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第58話 英雄の仮面


 あまねく大地を照らす陽光は既に無く、辺りが薄らと闇に沈み始めた頃。

 護は不思議と高揚し、どこか解放されるような感覚に満たされていた。


 危機に在った冒険者達を助け、たった一人で街から遠く引き離し、誰も見ていない所で孤独に戦い続ける。

 ――それはまるで、絵に描いたような英雄(ヒーロー)の姿ではないか。


 本当ならこのような強大な存在を前にすれば、挑もうとも思えないはずだった。

 しかし、様々なものを守るため、必死に戦い、渡り合って行くうちに護の中に芽生えるものがあった――もはや自分には残っていないと思っていた"自信"だ。


 いや、あるいはそれは、始めから砕けてなどいなかったのかもしれない。

 "『永遠なる影炎を駆る(シャドウフレイム)漆黒の貴公子(プリンス)』ならば信用される"という事は、裏を返せば"(自分)には信用されるに足る実力がある"という事を認めているからに他ならない。

 砕けてしまったはずの自信は、所詮は頭の中で捏ね繰り回していた"言葉"に過ぎないのだ。

 "それ"は護の根底に根付き、自然と言葉や行動の中に顕れている。


 そして、高揚する心、芽生えた自信、纏った仮面――誰も見ていない状況というほんの少しのスパイス、そして密やかな英雄願望が混然一体となり、そっと、いやぐいぐいと護を後押しした。






 憎き怨敵を圧殺せしめたと誤認識していたドレイクだが、それに満足した様子は無く、獲物を捜すように血走った目で周囲を見回している。

 放っておけば、いずれまたどこぞの山を登り、その圧倒的な巨体と致死の灰塵であらゆる命を蹂躙し尽くすのだろう。


 あらぬ方向を見る怪物に、近付く影が一つ。


 その姿は夕闇と散見する魔獣の屍骸に紛れ、容易に捉える事が出来ない。

 しかしもし捉える事が出来たなら、むしろ何故それまで気付けなかったのかと、風景にぽっかりと穴が空いたような暗く深い"黒"に、飲み込まれそうな感覚を覚えるだろう。


 影――護は疾駆する。

 破裂音を置き去りにしながら瞬く間に空を駆け上り、ドレイクが音に反応して振り向いた時には既にその姿を頭上へと移していた。

 引き絞る片腕には黒き影炎の輝き。


「――貫け!『黒裂穿牙(こくれつせんが)』っ!!」


 その全てを一点へと集束された強烈な爆発の衝撃が、ドレイクの頭頂部へと叩きつけられた。

 黒き牙となって打ち込まれた爆炎は堅い頭部の外殻すら深く穿ち、亀裂を走らせる。


 だがそれだけでは終わらない。

 護は空を蹴り、苦悶の声を漏らしながら大きく弾かれたドレイクの頭を追って跳ぶ。


「『穿牙黒裂華(せんがこくれつか)』!」


 ――黒い華が咲いた。

 ドレイクの頭頂部を穿っていた影炎(きば)に更なる影炎が注がれ、外殻の内部より弾けたのだ。

 その攻撃は遂に外殻を打ち崩し、埋もれていた鱗ごと引き剥がす。

 露出した頭部には瞬く間に影炎が燃え移り、かつてない熱さ、痛みをドレイクにもたらした。


「グル゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッ!!」


 未だ口腔を焼こうとする顔面を覆う炎の事も忘れ、ドレイクは絶叫する。


「……ッチ。煩いな」


 至近距離からの音の爆弾に、護は堪らず距離を取った。

 引き際に洩らした苛立ち交じりの呟きからは、声の主である彼の不遜な態度が窺えた。

 もし普段の彼を知る者が今の彼の態度を見たなら、きっと息を呑み、驚く事だろう。


 ……いや、どうだろう、純粋に賞賛するかもしれないし、頭の具合を心配されるかもしれない。

 あるいは苦笑いをしてそっと見ないフリをされるかもしれない。


 今でこそ大分改善されたが、まだどこか態度や言動の端々から自信の無さが伺えた彼の心境に、どのような変化が起こったのか――。


 肉を焼き焦がす熱さに悶え苦しむドレイクに、闇の中から護は静かに語りかける。


「痛いだろう、熱いだろう?

