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第12話 一番いいやつを頼む

 ようやく一番近くにあると言われた町に到着した。全然近くなかった。


 僕の膝は大爆笑だ。

 笑い倒してくれている。いい加減笑うのはやめてほしい。


 普段はそんなに運動をしていないので、こんなに長距離を移動すると、あからさまに体が悲鳴をあげているのが丸わかりで、まったくもって情けない。


 やっぱり白いお姉さんにおんぶしてもらえばよかったと、町に向かう途中で何度も後悔していたのは、ここだけの秘密だ。もしもう一度チャンスがあれば、やせ我慢をせずに素直に好意に甘えよう、そう思った。


 町と荒野を区切っている大きな門を抜けると、オアシスの隣に小さな店がいくつか並んでいるのが見える。メインストリートというほどの長さもないが、それなりに冒険に必要そうな店は、一通り揃っていそうだ。


 だが町を歩いている人は少ない。

 ほとんどが同じセリフを繰り返している町人のNPCだ。


 前に白猫がこのゲームのことについて閑古鳥が鳴いていると説明していたが、それは事実のようだ。これが現実社会なら、ゴーストタウンになっているだろうが、作り物の世界では関係ないらしい。


「まずは、ここで防具を新調しましょう」


 白いお姉さんに促されて、シロクマ防具屋と書かれた店に僕とハムスター勇者は入っていった。


 壁には様々な防具が飾られている。

 銅の鎧、くさりかたびら、鉄仮面、なぜか剣道の面や野球の審判がつけるようなマスクまで置かれている。


 世界観が無茶苦茶だが良いのだろうか。相変わらず創造神の仕事が惚れぼれするぐらいに適当だ。


「いらっしゃい」

 声をかけてきたのはシロクマだった。


 リアルなシロクマだ。デカイ。こんな猛獣が店番をしたらダメだろう。みんな怖くて帰っちゃわないんだろうか。

 もしほかの町にも商店があれば、絶対にこんな店には入らなかっただろう。だが選択肢はない。


 顔をしかめた瞬間を、店主のシロクマに見つかりギロリと睨まれた気がする。慌てて目線を外して商品を見ているフリをする。


「そういえば、お金ってどうなってるの」

 白い獣の威圧感にビクビクしながら、僕は白いお姉さんに小声で質問する。


「999兆9999億9999万9999ゴールドあります。カンストしてますね」

「え? そんなにあるのっ?!」


「レア敵を倒したので、その時に999兆9999億9999万ゴールドほど手に入れたみたいですよ」

「な、なるほど」


 いろいろバランスがおかしいが、こういうバランスクラッシャーは大歓迎だ。

 むしろここはカンストした状態でもバグらずに、きちんとオーバーフロー処理がされていたことを褒めるべきだろう。あの仕事が雑な創造神にしてはグッジョブだ。


 999兆9999億9999万9999ゴールドもあれば、なんだって買えそうだ。


 今ならあのセリフが言える。

 いや、絶対に言う。


 カウンターの前に行くと、店主のシロクマに向かって、一生に一度ぐらいは言ってみたかったセリフを決めてみた。

「一番いいやつを頼む」


 だがシロクマは、うんともすんとも反応がないままだった。


「あ、あの……一番いいやつを……その……」

 涙目になりながら、もう一度セリフを繰り返す。 


「あぁ、すみません。ちょっと新曲に聴き入ってまして」

 シロクマは白いイヤホンを取りながら僕を見た。


 どうやら無視されていたわけではなく、聞こえていなかっただけのようだ。白い体に白いイヤホンではさすがに見えなくてもしょうがない。


 とはいえ店番をしているときに何かを聴いているというのはどうなのかと思うが、これだけ客がこないなら致し方ないのかもしれない。


 あれほど怖い印象だったシロクマは、喋ってみると案外優しそうな声をしていた。

