

 あまりに重すぎる。


 そういえば、レトロゲームが好きな父が、武器やアイテムの全てに重さが設定されている某アクションRPGを遊んでいた時に、強い剣を手に入れたーと喜んでいたら、あまりに重くて動けなくなり、敵にボコボコにされたことがあるという残念な武勇伝を語っていたことがある。


 そのとき父が学んだ教訓は「あきらめが肝心」だったらしい。

 まさしく今の僕にも、あきらめが肝心なようだ。


「あのー、すみません。もうちょっと軽いものはないでしょうか?」


 どうせまた競歩で移動するのだから、極力軽くてそこそこ強いものが良さそうだ。


「できれば、こんな感じの」

 壁に飾られている、細身のプラチナで装飾されている杖を指差した。


「あぁそれは、いわくつきの一品なのです」

 黒いパンダ店主がニヤリと笑う。


「いわくつきって、どういうこと?」

「生きているカエルが宿っていると言われる杖でして、餌となる虫を前もって用意しておかないと、きちんと働かないという設定になっております」


「なにその面倒臭い設定」


 小さなため息をつく。

 先ほどの防具屋に負けないぐらい、この武器屋にはろくな武器が売っていないようだ。


「ちなみに、その餌になる虫ってのはどこに売ってるの?」

「残念ながら購入するのは無理です。捕まえてしばらくすると死んでしまいますので、この虫ホイホイを常に装備しておいて、随時補充するということになってまして。もちろん虫自体はどこにでもいますから、すぐに捕まえられますよ」


 掃除機のような謎の装備を手渡される。背負えというジェスチャーをされる。


「なにこれ」

「こちらがセットになっております」


 装置から出ているじゃばらになっているホースの先には、理科の実験で使うような、ろうとがつけられている。これで虫を吸い込めということらしい。


 いまだかつて、こんなみっともない装備をつけたまま戦う魔法使いを見たことがあるだろうか。

 いや、ない。絶対にない。


「ありえなくないですか、これ」


「普通に考えるとありえない気がするかもしれませんね。でもこちらの杖は魔法攻撃だけじゃなくて、虫さえきちんと補充すればカエルでの物理攻撃もできますから、実はかなり強いんですよ、これ」

「うーん」


 残念なことに、僕は虫が死ぬほど苦手だった。虫を背負いながら戦うなんて、想像したくもない。


「こ、これの次に強いやつはないの?」

「お客さん、注文の多い客だね。では、こちらの杖は、いかがですかね」


 虹色の水晶がちりばめられ、蝶の羽のような装飾が施されている杖だった。有名RPGの武器だと言われても納得できるぐらいに、センスのいいフォルムをしている。


「いいじゃん。格好いいし。これでいいよ」


 だがパンダ店主がものすごく困った顔をしている。


「またなにかいわくつきなの?」

「ものすごく強いのですが、二回に一回の割合で攻撃を外す呪いがかかっています」


「なにそれ、実質半分の攻撃力にしかならないってことだよね」

「しかも、特殊効果として、ボス戦だとさらに攻撃を外す確率がアップするという呪いもありまして」


「すげー弱いじゃん。魔王戦で使えないなんて、全然だめじゃん」


 パンダ店主に杖を返しながら、僕は抑えきれなくなった苛立ちを口にする。


「どうして強い武器ほど、格好悪いとか使えないみたいな設定になってるんだ。ばかなの。なに考えて設計してるの。レベル高くなってお金貯めたら、普通は俺TUEEEEって思えるような武器を買いたくなるよね。それが普通だよね。どうしてこのRPGは普通のことも満足にできないんだよっ」


「だ、だめです。それ以上言ったら。強制排除されてしまいますからっ」


 白いお姉さんにパンチをくらった。なんかちょっと快感。


「ご、ごめんなさい、つい手が……」

「もう一回……じゃなかった、僕もちょっと言いすぎた、ごめん」


 できることなら、もう一回パンチをくらいたかった。いやむしろ白猫の状態で猫パンチをくらってみたい。そうお願いしそうになったが、ただの変態みたいなので、ぐっと我慢する。


「じゃあ、お客さん、これなんかどうだい。特殊効果はなにもないけど、能力自体はそれなりにあるよ」


 ごくごく普通の杖だった。型落ちした在庫品のような、いかにも古臭くてダサい感じのデザインだが、今までの怪しい品々に比べたらマシだ。軽いし長さもちょうど良く、振りやすい。