 良かったな、それは未だ貴様が生を享受しているという証だ」


「だが、貴様に命を散らされた者達はもう何を感じることも無い――

 彼らの守護者たりえなかった私に、出来る事は最早このような事しか残っていないが……」


 束の間、目を閉じる護。

 その目蓋の裏には、ここに到るまでに見た数々の暴虐の痕跡がくっきりと映っている。

 絶望に飲まれかけた幼子の涙を、絶望に飲まれても尚、抗い続けようとした戦士達の意志の光を、護は覚えている。

 次に目を開いた時、闇そのもので象ったような鎧兜の奥、隙間を埋める影炎ではない、静かな怒りの炎があった。


「命を散らされた者達の無念、残された者達の悲嘆、その命で贖って貰う。

 その程度で彼らの想いを晴らせはしないだろうが、僅かばかりの慰めにはなるだろう」


「――覚悟するがいい。

 この『永遠なる影炎を駆る(シャドウフレイム)漆黒の貴公子(プリンス)』が、今より貴様を断罪してくれる!!」


 ――否、護ではなかった。

 彼は芽吹いた自信を、しかし自己嫌悪が否定し、埋もれていた英雄願望を、しかし生来の引込思案が否定し、そして最終的に寸刻前纏っていた仮面に全て丸投げした。


 女王蟻の件以来、街で噂されていた『永遠たる影炎を駆る漆黒の貴公子』は自信に満ち溢れた英雄だ。

 そのイメージを、護は自分とはかけ離れていると思っていた。

 自分では無いと否定していた。


 そして今、反発する自己の矛盾。

 護は無意識のうちにそれを隔て、二つに分けた。

 分けられたそれ、その片割れとして――護は今こそ、復讐の代行者である『永遠たる影炎を駆る漆黒の貴公子』として覚醒した(少々壊れてしまった)のだ。




 最早その動きに迷いは無く、暴れ続けるドレイクへ向けて彼は駆け出した。


 影炎の爆発を連続して轟かせ、その体を再び空の高みへと押し上げる。

 破裂音に反応する事も無く、尚も滅茶苦茶に振り回されるドレイクの頭が静止する一瞬の合間。

 彼は空を逆さに蹴り、影炎の燃え盛る頭部の窪みへ猛然と飛び込んだ。


「『黒裂穿牙』!」


 再び叩きつけられる黒き牙。

 焼け爛れた皮を容易く裂き、その勢いを持って頭蓋を噛み砕かんと激しく圧力をかける。

 暗灰色の頭蓋が軋みを上げ、ドレイクに苦悶の絶叫を上げさせた。


「グゲッガッ、ゴアアアァァッッ!」


 ――砕けない。

 堅牢な頭部の外殻をすら深く抉ったはずのその一撃は、頭蓋の表面を削り、僅かに窪ませる程度に留まった。




 頭蓋と外殻、どちらがより堅いかといえば確かに頭蓋に軍配が上がるだろう。

 しかし、その差はここまでのものではなく、本来であれば頭蓋を打ち砕く事が出来ていた筈だ。それを何故防ぎきられてしまったのか。


 それもそのはず、影炎に肉を焼かれる激痛に対し、ドレイクは無意識的な反射で魔力をそこへと集中させていたのだ。

 防衛本能に基づいて集められた魔力は局所の硬度を飛躍的に高め、結果として頭蓋の――特に頭頂部は、外殻とは一線を画する頑強さを獲得していた。


 圧縮結界刀であれば、あるいは切り裂けたのかもしれない。

 しかし、初めから組み込んであるのならともかく、今の彼の魔装に可変機構はついていなかった。

 そして、この頑強な頭蓋に通用させられるほどの強度を持った結界刀を、今から展開するには必要と思われる魔力が多すぎるのだ。


 ――そう。魔力に余裕を残してあるなど、嘘だった。

