第24話 そして伝説へ
「――それで、襲い掛かる蟲達が彼に触れたかと思うと、奴らは急に燃え出したんだ。それも、ただの炎じゃない、体に絡みつくような黒い炎だ。奴らがどんなにもがいても消える事は無かった」
「うん、うん。それで、それでどうなったんですかっ?」
そこは護の泊まる宿の受付。どこか誇らしげに話をする護と、いつもより一段と興奮しながらそれを聞くカリーナの姿があった。
目立ちたくなかったんじゃないのかとか、なんのために誤魔化したんだとか、色々ツッコみたい事はあると思う。だが少し待って欲しい。護も一応は話が広まる可能性も考えて自分ではなく、黒ずくめの人物が戦っているところを見かけた、という前置きをして話している。
小心者の護だが、人を助けた事を誇らしく思う気持ちもあり、やっぱりそういう事を誰かに自慢したくもなるというものだ。
残念な事に護に自慢できる冒険者仲間など誰もいない。だが宿に帰れば都合よくカリーナという存在がいるではないか。こいつはお誂え向きではないか、と調子に乗って話し始めたというわけだ。
「――その女王蟻は用心深く、周囲を配下のたくさんの蟻達に守らせていたけど、彼の炎は瞬く間に護衛を焼き尽くし、あっという間に間を詰めた彼によって女王蟻はあっさりと仕留められた。女王蟻は特異な能力の代わりに戦闘能力をほとんど持ってなかったのかもしれない……」
「ふわー!すごいです!それにしても、マモルお兄さんもそんな激戦の中、よくその人を観察し続けられましたね!」
「え、あ、うん、まあね。いつも逃げてばかりだから、足の速さと隠れる事に関してだけは人一倍鍛えられてるよ。」
そうして締まり悪くも満足そうに彼の話を終えた護だったが、この後に起こる事など欠片も予想などしていなかった。
希少個体の一件が収束して一週間。街の住民達はまことしやかなある噂で盛り上がっていた。
「ねえねえ、聞いた? 『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』の話!」
「聞いた聞いた! かっこいいよねー! 『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』!」
「……聞いたか? 『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』って冒険者の噂」
「ああ……『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』なんてふざけた名前だが、もし本当なら……」
「リーシウ様、お聞きになられましたか!」
「もしや、『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』のことか? なんでもたった一人で数百のモンスターを退けたとか。それが真であれば、この街にとっても実に心強いことだな」
護はほぼ事実のままカリーナに話したのだが、カリーナから近所の子供達に、子供達からその家族に、家族から街全体に広がるにつれ、話に尾ひれがつくどころか、背びれがつき、骨がはえかわり、身がつけなおされ、脳をすげかえられて完全に別の生き物になっていた。
曰く、ミスリルランクのソロ冒険者がダンジョンにふらりと立ち寄って街を守ったとか、ゴールド+ランクのパーティーが下層に行くついでに片付けていったとか、新種の特殊型モンスターが発生して仲間割れして同士討ちになったとか。
とにかく住民達はこぞって街を守った英雄の噂をしては称えあった。
その噂はもちろん[迷宮の薔薇]の耳にも入る。
「ねえレーナ聞いた? 私達を助けてくれたの、ミスリルランクのソロ冒険者なんですってっ。あははっ」
「『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』ってやつの噂でしょ……。ミスリルランクなんて記録にも数人しか残ってないのに、こんなところにいるわけないじゃない。まだイーシャのプラチナランクパーティー説の方が真実味があるわよ」
「もう! その話はよしてよっ! ……まあ実際、私もミスリルランクの話よりは信じられると思うけどさ」
「まあ正体がなんであれ、『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』様様よね。助けてくれた事に変わりは無いんだし。」
さすがに街全体にまで広がった噂であれば、話し相手の少ない護の耳にも入るというものだ。
軽い気持ちで話した事が、まさかここまで広まるとは思っておらず、そのうえ『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』などという小っ恥ずかしいあだ名をつけられて、しばらく宿の護の部屋から妙な呻き声が聞こえ続けたそうな。
書いてる私も恥ずかしかった
最初は群れから逃げ回る話をカリーナに話す予定だったはずなのに、どうしてこうなった!!




