第40話 相席
「さ、到着。ここだよっ」
ラーニャに連れられ、向かった先にあったのはオープンカフェのような料理店だ。護がこちらの世界に来てからは見たことがなかったが、周囲の建物と比べても特に違和感なく溶け込んでいる。テラスの席もおおよそ埋まっており、香ばしい料理の匂いが通りにまで漂っていた。
「なんかおしゃれな感じのお店ですね」
「でしょ?実は本店が王都でも有名で、色んな町に支店があるって話だよ。とりあえず中入ろっか」
そう促されて店内に入った護の目に、壁の上部に大きく書かれたメニューの一覧が飛び込んできた。
「……うん?」
「どうかした?」
「あ、いえ……変わった名前の料理ばかりだな、と思いまして」
「ふふ。初めて見たらやっぱりそう思うよね。見た目も変わってるけど、味は保障するよ」
変わってるのも当然で、メニューにはハンバーガー、ラーメン、ニクマン、ギュードン、カラアゲ、エビフライなど、日本語の発音そのままにこちらの言葉で書かれている物ばかりだ。
これらは勿論来訪者が作った物で、地球での食事を恋しく思った一人の男が試作に試作を重ね、外見はどこか違うのに味も食感も香りもほぼ同じ料理を出す店を立ち上げ、護の来た今に至るまでに何人もの来訪者が店の存在を知り、更にメニューが追加されることによって今では中華料理に韓国料理、フランス料理にイタリア料理など、各国の料理がごちゃまぜに出てくる料理店、「フロムガイア」が出来たというわけだ。
歴代ミスリルの冒険者達もよく通っていたという話で評判があり、冒険者なら大抵一度は食べにくる。
「何でも、その町のダンジョンで取れる素材を使って、またその土地の料理とは違った料理が出てくるんだって」
「……へえ、この店に限った話じゃないですけど、一度色んな町を渡って食べ歩きしてみたいですね」
「だよねえ。私は仕事もあるし、そうそうこの街を離れるわけにもいかないけど、マモル君は冒険者だからお金さえあればいつでも離れられるんだよね。ちょっと羨ましいかも」
この世界でも長期休暇というものが取れないわけではない、地球から来た者達によって持ち込まれた概念が所々に組み込まれている。
ただ、街を行き来するのに時間がかかりすぎるのだ。人の通る道がどれだけ整備されていようと、危険な魔獣の出る可能性はいつも存在する。むしろ必ず人が通るとなれば、待ち伏せする魔物もいることだろう。地球のように新幹線や飛行機で数時間、というわけにはいかない。それでいて今護のいる大陸だけでも地球と同面積の広さがあるのだ。いつか誰かに空間魔術を開発してほしいものである。
「……それって結局家庭を持たない根無し草って事ですからね。身軽なのはいいですけど、俺としてはあんまり嬉しくないです」
「ふふ、そっか。よくメンバー同士でくっつくって話も聞くし、マモル君はまずパーティーを見つけないとね」
「あはは……」
そんな事を話しているうちに注文していた料理が出来上がる。代金を支払って受け取った二人は空いているテーブルを見つけて席に着き、さあ食べようという所で声が掛かった。
「ごめんなさい、相席いいかしら?」
護が声のした方を見てみれば、そこに立っていたのは[迷宮の薔薇]のレーナとシエーヌの二人だった。
「ってあら、ラーニャさん。と、あんた……まあいいわ、こんにちは。お邪魔じゃなければご一緒させてくれる?」
「あ、こんにちは、レーナちゃん、シエーヌさん。マモル君、いいよね?」
「え、あ、こんにちは。はい、大丈夫です」
突然の出来事に混乱気味な護。出来れば女性三人の中男一人というのは避けたい所なのだが、ラーニャの手前断る理由も見つからず了承してしまう。
「ありがと。他に二人で座れそうな席が無かったから、助かるわ」
「ありがとう、お邪魔する」
言われて見れば店内が幾分か騒がしくなっている。昼飯時なので席が埋まる時はあっという間なのだろう。
四人掛けのテーブルに護、ラーニャ、レーナ、シエーヌの順で席に着き、それぞれが変わった異世界の料理を食べ始める。護が正面を向くとエビフライを頬張るレーナと目が合ってしまい、なんとなく気まずい。
「……あによ、欲しいの?カラアゲと交換ならいいわよ」
「あ、はい、お願いします」
