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第52話 抗う者達

 重岩殻下等竜ヘヴィロックシェルドレイクが外壁を越え、掃討組の冒険者達による攻撃と誘導が始まった頃――ドレイクの長い大槌のような尾の先、崩れた外壁の間に、表情を険しくさせた護の姿があった。


(魔術師が眼前で注意を引き付けて、その間に戦士が攻撃? ほとんど削れてないみたいだけど、倒せるのか? ……いや、倒すつもりは無いのかな。

 今からでも少しずつ削っておいて、街から離れた所で一気に足を潰すつもりなのかも……倒すにしてもそれからか?)


 戦闘の様子からおおよその見当をつけたものの、護は動く事が出来ないでいた。


 この期に及んでドレイクに対して怖気付いている訳ではない。

 いや、勿論恐れてはいるのだが、


(どうしよう、どこに参加すれば……俺が入って連携乱れたりしないかな……)


 と、今までほとんどパーティーを組んでこなかった弊害か、戦場に飛び込む事に躊躇してしまう。

 一歩間違えれば命を落としかねない状況だ、下手をすれば彼らの連携を崩してしまい、取り返しのつかない事態を引き起こすかもしれないと、護は尻込みしていた。


 実際の所、彼らはいくつかのパーティーの寄せ集めにすぎない。急場しのぎの簡単な連携しかしていないのだ。

 よほど彼らの意図から外れた行為でもしない限り、声を掛けて戦線に参加すればいいだけのはず――だった。




 ファスターの東に広がる草原の中ほどに達した頃だろうか、ドレイクが歩みを止めたのは。


 それまでドレイクは、眼前で煩わしいばかりの攻撃をしてくる冒険者達を追っていた。

 鈍重な歩行動作に比べれば機敏な噛み付きも容易くかわされ、致死の効果を持った灰色の吐息ブレスは懐に潜られて捕らえる事が出来ない。

 そのまま押し潰そうともするが、気付けば、また眼前で僅かな痛痒も感じさせない魔術を執拗に顔面に放ってくる。――ドレイクは苛立ちを募らせていた。

 今まで食らってきた獲物は、そのほとんどを遠~中距離からのブレスで仕留めてきた。ここまで至近距離でやりあう事など滅多に無い。その上、はるかに体格差があるとなれば尚更だ。

 とにかく、ドレイクにこのような状況での交戦経験が無く、それに対応する攻撃手段も持っていなかった。これが冒険者達には幸いし、ここまで犠牲を出す事無く誘導する事が出来ていたのだ。


 そして逆にこの状況こそが、ドレイクに新たな攻撃手段を与える事となった。


「なんだ? まさか、もう足が破壊出来たってわけじゃないよな」


「そんな感じじゃない。……何か仕掛けて来るつもりかも、一度離れる?」


「いや、下手に距離を取ればブレスの餌食になるだけだ。いつでも離れられるようにだけしておく」


 [迷宮の薔薇]のメンバーに支援魔術を掛けた後、人手の少ない惹きつけ役に回ったシエーヌや魔術師達と、それを担ぐ戦士達が緊張を露にしながらも魔術による挑発を続ける中、ついにドレイクが動き出す。


「……ブレス……か?」


 何か特殊な行動を取るのではないか、と警戒する彼らの予想に反し、ドレイクの取った行動は深く息を吸うという、ブレスの予備動作だ。

 戸惑いを感じながらも、今まで通り懐に潜り込む冒険者達。




「――待って!魔力の動きがおかしい、ブレスじゃないっ!!」


 口腔に集うはずの魔力が全身を巡っている。その事に気付いた魔術師達が焦った様子で周囲に警告するが、彼らが懐へ飛び込んでくるのを待っていたかのように、ドレイクはその身体中に満ち満ちた魔力を解放する。


 瞬間、ドレイクに近付いていた冒険者達は外殻が弾け飛んできたかのように錯覚した。 ……いや、あるいは錯覚とも言い切れない。事実、全身の外殻は認識出来ないほどに薄くだが、弾け、霧散している。

