第46話 災厄
「ま……待てっ!!」
ファスターの街の危機に、すぐさま駆け出そうとしていた冒険者達だったが、一人の術師の声によってすぐにその足を止めることとなった。
「どうした?何かあったのかっ!」
無視して街へと向かいたい衝動をなんとか抑え、周囲を警戒する。無論ファスターの街も心配だが、身近に危険があるのなら放置しておくわけにもいかない。
だが、どれだけ周囲を見渡しても危険を齎しそうなものは何も無い。訝しむ様な視線が術師に集中し、そこでようやく顔面を蒼白にした彼が震える指を彼方へと向け、声を発する。
「あ、あれを……!」
「……?」
震える指の先にあるのはオークの森の北東、山々の立ち並ぶルーセクド山脈だ。よくよく見れば山肌がかなり荒れている。恐らく先程の魔獣達はルーセクド山脈の向こうからやって来たのだろう。
「魔獣共が山脈の向こうから来たってか?今はそんな事言ってる場合じゃねえだろう!早く街に行かねえと!」
「違う!そうじゃない!!あ、あそこ!二つ先の山の頂上だ!」
二つ先の山、それは手前に見える山々よりも一際高く、険しい斜面は所々が雪に包まれ、雲を貫いて聳え立っていた。その山頂、山の向こう側からそれは顔を覗かせていた。
「おい、なんだよあれ……」
それを見た誰もが目を疑った。山の向こうに遠く離れていて認識出来るわけがない「魔獣の顔」を、認めてしまったのだ。
ただの見間違いだ、と。山の形がたまたま似ているだけだ、と。必死に受け入れることを拒む彼らの想いを裏切るように、それは山頂に前足をかけ、ゆっくりと全身をさらけ出す。
「ドラゴン……!?」
「いや、違う。あれは……!」
ごつごつとした岩のような外殻に包まれてはいるが、確かにそれはドラゴンのようにも見えた。だが、そうではない。外殻によって肥大化した体と比べ、その背についている翼はなんとも頼りなく、仮に外殻が無くとも、その翼で飛翔する事は出来なかっただろう。
一応はドラゴンと同じく幻獣のくくりに入るそれは、ドレイクと呼ばれる下等竜だ。
本来ならば高所から跳ぶことで飛行、そして滞空する事が出来るのだが、風系の魔獣ならばともかく、岩石系の魔獣となり、重量を増したその体では飛翔どころか滞空すらする事が難しくなっている。
つまり今でも滑空に近い飛行だけはする事が出来ると言うわけなのだが、ここら一帯で一、二を争う高さの山に登ったのだ、やる事は決まっている。
ドレイクは身を縮ませて力を溜め、小さな翼を目一杯羽ばたかせ、今にも飛び立とうとしていた。
「まずい、こっちにくるぞっ!!」
「結界じゃ勢いでぶち抜かれる!走れっ、走れーっ!!」
彼らのいる場所は谷の壁面を整えて作られた道の麓だ、逃げ場の限定される壁面の道では上空から狙われてはひとたまりもない。オークの森に散る、という選択肢もあったかもしれないが、今は魔獣の死骸に遮られ、谷を駆け上がる以外に取れる行動はない。
駆け出した直後、遂に重岩殻下等竜が大きく跳躍し、冒険者達のいる方角へと飛行を始める。
護も谷の上、少し離れた道の先からその様子を見ていた。だが、明らかに縮尺のおかしい巨大生物に飛行の勢いをそのままに突っ込んで来られては、さすがに結界が持つとも思えず、それとは別に、ややばらけて移動し続ける冒険者達を全員結界に収めることも難しい。
しかし、ここまで戻ってきたのは何のためだったか。
(今更諦めて見殺しになんて出来ない……!やれるだけやってやるっ!)
そうしている間にも、ドレイクは巨躯に見合わぬ翼を必死にはためかせて近づいてきていた。遠くにあって尚、視認することが出来たその姿は、既に二回りほども大きくなって護の目に映っている。
「雷よ、古来より神罰と畏怖されし破壊の光よ、今一度、裁きを下す刃となりて、我らを脅かす彼の災厄を打ち砕け!『断罪の――』……え?」
詠唱が完了し、迫るドレイクを撃ち落とそうとした護だったが、術を放つ直前、思わず動きを止める。
ドレイクの軌道が、おかしいのだ。冒険者達を狙うにはややずれている。そしてもうかなり接近しているというのに、彼らを襲うには高度が高すぎる。確かにその重量によって羽ばたきをやめればすぐさま落下する事は出来るかもしれないが――そもそもドレイクは彼らを見ていない。が、護を見ているわけでもない。
その視線は護の立つ道の向かう先――そう、ファスターの街だ。
呆けている場合ではない。我に返った護は慌てて放電魔術を乱打するが、中断してしまった魔術に比べれば、即座に発動出来る魔術などそよ風のような物だ。
「おい、冗談だろ?……くっ、落ちろ、落ちろっ、落ちろっ!落ち……うわあああぁっ!」
雷撃を無視したドレイクが上空を通り過ぎ、次いで発生した強烈な暴風によって護は大きく吹き飛ばされる。
「――ぐっ!……う、皆は!?」
錐揉み状に落下した護はかろうじて受身を取り、同じく暴風に煽られたであろう冒険者達の様子を確認する。
彼らは谷を脱出するより先にドレイクが来るであろう事を悟り、岩壁に張り付いてなんとか風をやり過ごしたらしい。まだ道の途中だった事も幸いし、距離がやや離れていたおかげで風の影響も少なかったのだろう、谷底へ落下した者は誰もいない。
「……良かった。くそっ、すぐ街に向かわないと!――無事でいてくれっ」
彼にとって顔も知らぬ有象無象が襲われる事はテレビの中の出来事に近い。
だが護は必死に街へと駆け戻る。
いつの間にか自身にとって大切になっていた人達を、守ることが出来るように。
うぐぐ……ドラゴンとドレイクの違いで悩んでたら短いくせにやたら書くのに時間が掛かってしまいました。申し訳ありません。
少し調べてみたものの、明確な違いは無いっぽいみたいなので、当作のドレイクはこんな感じになりました。