 魔獣の群れを防いだ強固な反射結界。ドレイクを撃ち落とそうとして不発に終わった特大の放電魔術。その後、考えなしに乱発した数々の魔術。

 そして極め付けにその魔装。

 乱発した魔術を除き、そのどれもがダンジョン外の魔力だけでは発動することの適わない、格の高いものばかりだった。


 魔力の残量はかなり減っている。まだ四割半あるものの、肉体活性化の精度を考えれば三割以下に減らすわけにはいかない。

 それに、四肢の拡張部に充填する魔力は護自身のものだ。

 無論、可能な限り常に魔力の吸収効率を高めて大気から補充してはいるが、やはり消耗する魔力に追いつくほどではなく、じりじりとその残量を減らしていくだろう。


 それは護が無意識のうちに選んだ、"守り"の姿勢。

 その選択が間違っていたわけではない。だが、状況がそれを許さない。

 こんな時、もし"護"であれば魔力の残量を気にかけて、時間を稼ぎながら徐々に回復に徹したかもしれない。




 しかし厳しい状況の中、"彼"の取る選択は、


「――知ったことかっ! まだだ!!」


 瞬間、下へ向かって弾かれたドレイクの頭部を追って、空を蹴る。


「『獄焔(ごくえん)――』」


 一撃。

 これまで以上に魔力を込めたどす黒い爆炎の牙が突き立ち、頭蓋に小さな罅を入れた。

 ――まだ砕き徹すには至らない。


「っおおおおおおおおおおおおおぉっっ!!」


 だが、彼の魔闘技はそこで終わりではなかった。

 重ねて弾かれ、地面に触れそうなほどに下がった頭部を追い、二撃目。

 パキリと音を立て、二本目の牙が更なる罅を走らせる。


 遂に地面に叩き伏せられた頭部へ向け、三撃目――四撃目、五撃目。

 徐々に地面へとめり込ませながら叩き込む爆炎の連打。

 それは少しずつ頭蓋をへこませ、罅を広げ、亀裂を入れる。


 六撃目。

 一際強い爆発に反動をつけ、宙を舞った彼の右脚には濃密な闇の炎が揺らめいていた。


「これで――」


 天に向かって折り畳まれた両足で黒い爆発を踏み台に、彼は右脚を真下に突き出し、跳ぶ。


「終わらせる!『爆穿(ばくせん)連王牙(れんおうが)』!!」


 渾身の勢いをもって放たれた跳び蹴りは、放射状に広がっていた亀裂を蹴り抜き、頭蓋を貫いた。

 ――そして喰らいつく獄焔の(あぎと)

 突き立っていた六本の牙が七本目の王牙に命を吹き込まれ、命ぜられるままに王の敵を蹂躙し、貪り尽くす。


 頭の中に直接叩き込まれる獄焔の連鎖爆発に、いかなる生物であっても耐えられるものではない。

 ドレイクは苦痛の咆哮をあげる事すら許されずに脳を爆炎に破壊しつくされ、一際大きく身を跳ねさせた後、大地に身を伏し、完全に沈黙した。


「……地獄の炎に焼かれながら、己が行いを悔いるがいい」


 人の灯す明かり一つ無く、月明かりがぼんやりと照らす闇の中、それを見ていたのは無数に転がる魔獣達の骸のみ。

 誰一人として見届ける者のいない戦いが今、決着したのだ。




始まってしまえば何だかあっという間に決着がついてしまいました……!


装備:英雄の仮面

効果:心が昂ぶり、勇気を滾らせ、恐怖を薄れさせる。

   心が昂ぶり、かっこいい言葉(個人差あり)を口走らせる。

状態:呪われていて外せない!

備考:魔装を展開すると自動で発動するぞ!

   これを外すなんてとんでもない!満ち溢れた自信はイマジネーションを支え、魔術や魔闘技の威力を高めてくれるんだ!


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