 遊園地などにいる着ぐるみに人が入っているようなものだと思えば大丈夫かもしれない。そう思い込むことにした。


「いやー、やっぱいいですわー白猫団48」

「白猫団……48……?」


 僕は首をかしげる。どこかで聞いたような数字だ。


「知らないんですか? 白いもふもふなやつらが四十八匹、踊りながら歌うんですよ。そりゃーもう可愛いのなんのって」


 シロクマがイヤホンが繋がれていた端末のモニターを見せてくれた。


 白いもふもふが踊りながら歌っている。

 な、なんて可愛いんだ。瞬殺だ。メロメロだ。目が離せない。


 これなら何十枚でもCDやらDVDやらBDやらを買ってしまうかもしれない。もしもの話だが握手券ならぬ、抱っこ券みたいなのが付いてたら百枚ぐらい買っちゃいそうだ。


 背後で見ていた白いお姉さんが話に割り込んできた。


「あー白猫団48ですね。実はちょっと前まで、私がセンターをしていました。もう卒業しましたけど」

「マジかー。マジかぁぁー。サイン書いて、かいて」


 シロクマがどこから出してきたのかサイン色紙とマジックペンを白いお姉さんに渡した。


「今はこんな姿なんで、肉球スタンプはできませんけど……それでよろしければ」

 白いお姉さんはサラサラと読めない文字を書いて、シロクマに渡した。


「うぉー宝物にするぜー。さんきゅー。もうどれでも好きなもん持って行ってくれよ」

 シロクマはデレデレと色紙を眺めている。


 ことあるごとに食べ物の前でよだれをたらしているようなあの白猫が、あの白くてもふもふな白猫団48のセンターだったなんて。


 恐るべき白い毛玉なり。もし機会があれば、さっき見た踊りを目の前でやってもらおう。そうしよう。


「で、どれがほしいんだい?」

「い、一番いいやつを……お願いします」

「あいよー」


 シロクマが出してきたのは、中途半端な風呂敷みたいな正方形の黒い布だった。四方に紐のようなものがついている。真ん中に『最強』という達筆な文字が書かれている。


「え? なにこれ」


 手に取ってみても、どこが一番いいやつなのか、さっぱりわからない。防具であるのかすら謎だ。

 だいたい最強と直に書いちゃうってどういうことなんだ。デザイン的に手抜きをするにもほどがあるだろう。


「これは『白夜のエプロン+999』ってやつでな、夜になると流れ星エフェクトが煌めく見た目もびゅーてぃほーな一品なんだ。ほら、装備してみなよ」


 シロクマに黒い布を渡されて、僕はしぶしぶ受け取る。


 装備しようと思ったが、どうやってつけたらいいのかよくわからなかった。エプロンというのになぜ紐が四つもあるのか。


 とりあえずローブの上から、普通のエプロンのように腰に巻きつけてみる。いまいちしっくりこない。

 腰につけるにしては紐が二本多い。あまった紐がぷらーんと揺れている。最強という文字も斜めになってしまう。


「ダメダメー。このエプロンはね、裸に装備しないと本来の性能が発揮されないんだよ。それに腰に巻くんじゃなくて、胸に当てるの。ほらよく昔話の金太郎がつけてるみたいな、赤いアレっぽい感じで装着するんだよ」


「は、裸?! 金太郎?!」


 なるほど、クマだから金太郎か。

 っていやいやいや。あの金太郎が乗ってるのは茶色いクマだった気がするし、たぶん関係ない。


 つーか、一番いいやつとやらがどうして金太郎のアレなんだ。わけがわからない。


 裸の自分がアレを装着している姿を想像した。

 ありえない。まったくもってありえない。


「ほら。脱いでぬいで、とっとと脱ぐ」


 シロクマが手際よく僕のローブを剥ぎ取り、下に着ていたスウェットのトレーナーすら脱がそうとする。


「ちょ、ちょっと、待てよ。おかしいだろ、こんなのが一番いいやつとか。もっといいやつがあるんだろ? 僕がこの世界のことをなにも知らないからって、騙そうとしてるんだろ。こんなのが本当に強いわけないだろっ」


