第10話 猫の宝箱に隠された秘密
ようやく自分の家に戻ってきた勇者ことハムスターは、いつまでたっても旅立たない言いわけをあれやこれやと並びたてていた。
「だって、あっちの世界だったら痛い思いしなくても、コントローラー操作して経験値稼ぎしさえすれば、ラスボスとか楽勝じゃん」
「中の人が戦ってくれるんだもん。ぼくじゃない勇者とか魔法使いとか、みんな強いんだもん」
いつまでたっても一向に準備が進まない状態だ。
白猫が必死にハムスターの勇者を説得しようとしているが、さきほどからあまりにも無意味な行為だった。
「それはもう聞きましたから。でもこちらの世界では、死ぬかもしれない状態で実際に戦っていただかないといけないんです。それが勇者様の使命なんですから。ちょっとは痛い思いをしますけど、どうせダメだったときはコンティニューしたら大丈夫なんですから、ね、頑張りましょうよ」
ハムスターの勇者は、駄々っ子のように足をじたばたさせて、転げ回って全身で拒否している。
どう考えても、この勇者に旅立つ勇気はなさそうだ。
はたから見ると、ちっこくて丸っこくて可愛らしいハムスターが遊んでいるようにしか見えない。
僕はついニコニコしながら、ずっと眺めてしまう。
はっ、いかん。
そんな幸せな気持ちになっている場合ではなかった。こうしている間にも制限時間は消費されているのだ。
白猫に聞いてみる。
「質問なんだけど」
「なんですか」
「この勇者がいないと魔王って倒せないの?」
「一応そういうことになってます」
「それは、ずっと攻撃してないとダメなレベル? それとも最後のとどめさえ刺せば大丈夫ってやつ?」
「どちらかというと、最後のとどめで必要になるという感じです」
「じゃーさ、いわゆる某有名RPGの馬車システムじゃないけどさ、バトルのときは勇者にはずっと隠れてもらっておいて僕たちだけで戦って、魔王の直前まで行ったら、最後の最後だけ勇者にとどめを刺してもらえばいいんじゃない? 一緒にパーティにいるだけである程度はレベルアップするし、それなら大丈夫でしょ、勇者様も」
ハムスター勇者は、ちょっと考えていた。
「……うん。わかったよ。一緒にいるだけでいいなら、ついていってもいいよ」
しぶしぶ頷いたハムスター勇者は、冒険の準備をし始めた。部屋に備え付けられている宝箱から、武具やアイテムを取り出し装備していく。
小さな剣、小さな盾、小さな鎧、小さな兜、小さなリュック、装備するものがなにもかもちっちゃくて可愛い。ハムスター勇者は着慣れない鎧の重さによたよたしながら、なんとか部屋の外に出た。
白い文鳥が心配そうに見ている。
「お気をつけて。いつまでも帰りを待っていますよ。また帰ってきたら、あちらで遊んだ楽しいゲームのお話を聞かせてくださいね」
「うん、わかった」
ハムスター勇者は少し涙ぐみながら頷いて、ばいばいと手を振る。
文鳥とハムスターの涙の別れに、ちょっとばかりもらい泣きしそうになる。
だが、悠長にそんな場面を見ている場合ではなかった。
やっとミッションが少しは進んだとはいえ、この部屋だけでかなり時間をロスした。
果たしてこんなペースで制限時間に間に合うのだろうか。不安になりながらも僕は問いかけた。
「次はどこへ行けばいいのかな」
白猫が答える。
「九十九個の神器を探しに、魔王の不思議なダンジョンへ向かいましょう」
なんだか聞き覚えがある名称に似ている気がしたが、華麗にスルーした。雑な創造神のセンスにつっこんだら負けだ。
「そのダンジョンは結構深かったりするの?」
「わかりません。入るたびに中身が変化すると言われているダンジョンですので」
名前からそんな予感はしていたが、いわゆるローグ系と言われるシステムのようだ。
バランスがうまく考えられたゲームなら、スルメのように遊べば遊ぶほど味が出てくるというようなタイプだが、これまでの雑な作り方を散々見せつけられてきた経緯を考えると、まったく期待できそうにない。