「じゃあそれでいいよもう。いくら?」


「999兆9999億9999万9990ゴールドです」

「は?」


「999兆9999億9999万9990ゴールドです」

「高っ!」


「もしかして、料金を払えないとおっしゃるので?」


 パンダ店員が首をコキコキ鳴らして、肩慣らしをし始めた。払わなかったら殺されそうだ。


「は、払うよ。払えばいいんだろ」


 僕は999兆9999億9999万9990ゴールドを払った。

 残っているのは、たったの9ゴールドだ。

 なんか納得がいかない。


 どうして頑張ったことに対する報酬であるべき装備がこんな適当なゴミみたいな設定だったり、バカみたいに高かったりするんだ。


 楽しく遊ぶための娯楽なはずなのに、どうしてこんなにイライラしなきゃいけないんだ。


 はぁ。

 もう帰りたい。

 やっぱり元の世界に帰りたい。


 それどころかこの世界に来る直前に戻って、やり直したい。すき焼き弁当をもう一度普通に全部きれいに食べたい。


 もう疲れたよ。

 金太郎みたいな変なエプロンや、みっともないふんどしを装備して、ダサいデザインの杖を持って、とぼとぼ歩く僕のことを町人NPCがじろじろ見ている気がする。


 笑えばいいさ。

 そんなにダサいっていうなら、いくらでも笑えよ。


 とっとと魔王を倒して、元の世界に戻るんだ。

 これ以上こんな世界にいたくない。こんなクソゲーはもう嫌なんだよ。


 そう思ったとき、町人NPCの言葉が耳に入った。


「本日の魔王様はアレなんだってねぇ」

「まぁアレなのかい。そりゃーかわいそうに」


 本日の魔王様ってどういうことだ?

 アレだからかわいそうにってどういうこと?


 疑問に思ったことを白猫に尋ねた。


「もしかして、この世界の魔王って、日によって違うの?」


「そうですよ」

「そうですよって、いや、なんかおかしいだろそれ。小学校の日直じゃあるまいし」


「そうですか? ずっと同じ人が担当をしていると、最初に魔王になってしまった人だけが、毎日たくさんの冒険者に殺されることになるのは可哀想だから、毎日違う魔王にしてしまえばいいのでは、という考えでそうなったようですよ」


 確かに、ずっと一人の魔王だけがひどい目に合うのは可哀想かもしれない。それも一理ある。


 だがここはRPGの世界だ。勇者が魔王を退治するのが当たり前の世界なのだ。その世界なりのことわりというものがあるはず。


「そもそも魔王って当番制でなるものではないでしょ。倒されるようなことをしてるから魔王なんじゃないの? 使命とか、そういう由緒正しき血筋とか因縁とか、いろいろそうせざるを得ない事情でやるもんではないの?」


「うーん。でもこの世界の住人はみんな二進数の0と1だけで成り立っている存在なので、使命とか血筋とか因縁とか、魔王でなければならない事情というものですら、すべてどう設定するかでしかないので。そういう意味では、誰がやっても一緒なのではないかと」


「一緒じゃないよ。プレイする人の気持ちの問題だよ。昨日倒したはずの魔王が、今日は勇者になってたら、自分の苦労はなんだったんだって、気持ちが萎えるだろうが」


「そういうものなのですか」

「そういうものなんですよ」


「なるほど。私は本当の意味で人間だったことがありませんので、そのお気持ちはよくわかりません。ですがそれが重要な問題点だということでしたら、創造神にお伝えしたいところですが、現状では不可能です」


 白いお姉さんは、困ったような顔をして首を横に振る。


「最初にもお伝えしましたが、残念ながら問い合わせ機能が壊れているようで、いくらこちらからメッセージを送っても届いていないようなのです。ですから、もうこの件に関しては諦めていただくしか」

「でしょうね」


「あ、でもこのゲームをクリアしたときに、創造神さまに一言メッセージを送れる機能があるという噂があるのは事実ですので、それを利用すれば……」

「わかった、わかったよ、もういいよ。クリアするまで文句は我慢しろってことだろ」


 このRPGは、いったいなんなんだよ。

 体力的にも精神的にもぐったりすることだらけだ。


「お疲れのようですね。私にできることはこんなことぐらいですが……」


 気がついたら、ふわりと体が浮いていた。

 僕は白いお姉さんにお姫様抱っこされていた。


「ちょ、ちょっと、あの、え?」

「もうお金もありませんし、買い物は終わりにして、魔王の不思議なダンジョンへ向かいましょう」


「いや、あの、おろしてくださいよ」


 なんか僕の体に柔らかいものが当たっている。

 絶対にアレだ。

 柔らかいあのアレが当たっている。


 白いお姉さんが歩くたびに、いい感じに白いお姉さんのお胸が僕の体に当たっている。

 だ、ダメだ。これ以上無理だ。


 そう思った瞬間、ちょうど町の外へ出たところで、僕は地面にずさーっと転がった。

 横には白猫も転がっていた。


「ごめんなさい、ちょうど猫に戻ってしまいましたね。さすがに猫の姿では、抱っこを続けるのは無理そうなので、自分の足で歩いていただけませんか」

「あ、はい」


 僕はほっとした。

 あと数秒遅かったら、いろんな意味で確実にやばかった。


 ナイス、呪い!

 ビバ、呪い解除タイミング!


「あれ? そういえば勇者は?」


 さっきまで白いお姉さんの肩に乗っていたはずハムスター勇者の姿が、今は見えない。

 地面に転がったときに、どこか遠くまで飛ばされたのだろうか。


「勇者様ー」


 白猫と二人で周りを探すが、どこにも姿が見えない。


「もしかして……」


 宝箱の蓋が少しだけ開いたままだった。

 やっぱり。


「また逃亡したみたいです。探しに行きますよ」

「えぇーっ、またー?」


 僕と白猫は宝箱に吸い込まれていった。







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