 僕はローブを取り返して、シロクマの手の届かないところまで離れる。


「騙すだなんてクマ聞きの悪い。わざわざこの町までこのエプロンを手に入れるために訪れる人も多いんだよ」


 シロクマは心外だと言わんばかりの顔をする。


「そりゃそうだよね、この付近にはほかに町がないんだし、商店があるのはこの町だけだから、わざわざ買いにも来るだろうよ。当たり前じゃないか」


 あきれたように答える。


「だからこそ、ここで最強の防具は、この世界で最強でもあるんだけどね。どれだけ強いかは実際に装備して戦ってみたらわかると思うよ。この店で売ってる防具の中で、魔王の攻撃に耐えられるのはこのエプロンだけだよ」


 シロクマは、あくまでも嘘はついてないというスタンスのようだ。そこまで言われると、もうその言葉を信じるしかないのかもしれない。


 白いお姉さんが真面目な顔で、さらに後押しをするようなことを言う。


「RPGの世界では、なぜだかわかりませんが『肌の見える範囲が増えた方が強くなる』という謎の法則があるので、あながちおかしくはないと思います」


 確かに、今の白いお姉さんの体つきで、あの金太郎みたいなアレを装着したら、それこそ敵を魅了しまくって弱体化させるぐらいの効果はあるかもしれない。


 だが僕は男だ。

 イケメンというわけでもなく、ふつーの、いやどちらかというと顔面偏差値の低めの残念な大学生だ。

 いくら世界観が崩壊してるこのRPGの中でも、あまりにも限度があると思う。


 二の足を踏んでいる僕を見かねたのか、ハムスター勇者が足元に駆け寄ってきて、うるうるした瞳で訴えかけてくる。


「魔王に立ち向かえる装備をきちんと買って、ぼくのために戦ってください。お願いします」


 卑怯だ。

 もふもふの毛玉が、つぶらな瞳でうるうるとか卑劣過ぎる。


 「だがことわる」と言えたらどんなに良かっただろう。


 でも僕はそこまで卑劣な男ではなかったようだ。

 結局は根負けしてしまった。こんなところで押し問答をしている場合ではない。

 仕方なく腹をくくることにした。


「わかったよ、もういいよ。着るよ。着ればいいんだろ」


 白猫とハムスター勇者がじっと見ている。二人でこそこそと耳打ちをしている。

 嫌な予感しかしない。


「見るなよっ。あっち向いてろっ」


 店の奥にある試着室に入り、ローブとスェットの上下を全部脱いで、金太郎のアレみたいなエプロンを装着した。


 鏡を見る。

 いわゆる男が裸エプロン的なことをすると、どうしてこうもキモいのだろうか。

 金太郎は子供だったから許されたのか。


 それとも、お相撲さんが褌一丁でも全然大丈夫なように、もし僕がもう少しぽっちゃりとした体だったら、こんな変なエプロン装備でもなんとかなったのだろうか。


 体からあふれでる絶望オーラとともに、試着室から僕は出てきた。


 白いお姉さんがあまり目を合わさないようにしている。

 後ろを向いて、棚に少し隠れるようにして、こっそり笑っているのが見える。


 こそこそ笑うぐらいなら、目の前で笑ってくれたほうがまだマシだ。

 もう嫌だ。


 こんなくそな装備しか用意されてないRPGの世界もうんざりだし、無茶苦茶なミッションをやらされるのもうんざりだ。


 やめだ。

 もう自分の世界に帰る。


 試着室に戻ってエプロン装備を脱ぎ、スウェットの上下を着る。

 そのまま乱暴に試着室を出て、カウンターにエプロンを投げ捨てて、白いお姉さんの前に立った。


「あちらの世界に戻してほしい」


 白いお姉さんは、じっと僕のことを見つめている。


「本当に帰ってしまうのですか。報酬は手に入りませんよ」

「いいよべつに。どうせ今まで通りに、貧乏学生の生活を続ければいいだけだから」