「ヤバそうだなそれ。傾向と対策を練るのも難しそうだし。また初見殺しのバランスになってんじゃないだろうな」
「その可能性は多いにあります」
僕と白猫は、同時にため息をついた。
「勘弁してくれよー」
「コンティニューしなくて済むように、できるだけ頑張りましょう」
とりあえず行ってみるしかない。どうやって乗り切るかは現場で考えるしかないだろう。
どうせバランス調整をろくにしてない創造神の仕事なんか、前もって予測するだけ無駄だ。ランダムだとしたら、本当にきちんと神器が配置されているかすら怪しいんだから、先が思いやられる。
「ダンジョンですべての神器を手に入れたら、魔王がいるフロアへの階段が現れることになっていますから、長い戦いになると思います。なのでダンジョンに行く前に、装備やアイテムを補充しておいたほうが良いかもしれませんね」
「ん? その宝箱からなんでも出せるんじゃないの? 某猫型ロボットのポケットみたいな感じでさ」
白猫が背中にしょっている宝箱を指差した。
こちらとあちらの世界を移動する機能だけでもすごいのに、あれやこれやといろいろ中からアイテムや装備を取り出せる機能までついている、超絶便利装置だと思いこんでいた。いままで何度となく助けられている。バナナ以外は。
「いえ、これは某猫型ロボットのポケットほど便利ではないのです。ただ単に倉庫や異空間と繋がっているだけなのです。前もって倉庫に入れたものは取り出せますが、ないものは取り出せません。噂では設計段階でバックドアみたいな機能も仕込まれているらしいという情報も聞いたことがありますが、今の所は実際にそういうたぐいの裏技が発動したことはないですね。とりあえずは出せるものに制限がある某ポケットっぽい倉庫機能と、どこでもいけそうで実際は行ける場所が限られている某扉っぽい転送機能が合わさったような装置だと思っていただければ間違いないかと」
「ふーん。そうなんだ」
便利なようで微妙に中途半端にアレとアレが組み合わさった代物のようだ。まぁ仕事が雑な創造神の作るものだから仕方ない。
「私の兄弟の三匹が倉庫番をしていて、こちらの状況に合わせていろいろ手配してくれますが、倉庫にないものは出せないのです」
白猫とそっくりな猫たちが、倉庫をうろうろしてアイテムを見つけては、宝箱に投げつけている姿を想像すると、なんだかちょっとだけほのぼのとした。むしろそっちを眺めていたいかもしれない。
「ちなみに、バナナを出したのは倉庫側のミスです。どうやら昼寝から起きた直後で意識が朦朧としていて、うっかりしていたようです」
三匹の猫たちは、倉庫で間違った責任のなすり付け合いをしていたのだろうか。
もし喧嘩になったとしても、猫パンチならあまり痛くなさそうな気がする。むしろ猫パンチで殴られてみたい。
そういえばと思い出す。一族がみんなあの呪いにかかっているということなら、白猫の兄弟もうっかり人間界の物を食べたら、全員があられもない姿になったりするのだろうか。
自分の部屋で見た白いお姉さんのありのままの姿を思い浮かべた。それがさらに三人となると……。
ごくりと唾を飲み込みながら、欲望のままにとても大事なことを質問した。
「その倉庫番をしている兄弟ってメス? それとも……」
「弟ですよ」
「あ、そ、そうですか」
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもないです」
僕の妄想は一瞬にして砕け散った。
白猫は不思議そうに見ている。
変な目で見ないでください。僕は最低な妄想をしました。もうしませんから許してください。
僕は必死に心の中で懺悔をした。
「ではとりあえず、一番近くにある町へ向かいましょう」
白猫がビシッと前足で前方を指差す。
だが見渡す限り荒野が広がっている。ちょっと嫌な予感がしたが、案内人には従うしかない。下僕は従順なのだ。
「わかった。ちなみに、その町への道は……」
「競歩で向かいます」
「ですよねー」
勇者ご一行様は、一番近くにあるという町まで競歩で向かった。




