あらすじ プロローグ~第11話
プロローグ
時は現代、日本という国のとあるアパートの一室。
そこには小森護という陰鬱な雰囲気を漂わせる一人の男がいた。
護はその日も、口癖となっているある一言を呟く。
「ああ、死にたい……」
と。
それは紛れもない本心でもあったが、護にとっての死とは、現実から目を背けるための逃げ場所でもあった。
さりとて容易く自死を選ぶ事も出来ず、無為な日々を過ごしていた。
そんなある日の事だ、護の下に大きな転機が訪れたのは。
床についたはずの護がふと目を開けると、そこは一面真っ白な空間。
夢と判断した護は、だと言うのに何故か再び目を閉じるのだが、そこに待ったをかける何者かの声。
目を向けてみれば、どこか見覚えのある気がする一人の少女の姿があった。
ただの夢ではないという証明のためにと現実なら脳味噌をぶちまけていそうなほどのデコピンを受け、痛む額をさすりながら聞いた話によると、少女の名はアマテラス。神の一柱であるのだとか。
護の好みの異性の似姿であるらしい最近購入したゲームのキャラクターの姿をしたアマテラスが言うところによれば、神は人の祈りの念を管理して世界を潤し、それと相反し、世界に悪影響を与える呪いの念を処理するのが、神々の役割なのだという。
神に祈りもしなければ、呪いと言うほどに強い感情を抱いた事の無かった護が自分との関連性を訝しんで尋ねてみれば、返ってきた答えはなんとも評し難く、神々に対して申し訳なさを感じさせるものだった。
本来であれば、呪いと呼ばれるほどに強い憎悪や絶望の念で無ければ、さほど世界に影響は与えられない。
しかし、ちょっとした怒りや悲しみ、激しさの無い鬱屈とした感情とて、毎日毎日積み重ねれば呪いの念すらもあるいは凌駕する。
しかも護のような者が護以外にも数え切れぬほどいるのだという。
そんなちまちまとした念を毎日毎日処理する者の気持ちも考えてほしい。
世界の管理者である神々が、世界を疎んじて毎日毎日ゴミを排出する人間を疎んじたところで、何の不思議があるだろうか。
とはいえ、神々にとっての人間は親戚のようなもの。自ら手を下す事は躊躇われ、『そうだ、それなら彼らが好きそうな他の世界にイってもらおう!』という話になったらしい。
まさか! とも、やはり! とも護は思った。
まさか自分が、サブカルチャーに傾倒する者であれば憧れにも似た存在であるファンタジーの世界に行けるのではないか? と。
はたしてそれは事実であった。
その世界には魔力があり、魔術があり、スキルがある。モンスターがおり、人間ではない様々な外見の種族がおり、ダンジョンがあり、冒険者ギルドがある。
ファンタジー要素をピンポイントで詰め込んだような異世界の説明は、最早護の思考を占拠して譲らない。
この時、護の中で異世界に行くことが完全に決定したのである。
スキルや魔力の扱いについて、その簡単な説明に一喜一憂しながらあらかたの話を聞き終えた。
そして神は告げる。
もし異世界へ行く事を選択したならば、現在の世界から、護が今まで生きてきた全ての痕跡が消去される。
護の存在は誰の記憶にも残らず、護が存在していた事はどこを探しても証明出来ない。まるで護の存在など初めから無かった事になってしまうのだ、と。
アマテラスはそれを説明しながら、護の心境を推し量るようにじっとその顔を見つめていた。
この時点で怖気づく人間は少なからず存在する。しかし、護の口からはするりと感謝の言葉がこぼれ出ていた。
死では無い存在の消失。
それは有り得ないと思っていた、ただ死ぬことよりも、正しく護が真に望んでいたことであったからだ。
礼を言われるのは些か予想外であったらしいアマテラスは目を瞬かせ、どういたしましてと返し、改まって護の意思の最終確認をする。
≪汝、異なる世界への旅立ちを望むや否や?≫
――答えは当然、イエス。
叶うはずの無かった望みを叶え、得られるはずの無い第二の人生とも言える未来を与えてくれたアマテラスに感謝の祈りを捧げ、「行ってきます」と久しぶりの言葉を口に、護は異なる世界へと旅立つのだった。
第1話 現状確認
見知らぬ森の中で目を覚ました護。
意識が途切れるまでの記憶を辿り、自分が異世界へ送ってもらった事を思い出す。
とはいえ、異世界らしいものをまだ確認出来ていない護は異世界にいる事を確信出来ない。
野外で寝かされていたせいか、ギシギシと痛む体を揉み解しながら立ち上がってみれば、何かがおかしい。
違和感の理由はすぐに判明した。
身長が低くなり、あったはずのちょっとした傷痕や火傷の跡が消え失せ、体毛も薄くなっている。
要するに、肉体の時間を巻き戻したように若返っていたのだ。
自分で身に着けた覚えのない荷物を探り、小さい袋に入っているのを見つけたメモ帳には神アマテラスからのメッセージが記されていた。
