第49話 救出
『――誰かお父さん達を助けてください!』
苦悶の声が溢れる惨禍の川を通り過ぎ、住居の隙間を縫って宿へと駆け走る男の耳に、その悲痛な叫びは届いていた。
『お願いしますっ!誰か、助けてください!!』
周囲の気配は少ない。迫る危機から逃げ出し、少女の叫びに応える者は誰もいない。
『誰か、お願いします……!お父さん達を……!』
少女の叫びは次第に諦めが混じり、弱々しくなっていく。
「お願いだから……誰か、助けてよおっ」
幾度となく叫び続け、かすれてしまった声で搾り出した叫びに、誰もいなかったはずの路地から応える声があった。
「――待たせてごめん、今すぐ助ける!」
「っ、マモル、おにいさん……!」
所々に血を滲ませた痛ましい姿で自身を見るカリーナに、護はもっと早く来られれば、と後悔に囚われそうになる。
しかし、今そんなことは些事でしかない。
「お願い、マモルお兄さん。お父さん達を……!」
「うん……大丈夫、後は俺に任せて」
護はカリーナへと一つ頷きを返して崩れた瓦礫の山に近付き、気配察知、空間把握、魔力感知を駆使してカリーナの両親周辺の様子をほぼ完全に把握した。
受付奥の居住スペースの壁際。驚くことに、女将を庇った宿の主人が四肢を支えにその身一つで瓦礫の山を支えている。
地球の人間であれば、まず崩落に耐えられることも無く押し潰されていただろう。そうならずに支えていられたのは、魔力によって肉体の頑強さが高められるこの世界の住人だからこそだ。
だが、それはいつまでも続くものではない。このままでは半時と経たず力尽きてしまうだろう。
「我が手によりて生み出されし氷の蛇よ、求むるは白銀の静寂、永久の沈黙。その身を差し出し、使命を果たせ!『凍てつく氷蛇の軍勢』」
護の周囲を煌々と輝くダイヤモンドダストが包み込んだかと思えば、次々に美しいフォルムの氷蛇が生み出され、瓦礫の隙間を縫って奥へ奥へと這い進む。
やがて瓦礫の山の隅々にまで行き渡った時、氷蛇は仮初の肉体を散らして周囲を氷で覆い包み、"瓦礫の山"という流動的な群体を、一つの大きな氷の塊へとその在り方を変貌させた。
今にも押し潰されそうな重圧の下、宿の主人は必死に耐え続けていた。
そのまま耐え続けようと諦めようと、結果は同じだという事は分かっている。だが、諦める事は出来なかった。
まだ、近くでカリーナの助けを呼ぶ声が聞こえる。もし戻ってきた時返事が無ければ、目の前で両親の死を認識した娘はその場を動けなくなってしまうかもしれない。
なにより、腕の下には気を失っている最愛の妻がいるのだ。例え希望が無くとも、簡単に諦めることなど到底出来るはずも無かった。
――そしてその無駄とも思えたあがきが、カリーナの両親二人の命を救った。
「ぐ……ぅ、なんだ、これは」
周囲に漂う冷気に、宿の主人は状況の変化に気が付いた。いつの間にか、体に触れている部分以外、全ての瓦礫が透明に透き通る強固な氷壁で覆われている。
瓦礫の重量による圧迫感も、いつしか固定された壁に自分から押し付けているせいで感じるものになっていた。
宿の主人は恐る恐る力を抜き、精根が尽き果てたようにどっと妻の上に倒れこんだ。
「……よし」
(これで瓦礫が崩れる心配はない。後は二人をどうやって外に出すか)
早急に瓦礫を固定しなければ、彼らは耐え切れずに潰されていたかもしれなかったとはいえ、固定した事で瓦礫を吹き飛ばすことも難しくなっている。
(となると、下から抜くのが早いか)
「切り裂け『氷刃』 開け『石道』 抱け『風渦』 運べ『大地の小人』」
カリーナの両親はくりぬかれた床ごと作られた石の道に落ち、風の渦に受け止められ、地面からわらわらと生えた小人達に宿の外で待つカリーナの前へと運び出される。
「お父さん、お母さん……っ!」
両親が瓦礫の下から助け出され、カリーナは歓喜の声を上げる。……だが、その喜びも長くは続かない。
女将を庇った宿の主人は瓦礫にその背中を抉られ、木片が突き刺さり、または切り裂かれて血に染まっている。それでも意地を見せたのか、女将の体に目立った外傷は無い。
護も気配からおおよその状態は把握しており、すぐに治療を始める。
「白き炎にその身を燃やし、紅蓮の光纏いて再誕す。それは無限を生きる不死鳥の理『再生の浄炎』」
「きゃあっ!?」
突如発生した白炎は二人だけでなくカリーナをも包み込む。当然、炎に包まれた彼女は恐慌する。
