第27話 宴
「試作型魔道具の実験依頼、ですか……?」
その日、護はカズィネアの鍛冶工房へ装備の修理点検に来ていた。無論自分でも手入れはしているのだが、それでも素人目には見えないところで少しずつ消耗するものだ。いざ戦闘中にガタが来ては困るので、定期的に専門家に見てもらっている。
問題無しと判断され、装備を返してもらったところでカズィネアが件の提案をした。
「ああ。他にも何人かの冒険者に頼んでるんだが、出来るだけ多くの資料が欲しくてね。
勿論報酬も払うし、試作品に問題が無くて、あんたが気に入るようだったら完成品をいくらか安く売ることも出来るよ」
「えっと、話は分かりましたけど、その試作品ってのはどんな魔道具なんです?」
「前にあんたが持ってきた素材で『魔蟲の奏者』っての作ったろ? さすがにあれは同じ素材が無けりゃ無理なんだが、今回のは割と出回ってる素材でも作れる劣化版でね。少ない魔力で発動できる虫除け結界ってところさ」
この世界の虫達は魔力による活性化のせいで繁殖力がやばい。
街には専門の魔術師が定期的に虫除けの結界を張り直しているが、春から夏にかけての繁殖期には爆発的に増える事があり、その場合山が禿げるのは序の口。肉食の虫が大量発生した際には魔獣ですら食い殺されることもあるという。まあそこまで大量発生する事は非常に稀だが。
今の季節は春、これから虫が徐々に増えてくることだろう。街の外の依頼を受けるなら、少ない魔力で虫除けが出来る魔道具は持っていて損は無い。
「へえ、『魔蟲の奏者』だと魔蟲はともかくただの虫には効果ありませんし、あると嬉しいですね」
「だろう? あたしらじゃ草原でも万が一があるし、受けてくれるとありがたいんだが、どうだい?」
「分かりました。その依頼、受けさせてもらいます」
「助かるよ。じゃあこれ、何回か場所を変えて試してみておくれ」
カズィネアから渡された試作型魔道具は金属製の杭の形をしている。地面に突き刺して魔力を込めるとドーム状で直径5mほどの結界が張られるのだそうだ。結界内部にいた虫は活動を停止し、結界の周囲には虫が近づきにくくなるらしい。
工房を辞した護はギルドに寄って西の森での簡単な採取依頼を受け、さくっと依頼を達成させて森の中に開けた場所を見つけ、そこで試作型魔道具を試してみることにした。
「さてと、効果のほどはいかがかな……」
ドスッと地面に突き刺し、ほんの少し魔力を流し込む。
――ザザ、ザザザ、ザザザザザザザ
「……えっ?」
虫除け……などと間違っても言えない。試作型魔道具を中心に、森の半分以上の虫が迫ってきていた。アリ、ムカデ、カマキリ、バッタ、コオロギ、蝶、蜂、蛾、蜘蛛に……「ゴキげんよう、おひさしブリ」
「え、ちょ、ちょっと……これどういうこと!?」
どういうこともこういうことも、間違いなく失敗作だ。
普段は食らいあう虫同士でも気にすることもなく、こぞって虫達は魔道具に近づこうとする。
幸いにも結界は多少なりとも物理的な衝撃に耐えられるものであり、内部に侵入してくることはない。
しかし想像してみてほし……いや、しなくてもいいのだが、透明な壁の向こうにびっしりと生きた虫達が張り付いてる光景など、虫が嫌いではない人間でも卒倒しかねないだろう。ましてや護は虫嫌い。
「ひっ、ひいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
辛うじて失神はしていないが、完全にパニック状態だ。
虫の群れ、という状況に触発されたのか、
「かっ『絡みつく影炎』おおおおおお!!」
全魔力中の八割以上を使って結界の外を焼き払う。
燃え広がる黒い炎はまるで爆発するかのように虫達を炭に変え、尚も集まり続ける後続の虫にも次々と飛び火していく。
……勿論燃やすのは虫だけではない。草木を焼き尽くし、森に住む獣や魔物達もあっという間に消し炭へと変えていく。
我に返った護によって消火されたが、最終的に西の森の面積は四分の一ほどに縮小していた。まあこの世界の魔力の恩恵を受ける植物ならば一月もすれば元に戻っているだろうが。
「あっはははは! 悪い悪い! 出力逆になってたわー!」
「笑い事じゃないですよぉっ! あやうく気絶しそうになりましたよ!」
どうやら他の冒険者達の物も同様だったらしく、多くのパーティーでは何人か、特に女性などは災難にもほとんどが全身に鳥肌を立てて気を失っていた。
当然試作型魔道具は全て回収され、改めて正常に出力された改良版の試験を依頼されたが、受ける者は誰もいなかったという。
……余談だが、逆出力の試作品を求める変態がいたとかいなかったとか。
べ、別に焼き肉の宴だなんて一言も言ってないですからー!