 ただし、それは肉体にダメージを与える物ではない。


「なっ!っぁ――」


 急速に拡散した霧状の外殻はその領域の内に取り込んだもの全てを蝕み、侵食していく。


 後に残るのは灰色の世界――それはまるで、ブレスを受けた街並みの再現だ。

 冒険者達にとっては皮肉な事に、ドレイクは今までに無い状況を打破するため、有り余る魔力を使ってその場で新たな魔術を生み出したのだった。


 魔術師の警告に反応し、咄嗟に離れることが出来た者は極少数しかいない。

 特に深く懐に潜り込んでいた者は、為す術も無く石像と化していた。




 そして、それは四肢を攻撃していた者達も例外ではない。


「嘘、でしょ……? クシーッ! イーシャッ!!」


 領域が展開される少し前に魔闘技を放ったばかりだったレーナは、やや距離を取って魔力を集めていたことで、かろうじて広がる灰霧から逃れる事が出来ていた。




 ドレイクが動きを止めた事を当然訝しみ、警戒を強めた冒険者達だったが、惹きつけ役の攻撃は続いていた。

 警戒を緩める事は出来ないが、これはドレイクが歩を進めるたびに起こす軽い地の揺れに乱される事なく魔闘技を放つ事が出来るチャンスでもあったのだ。

 戦士達は代わる代わる、ここぞとばかりに次々と魔闘技を叩き込み、確実に外殻を削る。


 そして何度目かの魔闘技を放った――正にその時、外殻が弾けた。


 至近距離で魔闘技を放っていた者達は瞬く間に灰霧の領域に飲み込まれる。レーナのようにタイミング良く距離を空けていた者は極僅かな例外だ。


 どれだけ時間が経ったか、灰霧の晴れた後には驚愕、悔恨、あるいは絶望に顔を歪ませた石の像が立ち並んでいた。

 無事だった者達の顔にも絶望の表情が色濃く滲み、見ぬ振りをしていた恐怖に蝕まれ始める。

 もはや冒険者達の手勢はたったの数名。街から誘導してきた冒険者達も、彼らが来た時点でお役御免とばかりに逃げ去っている。


 それまではドレイクの攻撃がパターン化していた事もあって、心に若干の油断が生まれていた。灰霧にはそこをつかれた部分もあるだろう。次は魔力の流れを見極めて動けば避ける事は出来るかもしれない。


 しかしそれはひどく神経をすり減らす作業だ。

 噛み付きもブレスも、確かに避ける事はそう難しくは無かった。ただそれでも、当たれば確実に死ぬであろう攻撃を避け続ける事は精神を圧迫する。

 その上でブレスと同じ予備動作からの灰霧。一つ判断を誤ればそこで終わりだ。

 更には灰霧のような隠し玉がまだあるのではないか。と、疑心によってより慎重な判断を強いられる。

 ぎりぎりまで張り詰められた緊張の糸は、いつか切れてしまうだろう。


 逃げる事も、今となっては誰かを囮にして見捨てなければ難しい。

 ドレイクに背を向ければブレスが飛んでくるのは必至。数発防ぐ事が前提で、射程外への逃走が可能となるはずだった。


 しかし、それは複数の魔術師がいて初めて可能となる。

 現在、無事な魔術師はたったの二人。どうあがこうとブレスを防ぐ事など出来ない。




 レーナは無事だった惹きつけ役の者達のもとへ向かう。

 ドレイクは生き残った魔術師達から狙いを外さず、ブレスと灰霧を繰り返している。

 遠くで一人、レーナ達とは別の脚で灰霧から逃れていた者が、戦場から離れた。

 彼女も逃げようと思えば逃げられたかもしれない。だが、


「シエーヌ、あなたまで……っ」


 向かう先で目にしたのは、かつて仲間だった"モノ"。もはや[迷宮の薔薇]の生き残りはレーナ一人だ。

 ここで逃げてしまっては、何のために仲間達は戦ってきたのか。今更逃げる事など出来るはずも無かった。恐怖も絶望も、今だけは激情が忘れさせてくれる。


 小勢となってしまった自身らに見切りをつけられぬよう、レーナは生き残りの魔術師達と共にドレイクの顔面へと飛撃系の魔闘技を放ち続ける。

 少しでも長く注意を引き、街から出来る限り引き離さなければならない。


「こ、のっ……! さっさと追ってきなさいよっ!」


 だが、ドレイクの歩みは遅々として進まない。

 追う必要があったのは噛み付きのためだ。ブレスが避けられなければ、本来噛み付きなどする事は無かった。

 今もブレスは避けられ続けているが、噛み付くよりもよほど速度も速く、範囲も広い灰霧の領域を展開出来るようになった今となっては、噛み付きの頻度が減るのは至極当然の事だろう。


 ブレスを避けるためには灰霧の、灰霧を避けるためにはブレスの攻撃範囲へと飛び込まなければいけない。

 ドレイクにどれだけの知能があるか分からないが、いつか魔力の動きで騙されるかもしれない。

 そうなってしまえば、抗う事も出来ずに石像にされてしまうだろう。

 あるともしれぬそんな想像は、彼らにとてつもない重圧を浴びせ続ける。


 ――薄氷の上で踊る彼らに、未だ救いの手は伸びない。


群像劇風にしたせいか、二重の意味で進行遅くてほんとすみませぬ・・・

さすがにそろそろ護も働いてくれるはず。

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