「いやぁっ!!マモルお兄さん、なんでっ?」
「……あっ!ごめ、だ、大丈夫だから!熱くないから!」
「ふえっ?そんなわけ……ぇ、あれ、ほんとに熱くないです」
慌てて弁解するをよそに、発動された魔術の白炎が瓦礫の破片や不浄のみをまとめて燃やし尽くし、それが収まったかと思えば、次いで発生した紅い光が彼女達を包み、傷を癒していく。
無論魔術の操作を放棄しているわけではない。そんな事をすれば白い炎は瞬く間に彼女達を燃やし尽くすだろう。
魔術の影響を与える対象を限定する事は、魔術に対する深い理解と、相応の修練が必要だ。
護は力及ばず少年を助ける事が出来なかったあの日から、体術の訓練はもちろん、魔術の訓練に一切手を抜いたことは無い。未だ上には上がいるとはいえ、護の魔術の腕はプラチナランクの上位陣にも迫るほどになっていた。
傷は塞がったが、念のため宿の主人の様子を確かめる。
「……うん、大丈夫みたいだ」
「っ!ありがとうございますっ、マモルお兄さんっ!」
かがんで様子を見ていた護に、勢いよくカリーナが抱きつく。喜びのあまりに取られた行動だが、咄嗟に受け止めた護としては色々な意味でたまらない。
むにむにと体の各所に当たる柔らかい感触に、同じ汗のはずなのに、どこか蠱惑的に感じられる女の子特有の香りに、護は激しく狼狽し、今にも卒倒しそうになる。
「ぅ……ぐ、うぅ」
邪魔と言うべきか、救いと言うべきか、宿の主人が目を覚まし、護は慌ててカリーナを引き離す。……服から彼女の鼻に向かって透明な糸が引いていたのはここだけの秘密だ。
「お父さんっ」
「む、う……カリーナ、か?俺は助かったのか」
「大丈夫ですか?親父さん」
「マモル。……お前が助けてくれたのか。あぁ、体はだるいが、痛みは無い。背中の怪我も治してくれたみてえだな。ありがとよ、マモル……恩に着る」
「あ、はい。ですけど、まだ助かったとは言い切れません。……"あれ"がまだ暴れていますから」
そう言って護は、注意を引きながらも必死に東門へ走る冒険者達を追いかける重岩殻下等竜を指差す。その位置からでは見えにくいが、既に何人もの冒険者がブレスの餌食になっていた。
「なっ!?……な……るほど、あれが今回の騒動の原因ってわけか」
「はい。ここのところ増えていた魔獣も、多分あれから逃げて来ていたんだと思います。今は冒険者達が気を引いてくれていますけど、いつまで持つか分かりません。早くこの場を離れた方がいいです。……女将さんはまだ目を覚ましませんか」
「ああ、地面が揺れた時、強く頭を打ったみたいでな……こいつは俺がおぶっていく。マモル、お前はどうするんだ」
まだ調子の悪そうな宿の主人が、何かを察したのか、護に問いかける。
「……逃げてるとは思うんですけど、ギルド職員の知り合いが大丈夫か確かめたいんです。ひとまずギルドの中を確認して、誰もいなければ……俺もあれの誘導を手伝うつもりです」
「そ、そんなの無茶ですよ、マモルお兄さんが死んじゃいます!……だから、だからっ、一緒に逃げましょう?あんなの、逃げたって誰も責めたりできません!」
死地へ飛び込もうとする自身を懸命に止めようとするカリーナに、護は悟られぬように手の震えを抑え、そっと微笑んで告げる。
「大丈夫、無理はしないよ。それに、俺だって仮にもゴールド+の冒険者だからね。なにも倒そうってわけじゃないんだし、注意を引いて逃げるくらいならなんとかなるさ」
「でもっ……!」
「約束する。危なくなったらすぐ逃げるって。……さあ、だからカリーナちゃんも早く逃げるんだ。いつまでもここにいたら危ない」
「っ……約束ですよ、絶対ですからねっ!」
「うん。……すみません、親父さん。一緒に行って守ることが出来なくて……」
「何言ってやがる。俺達夫婦を助けてくれただけでも、お前には返しきれないほどの恩が出来たんだ。これ以上は贅沢ってもんだぜ。それよりも、知り合いが心配なんだろ?俺達の事はいいから、早く行ってくれ。……俺からも言っとくが、無理はするんじゃねえぞ」
「……はい!それじゃあ、お気をつけて……!」
その言葉を最後に、護は急ぎ冒険者ギルドへと向かった。もうドレイクの襲撃からかなりの時間が経っている。
ラーニャの無事を祈り、護は瓦礫の散乱する街を駆ける。
お待たせしました、一日某プラゲでつぶしてしまったのは秘密です。
護が少女の汗のくんかくんかしてるうちに冒険者達に被害が……!