若返りの経緯と、手荷物の簡単な説明。そして新たな人生を歩み始める護への激励のメッセージ。
護は改めてアマテラスへの感謝の意を捧げ、遠くに見える異世界に来て最初の街へと歩み始めるのだった。
第2話 脱兎のごとく
魔力が体に馴染みはじめたおかげで、幾分か軽くなった体の具合を確かめながら、護は森の中で見つけた街道を歩いていた。
その途上、聞こえてきた草の葉擦れの音に、護はふと違和感を覚える。
はたしてそれは獣であった。
喉笛を食いちぎらんと飛びかかって来たのは、狼のような姿の四足獣。
争いごとを避けるように生きてきた護ではあったが、如何なる神の加護か、突き出した拳が運良く命中し、獣を僅かばかり怯ませる事が出来た。
そのまま一気に畳み掛ける――などという事は無く、護は全力で逃げ出した。
火事場の馬鹿力と魔力による影響もあって、ちょっとした陸上選手並みの速度は出ていただろうか。
それでも四足獣相手では厳しいところではあった。が、様々な要因が合わさって、護は何とか初めての戦闘で――逃げおおせる事、が出来たのであった。
第3話 街を行く
全力疾走で荒れに荒れた呼吸を整え、護はいよいよ街の門前へと辿り着いた。
いざ門をくぐろうとする護に、横から声がかかる。
やはり身分の証明や入市税の類が必要か、と身構える護であったが、そういうわけでは無いらしく、森から必死に走って出てきた護の事が気にかかって声を掛けたのだと言う。
門番の男の名はゲートル。
冒険者になるために辺境の村から来たと言う護に、冒険者ギルドの場所を簡単に説明し、歓迎の意を示してくれた。
門をくぐって大通りを進んでゆけば、そこは正しく異界。
変わった建築様式の建物、見た事の無い道具、嗅いだ事の無い臭い。
更には獣の耳や尻尾、鱗や鋭い鉤爪、羽や触覚。当たり前のように佩いている武装の数々。
そんな多種多様の人族が行き交う街の姿に、護はようやく"自分は本当に異世界に来たのだ"と深く実感する事が出来た。
第4話 ギルド登録(仮)
護が冒険者ギルドを訪れたのは、日が頭の真上に来て、少し傾き始めた頃、丁度人がほとんどいない時間だった。
傍から見れば挙動不審ともいえる様子でギルドの中を観察した護は、意を決してカウンターに並ぶ受付嬢の一人の前へ進む。
護の向かった先にいた受付嬢の名はラーニャ。
見目麗しい者の多い受付嬢の並ぶ中で、彼女は小人族というわけでも無いのに子供のような体格をしており、愛らしくも素朴な雰囲気を持つ少女であった。
美人はやや苦手な気があるからとラーニャの下に向かった、非常に失礼な男である。
新規登録をするのに必要という事で、髪の毛を一本引き抜いて預ける。
残念ながらギルドカードの発行には時間がかかるらしく、この日は駆け出し冒険者の利用するような宿や商店の場所を教えてもらい、冒険者ギルドを後にする事となった。
第5話 街を巡る
冒険者ギルドを出た護は、疲れ切ったかのように大きく息を吐く。
会話らしい会話で無くとも、人と会話するだけでひどく緊張してしまうのだ。
冒険者を始める前に、必要な装備や道具を揃えなければならない。
が、まずは荷物を置くための宿を取っておく必要があった。
受付嬢のラーニャに教えてもらった宿の一つに入ってみると、受付らしき場所には、眠そうに欠伸をする子供が一人。
護は簡単に説明を聞いて二週間分の部屋を取り、部屋を検めた後に受付に鍵を預け、買い物のために街へと繰り出した。
武器屋に入ってみれば、中には護のロマン心をくすぐる鈍色の輝きがズラリと並んでいる。
大剣、大斧、槍斧など、是非とも使ってみたい大型武器もあったが、体格、体重などから武器に振り回されるのがオチだと店主に言われ、諦めざるを得なかった。
限られた資金を無駄にするわけにもいかず、ひとまず駆け出し冒険者によく使われると言うショートソードと木製の盾を購入した。
防具屋は武器屋の二階にあった。
商品棚には展示用の商品がずらりと並んでいる。
不用心にも受付を離れ、バックスペースで何やら作業をしていたらしい店主から、体の動きをあまり阻害しない、軽めの革鎧一式を購入し、店を後にする。
一階の武器屋部分を通ろ時に、未練がましく大型武器をチラ見していたが、この世は無常である。
第6話 街を巡る2
一度荷物を置くために、護は部屋を取った宿へと引き返した。
抱えていた駆け出し冒険者の装備を見て、冒険者になりたいらしい受付にいた子供から羨ましそうな視線を向けられたが、護にはどうすることも出来ない。
道具屋へ向かえば、気付いた時には大量の商品を抱えて立ち尽くし、薬屋へ向かえば、是非次は高級なポーションを買ってねと、美人な金髪のお姉さんから微笑まれて逃げ出した。商売人とは恐ろしいものである。