特にそういうわけでも無かったが、言われてつい頷いてしまう護。ちなみに二人は知らないが、エビフライもカラアゲも魔蟲型モンスターの身で出来ている。基本的にレシピは企業秘密なのでこれからも知ることは無いだろうが……。
「それにしても、あんたよくそれで料理が食べられるわね」
「ほんとそうだよね、私それ使って食べてる人初めて見たよ」
「私はそれを使ってる人を見たことがあるけど、そこまで器用に使う人を見るのは初めて」
二本の棒を使って器用に食事をする護を見て、レーナの発言を皮切りに、次々に女性陣が関心を示す。
まあ要するに箸なのだが。日本人用に必ずどの店舗にも常備されているそれは、ナイフとフォークで食事をする現地人にはほぼ使われることは無い。時々物好きが料理に突き刺す様に使うくらいで、店のスタッフも何故常備しなければいけないのか不思議に思っている。
「あ、ああ、えっと、俺のいた村でも似たような物を使ってたんです」
咄嗟に良い言い訳が思いつかず、しどろもどろに誤魔化す護。やや苦しい言い訳だったかと少し後悔するが、僻地の村なら少しばかり変わった風習があってもおかしくない。と彼女達は特に怪しく思わなかった。
「ふーん、変わった村ね」
「歴代ミスリルや歴史に名を残す偉人達もその多くが黒目黒髪でハシを巧みに使ったと聞く。彼の作った結界もすごい出来だったし、案外彼の村を作ったのもそういった人物だったのかも」
「へえ、マモル君がすごい結界をねえ……」
集まる女性陣の視線に身を縮ませる護。とても偉人の子孫には見えない。
「そういえばあの結界は君のオリジナル?噂で聞くスキルLvだと、とても張れそうに無い感じの性能だったけど」
「えっと……っああ、はい。俺はソロなので、出来る限り隠密性を追求するために作ったんです。今でこそ割とすぐに張れるようになったんですけど、あの頃は魔力操作も未熟だったので、ごく小範囲にかなり時間と魔力を使って張ってたんですよ」
シエーヌの問いに初めて会った時に張っていた結界の事を思い出し、釣られて思い出したレーナの艶やかな肌を慌てて打ち消し、答える。実際の所、その頃には阻害魔術も影魔術もLv6、結界魔術はLv8だったのでもっと広範囲にも張れたし、そこまで時間も掛かっていなかったのだが。
「なるほど。他にもソロで活動するために作った支援魔術とか、ある?」
「そうですね……まだいくつかはありますけど」
「ならパーティーでの支援術師としてのちょっとしたコツとか教えるから、代わりに教えてほしい」
「あ、はい。そういう話なら喜んで」
森人族特有の整った顔を前に緊張していた護だったが、興味のある話題という事もあって熱心に情報交換を始めた。
元より共通する話題であれば護も割と普通に話せる。護の話下手のきっかけは、やはり中学生時代に周りにその頃メジャーでなかったネットゲームをする友人がいなかったせいだろうか。情報を発信するメディアが少なく、ある程度話題の限定されるこちらの世界に来た事は、やはり護にとって正解だったのかもしれない。
知られているスキルLvに対して不自然で無い程度の創作魔術をいくつか話し、ちょっとした豆知識のようなものを色々と教えてもらう。そんな二人の様子を見ながら、レーナはラーニャにささやきかける。
「ね、いいの?」
「え?何が?」
「ラーニャさん、あいつと付き合ってるんじゃないの?」
「や、やだ、違うわよ。マモル君とはギルドでよく話す友達よ」
「なあんだ。男と二人で食事に来るくらいだからそういう事かと思ったのに」
「もう。マモル君が何だか元気が無かったから、気晴らしに連れてきただけなんだから、妙な噂とか流さないでよ?」
(……あたしに言ったところで今更手遅れじゃないかしら)
そんなこんなで食事を終えた護はレーナとシエーヌの二人と別れ、ラーニャとギルドへの道を戻っていた。
「今日はいいお店に案内してもらって、ありがとうございます、ラーニャさん」
「ふふ、どういたしまして。少しは気が晴れた?」
「あ……はい」
「そっか、なら良かった。話せる事なら私にも相談してくれていいからね?」
「はい、ありがとうございます」
ギルドの前に着き、ラーニャを見送った護は、朝出た時よりも幾分心を軽くして宿へ帰っていった。
一方、ギルドに戻ったラーニャは、その帰還を待ち望んでいた先輩受付嬢達に根掘り葉掘り話を聞かれ、訳のわからぬまま残念がられるのだった。
複数人会話難産すぎました……。




