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第1話 宝箱が落ちていた

 今夜はやけに冷える。

 吐く息が白くなって消えていく。


 空を見上げれば大きな月が出ていた。

 どこかで野良猫が鳴いたような気がした。


 ボロアパートの階段を登り、部屋の前まで来ると違和感を覚えて足を止めた。


 玄関前に宝箱が落ちている。

 RPGなどでよく見るタイプの、赤くて金色の縁取りがしてある宝箱だ。


 どうしてこんなところに置いてあるのか、さっぱりわからない。誰かが間違えて捨ててしまったのだろうか。


 しばらく眺めていた。なんだか怪しいので、そのまま無視するべきだろうという思いもあったが我慢できなかった。


 僕は宝箱には目がないのだ。

 何が入っているのだろうとワクワクしてしまう。どうしても気になって、僕は宝箱に手を伸ばしてしまった。


 宝箱の蓋がパカっと開いた。中に入っていたのは白い猫だった。


 スヤスヤと眠っている。

 真っ白なもふもふの毛並み。丸まっていて白い毛玉のようになっている。


 なんだか可愛い。

 よく見ると薄水色の首輪をしている。野良猫ではなく飼い猫のようだ。


 箱に入っているのを知らずに飼い主に捨てられてしまったのだろうか?

 もし捨て猫なら助けてあげたほうがいいのかもしれない。


 でもこのオンボロアパートはペット禁止だ。とはいえ実家に連れて行くにも両親がしばらく留守にしているし、どうしたものか。


 ふと外を見ると白い雪がちらほらと落ち始めている。

 寒くなってきたと思ったら、雪が降り出したようだ。このまま外に放置するのは危険かもしれない。


 そのとき、白猫が目を覚ました。

 首輪と同じ薄水色の綺麗な瞳をしている。


 実家で飼っていたシロに似ている気がする。今は遠縁の親戚に預けているから、こんな場所にいるわけがない。他猫の空似というやつだろうか。


 白猫がこちらを見る。視線が合った。


「おかえりでしたか。やっと会えましたね」

「……!」


 猫がしゃべった。

 白いもふもふがしゃべった。


 僕は、慌てて宝箱の蓋を閉めた。何も見なかったし聞かなかったことにした。

 ついでに金具をひねって鍵っぽいものもかけた。


 玄関の扉を開けて中に入ろうとするが、気が動転しているせいか、玄関の鍵穴にキーがうまく刺さらない。手が震えまくっている。


 自分では物事に動じない冷静なタイプだと思っていたが、このざまだ。実際におかしなことに遭遇するとみっともない姿をさらしている。

 自分がこの程度の人間なのだということを思い知らされたようで泣けてくる。


「なんで蓋を閉めるのかー。しかも鍵をかけたら出られないでしょーがー」


 宝箱の中から白猫の叫び声と、蓋を開けようと何度もアタックしているような音が聞こえる。


桜井真さくらい まことさん、お願いです。鍵を開けてください」

「なんで……僕の名前を」


 いぶかしげに足元の宝箱を見下ろす。


「当たり前です。忘れるわけがありま……いえ、その、玄関のポストに書いてありましたよ」


 確かにポストにフルネームが書いてある。引っ越した日に大家が勝手に書いたものだ。あの白猫は文字が読めるのだろうか。


「あなたは宝箱がお好きな方だとお見受けしました。しかも猫も大好きなんですよね」


 白猫が言うように、僕はゲームの中に出てくる宝箱が好きだ。


 特にダンジョンに潜るタイプのクラッシックなスタイルで、宝箱が開けることが真の目的となっているようなゲームが大好物だ。レトロゲームが好きだった父の影響かもしれない。


 中に入っているものは武器かアイテムか、それともレア装備か、罠は大丈夫か、そんなことを考えながら開けるときのワクワクがたまらない。


 すべての宝箱を開けないと気が済まないし、宝箱のないRPGなんて魅力が半減すると考える程度には宝箱が好きだ。


 もちろん猫のことだって大好きだ。昔小学生のころに捨てられていた白猫を拾って、ずっと実家で飼うというベタなことをしていたぐらいには好きだ。


 あの猫が醸し出す、すべての人間を下僕だと思っているかのような世界の覇者たるふてぶてしさと、そのくせ甘えることにかけては超一流という、ツンとデレの振り幅のデカさにはいつも感服するよりほかはない。


 昔読んだ夏目漱石の小説『吾輩は猫である』に出てくる猫は、人間に生まれるなら教師に限るというようなことを言っていた気がするが、むしろ僕は猫に生まれ変わりたいと常々思っている程度には猫のことが大好きだ。


 もし可能ならセレブの飼い猫に生まれ変わりたい。毎日ゴージャスなご飯を食べては寝て遊ぶだけの夢のような生活がしてみたい。


「ですから、あなたの大好きな物が両方セットになった、白猫入りの宝箱をご用意したんですよー」


 さきほどから白猫の言っている意味がよくわからない。

 どう考えてもあの小さな箱に人間は入れないので、しゃべっているのはあの猫ということになる。そんなことはありえない。


 だったら、レコーダーが入っていて、センサーで反応しているということなのだろうか?


