第26話 ピクニック
[迷宮の薔薇]を見送った護は、彼女達が見えなくなったところで大きくため息をついた。
地球では人との関わりが少ない事もあり、きちんと謝るという行動をほとんどした事がなく、仕事場でも誰もがするようなミスを苦笑しながら謝っていた程度。どこか"謝る"という行動に抵抗を覚えていたのだ。
それが今回は明確に怒っている相手、それも若い女の子だ。護は謝罪するだけで精神的に酷く疲弊していた。
「はあー……」
(とにかく、許してもらえてよかった。……折角誘ってもらえたけど、やっぱり連携とか自信無いしなあ。というかなにより女の人ばっかりの中に俺一人とか耐えられる気がしない……!)
連携がどうだとか言いながらも実際は情けない理由で誘いを断った護であった。
護も依頼のためオークを狩りに行かないといけないのだが、別れたばかりでまた彼女達と遭遇するのも気まずい。彼女達が向かったのは谷に流れる川の下流側だ、ということで、言わずもがな護は川の上流に向かう事にした。
オークの棲む森は、護が初日に通った道を街とは逆に進み、山を一つ越えた先の谷の底にある。すり鉢状の谷の北側から川が流れ、街の方角から見て川向こうにオークの集落があり、浅瀬を渡って時折街側にもオークが獣を狩りに来ているとの事だ。
護は早速三体のオークを発見し、周囲に他の魔物や冒険者がいない事を確認して逆三角の隊列で進むオーク達の背後からそっと襲い掛かる。狙いは後列の一体だ。
一撃で決めるつもりで後頭部に拳を叩き込む。
ドゴッ と鈍い音がし、殴られたオークは倒れ伏して昏倒するも、致命傷には至っていないようだ。音で気付いた残りの二体が武器を構えて護に相対する。
仕留め切れなかった事に気付き、追い討ちをかけようとしたが、難しい。
(硬っ! 並のオーガより硬いオークもいるって話、ほんとだったっぽいな)
オークの特徴は高い生命力もそうだが、その身の頑強さは並ではない。特に打撃は厚い脂肪によって大きくその威力を減衰されるだろう。脂肪や筋肉の少ない後頭部は比較的通りやすいが、骨もかなり硬い。
その代わりというわけではないが、攻撃の脅威度はさほどでもなく、先日の魔蟲型モンスターの群れで言えば中堅程度、と言った所だろうか。
「とりあえず『筋力補助』『硬化付与』!」
オークから距離をとって支援魔術を掛ける。これならば先程と同様に後頭部への一撃を決められれば仕留められるだろう。
が、不意打ちで後方から全力の一撃を叩き込めた先程と違い、今は警戒され、二体と相対している。後頭部へ攻撃する事も可能ではあろうが、致命打を与えるのは難しいだろう。とはいえ正面からの打撃では効果が薄い。
護は出来る限り最大魔力を伸ばすために魔力の消費を抑え、極力格闘術だけでの戦闘を意識しているのだが、こうなれば仕方ない。
「『縛りとめる影』」
途端、距離を詰めようとにじり寄っていたオーク達はつんのめって転びそうになる。『縛りとめる影』が影との接地面を固定したのだ。
もっと魔力を込めれば接地面だけでなく体全体の動きを止めることも出来るし、極めれば影を操って物理的なダメージを与えることも出来るのだが、戦闘中瞬時にそれだけの魔力を込められるほど護は習熟していないし、今はこれで十分だ。
護は魔術を発動した瞬間高く宙返りしていた。
つんのめって無防備に後頭部をさらすオークの片方に勢いよく踵を振り下ろす。
地を揺るがすような音と共にオークは地面に叩きつけられ、血の泡を吐きながら絶命した。残る片割れは急いで体勢を立て直そうとするも、足が固定されていてはうまくいくはずもない。
近付く護に苦し紛れに殴りかかるが、腕を絡め取られて即座にへし折られ、そのまま流れるように組み伏せられてその拳に頭部を破壊される。
そうこうしているうちに昏倒していた先程の一体が呻き声をあげる。どうやら目を覚ましたようだが、再度発動された『縛りとめる影』によって完全に動きを止められる。
無理も無い、先の二体と違って全身が影と接地している。
護は油断無くゆっくりと近付き、さくっと止めを刺した。
「ふーっ。オークは相性悪いなあ……。いっそ今からでも刃物持ったほうがいいのかなあ……、ポイントはまだ大分余ってるし」
などと呟きながらも、魔術を使えば必要性はかなり減るし、新しいスキルを取ればまた地道に反復練習しなければいけないという事もあり、とりあえず今は保留にしよう。と、あっさり思考が逃げに入る。
実際、普段から使っている"肉体"が武器の格闘術と違って、馴染みの無い刃物の習熟には今まで以上の時間がかかったことだろう。護は地球でもバットすらほとんど振ったことがないのだ。
風の魔術を応用して最近使えるようになった封臭魔術を周囲に掛け、オークを解体していく。
封臭魔術の難点は、臭いを外に逃がさないために内部にすさまじく臭いがこもる事だろうか。
オークの肉は味がよく、うまく処理すれば口の中で蕩けるような柔らかさにもなる。庶民でも手を伸ばせば届く、ちょっとしたご馳走として人気な肉だ。
護は臭いが外に出ない事をこれ幸いと、解体と平行して竈を作り、鍋を出して切り取ったばかりの肉を焼いていく。勿論焼肉用の調味料も入手済みだ。
血の海の中、護はピクニック気分で食事を摂って帰るのだった。……体に染み込んだ濃い血臭で人々から顔を背けられたのは言うまでも無い。
ちーとであっさり片付けたらお話にならないし、あんまり苦戦させてもなんのためのちーとだ。ってなりそうです。戦闘描写、難しいですね。
※血と臓物など不要な部分はスタッフがおいしくいただきました。
うそですごめんなさい。穴掘って放り込んで水分抽出して埋めなおしました。と、言いたいところですけどそれだと消費魔力馬鹿にならないだろうし……臓物だけなら埋めるだけでいいんでしょうかね。
焼肉食べたくなってきた!