「ミッションをクリアすれば、すき焼き弁当なんか毎日食べられますよ。それどころか本物の高級なすき焼き屋さんにだって行けちゃいますよ」

「そんな贅沢はどうせ毎日やったら飽きるよ」


「本当に、本当に帰ってしまうのですか。どうしても?」


 白いお姉さんはとても悲しそうな顔をした。

 ハムスター勇者も、僕の足元でローブの端っこを持って、うるうるした目で見上げている。


「このまま帰ってしまったら、もう二度と会えませんよ。そんなの私は嫌です」


 白いお姉さんは、ほろりと涙を流した。

 泣かれるとは思ってなった。

 でも嫌なものは嫌なんだ。


 僕たちのやり取りを見かねたのか、シロクマがエプロンを手渡しながらこう言った。


「お客さん、悪かったよ。裸じゃないとダメっていうのは嘘なんだ。新米の冒険者を見ると、ついからかってしまうのが俺の悪い癖でね。すまんすまん。ほら、ローブの上からでも大丈夫だから、ちゃんと装備してくれよ」


「は?」

 僕は開いた口が塞がらなかった。


「こんなに真面目に、きちんと裸エプロンをやってくれた客は初めてだ。あんた人が良すぎるぜ。だが俺はそういうやつは嫌いじゃない。おまけにこれをつけてやるよ」


 シロクマは白い細長い布を渡してきた。

 ま、まさか、これは……。


「これは『伝説のふんどし+999』だ。身かわし率が三倍にアップする代物でな。もちろん裸エプロンとセットで装備したら、ごく一部の敵だけ100%の確率で魅了されるという隠しパラメーターがあるとかないとかっていう噂もあるらしい」

「その噂は……どうせ嘘なんですよね」


「さすがに二回目は騙されないか。あ、そうだ、装備の仕方がわからないなら、俺が手伝ってやろうか」

「結、構、です」


 もうどうでもよくなった。

 わかったよ。やるよ。続けるよ。続ければいいんでしょ。


 最後まで付き合ってやるよ。

 やけくそだ、こんちくしょー。


 エプロンとふんどしをシロクマからひったくると、ものすごく適当にローブの上からエプロンを装着し、ものすごく適当にスウェットのズボンの上からふんどしを装着した。


 確かにパラメーター的なものがぎゅんぎゅん上昇した。

 こんな見た目だが、性能的には最強で一番いいやつであることは間違いないらしい。


「お詫びにお嬢ちゃんには、これをおまけしよう。でかい割に軽くて、でも最高に強い盾だから」


 シロクマは白いお姉さんに大きな盾を渡した。やはり『最強』と達筆な字で書かれている。相変わらずデザインセンスが雑だ。


「ありがとうございます。これお代は……」

「いいよいいよ。全部サインのお礼」

「感謝いたします」


 満面の笑みを返すと、白いお姉さんは大きな盾を宝箱にしまった。

 僕は白いお姉さんに向かって言った。


「仕方がないから冒険を続けるよ。でもコソコソと陰で笑ったりしたら、二度とやらないからな」

「はい。さっきはごめんなさい。でも、続けてくれて本当に嬉しいです」


 白いお姉さんが笑顔で頷く。

 やっぱり彼女には涙より笑顔が似合う。


 その笑顔のためだけに、もう少しだけこのポンコツなRPGに付き合ってやることにしよう。


「では次は、武器ですね」


 シロクマ防具屋を出ると、白いお姉さんは別の店を指差した。パンダ武器屋と書かれている。

 シロクマの次はパンダか。この町には猛獣しかいないのか。


 それにどうせまた変な武器なんだろうなーと思いながら、あまり期待しないように自分で心のハードルを大幅に下げてから、僕は白いお姉さんの後について行った。






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