「こんなチャンスは滅多にありませんよー」


 いくら聞いても意味が分からない。

 そうこうしているうちに、ようやく玄関の鍵を開けられた。僕は宝箱と白猫を無視して自分の部屋に入ることにした。

 玄関の扉を閉めた後も、かすかに外から声が聞こえてくる。


「あっ、ちょ、ちょっと、待ってくださいよー。あなたの人生を変える、これが最後のチャンスなんですよー」


 これこそまさに猫なで声というべきなのだろうか。なんだかとっても可愛らしい声で話しかけられると、うっかり耳を傾けそうになってしまう。


 いかん、いかん。

 冷静になれ、僕。

 実に怪しいではないか。


 最後のチャンスなんて言葉を使うやつは、ほとんどが金を巻き上げることが目的の詐欺師だけだ。

 今まで何度となくひっかかったことがある。僕ではなく両親が。


 二人ともそれなりに頭のいい科学者のはずなのに、自分の研究分野以外はからっきしで、いわゆる専門バカというやつだった。そのうえロマンチストで夢のある話が大好きだからタチが悪い。


 おかげでこの手の甘い話にはころっと騙される。人情話とかがからんでくると、さらにその騙されっぷりは悪化する。


 つい最近も大口の詐欺にひっかかったらしく、今は借金取りに追われて行方不明らしい。もちろんそのとばっちりで仕送りもストップして、僕の生活は貧困方面にまっしぐらだ。


「聞いてますかー。私はここにいまーす。お願いですー。話を聞いてくださーい」


 そうだ。あんな変なしゃべる生き物は無視するに限る。

 僕のお腹は減りまくりで辛抱たまらん状態だったので、白猫の言葉を聞こえない振りをしてそのまま奥の部屋に入っていった。


 荷物を降ろして部屋着のスウェットに着替えると、とりあえず玄関で起こったことはすべて忘れることにして、コンビニで買った弁当を温めることにした。


 電子レンジの中で、弁当が大人しくマイクロ波の攻撃を受けている。

 あと三十秒。

 だんだんいい匂いがしてきた。


 待ちきれずに電子レンジの前でうろうろしてしまう。

 頑張れ弁当。ほどよい感じに温まってくれ。


 そう念じている相手は、ずっと食べたいと狙っていたすき焼き弁当だ。有名焼き肉屋とコラボしたというちょっとお高い弁当なので、バイトの給料が出たら食べようと思っていた念願の代物だった。


 ピーピーという耳障りな電子音が聞こえて、マイクロ波との戦いを終えて温められたすき焼き弁当を取り出す。


 もうチンとは言わないのに、「レンジでチンする」という言葉はいつまで使うのだろう、なんてどうでもいいことを考えながらテーブルの前に座り、弁当の蓋を開ける。


 うぉぉ。

 とんでもなくいい匂いがする。


 付属の温泉卵を肉にかける。

 白身に包まれた黄身を箸で割ると、とろりとした卵の黄身が流れ出て肉になじんでいく。


 ほどよく刺しが入った肉を、割り下がたっぷりしみ込んだご飯ごと一緒に箸ですくい口に入れる。


 うまい。

 舌に触れた瞬間に広がる、まごうことなく素晴らしい味に、脳味噌だけでなく体全体が支配されてしまう。


 うまいうまいうまいうまいという歓喜の声が頭の中に充満して行く。

 噛めばかむほど、肉の旨味、割り下とご飯の甘みが口の中に広がっていく。


 たまらん。

 まったくもってたまらん。


 落ちぶれた貧乏学生が、数ヶ月に一度だけ味わえる贅沢な瞬間。

 身も心も幸福感に包まれていた僕の気持ちを切り裂いたのは、何度も激しく連打されるインターホンの音だった。


「なんだよもう、いいところなのに」


 最初に鳴ったピンポーンのポーンの部分が鳴りきる前に、次のボタンが執拗に連打されている。

 数えてみたら十五連打されたようだ。


 もしこの場にレトロゲーム好きの父がいたら「もう一連打すれば、高橋名人なのに」とか言うかもしれないなどと考えながら、しぶしぶ箸を置いて玄関へ向かう。


 もちろん大げさに向かうというほどのことでもなく、ワンルームの狭い部屋では、たった五歩で玄関に付く距離だ。


 ドアを開けると、あの赤い宝箱を両手で抱えている少女が立っていた。






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