再び宿に戻った護は空腹を覚え、時間的にちょうどいいと夕飯を済ませる。
泊まる部屋に引き上げて荷物を整理し、その日に受けた色々な説明やら覚えておいた方がよさそうな事を、アマテラスから支給されたメモ帳に書いていた。
それに気付けたのはたまたまだ。
転移した直後、青みがかったアマテラスからの言葉が記されていたページは、読み終えた際に消えた文字と共に白紙になっていた。
それが、再び青みを帯びていたのだ。どうやら何か連絡する事があると、メモ帳を通じて知らせてくれるらしい。
慌ててページを確認してみれば、そこには神の微妙な残念さと、スキルを取得するために必要なポイントが、ギルドカードに予めぶち込まれているらしい旨が記されていた。
余計な追伸についついツッコミを入れつつ、異世界生活の一日目を終える護なのであった。
第7話 ギルド本登録
鐘の音に耳朶を叩かれて目を覚ました護は、朝食を済ませて冒険者ギルドへと向かう。
一日目には時間帯的に見る事が出来なかった、大通りを行き交う大勢の人に軽く尻込みしながらも、なんとか冒険者ギルドへと辿り着く。
まあギルド内は大通り以上にごった煮の様相を示していたのだが。
人気的に並ぶ列の短かった受付嬢のラーニャに、開口一番失礼な事をぶちかます護だったが、ラーニャはかろうじて気にしないふりをしてギルドのあれこれを説明してくれた。
念願のギルドカードを手に入れた護は、喜び勇んで依頼を受けるわけでも無く、備え付けの長椅子に座ってスマホのようなギルドカードを弄り始めるのであった。
第8話 ギルドカード
護が最初に調べたのは、各種数値。
ゲームで言うステータスのようなものかと思って見てみれば、そういうわけでもなく、魔力、ネガ・ポイント、ハイ・ポイントの三つだけであった。
アマテラスがぶち込んだというポイント量の異常さに気付かず、護はスキルを取得し始める。
低めのつもりで、次々と一人前の冒険者相当のスキルを取得していく護。
スキルのおかげでようやく魔力を把握出来るようになったり、全ての特性の魔術スキルを習得したりと、まるであべこべである。
取得した話術スキルが、護にはあまり意味の無いものだったことに落ち込みながらも、ひとまずは日銭を稼ぐために依頼をこなそう、と護は立ち上がった。
第9話 初依頼
掲示板から剥がした依頼は、草原で取れる薬草の採取。これが護の初めての依頼だった。
問題無く依頼の受託が為され、ギルドを出た護は街の東にある門をくぐって、街周辺に広がる草原へと向かう。
丁度当番であったらしい門番のゲートルに挨拶と忠告を頂いてから、護は薬草を探して草原を歩き始めた。
運が悪いのか、探し方が悪いのか、それとも魔術を試しながら探すのが悪いのか、中々見つからない薬草を探して、気付かずどんどん草原の奥へ奥へと突き進む。
偶然視界に入った薬草のおかげで本来の目的を思い出し、さあ帰るぞと立ち上がった、その時。護はようやく森の目と鼻の先にまで来てしまっていた事に気付いた。
そして気付いた時にはもう遅い。
猛然と襲い掛かって来た獣の牙は、買ったばかりの防具を傷つけ、護の命を奪わんと喉笛に噛みつこうとする。
突然の事態にパニック状態となった護はスキルを有効に使う事も出来ず、ただ我武者羅に足掻き、新たな生を奪わせまいと抵抗し、余裕の欠片も無いぎりぎりの勝利を掴む事が出来た。
護は勝利に沸き立つ事も無く、ただ生に安堵する。
第10話 帰還
明らかに尋常ではない様子で戻って来た護の姿に、門番のゲートルは事情を聞いて身を案じ、諭し、労わってくれた。
簡単な治療を受けてゲートルの下を辞し、依頼の報告をしに冒険者ギルドへ向かう。
ぼろぼろの恰好をした護を心配をしてか、ラーニャに事情を尋ねられ、護は申し訳なさそうに白状した。
事情を聞いたラーニャは、呆れ交じりにたっぷり四半時ほども説教を続けるが、これも無鉄砲な新人を心配しての事である。
血で真っ赤に染まった服を買い替え、壊れてしまった防具を修理するため、昨日訪れた防具屋へと持っていく。
一日で壊してしまう扱い方にお叱りも覚悟していた護だったが、装着者の命が守れたのなら防具屋冥利に尽きると、渋い笑みを浮かべて修理を請け負ってくれた。財布の中身はすっからかんになってしまったが。
へとへとになりながら宿へと戻った護は、実を案じてくれた人達に感謝をしながら、ぐっすりと深い眠りに沈むのだった。
第11話 検証と目標
真っ赤に腫れ上がった手の痛みに魘されて、真夜中に目を覚ました護。
暗い中で中々見つからない薬のおかげで、護はようやく"魔術"という便利な力の存在を思い出す。
保存食を咀嚼しながら魔術で完治した両手を眺め、護は昼間の戦闘とはとても言えない泥仕合を思い返していた。
スキルが全く作動せず、何の役にも立たなかった。
では、スキルを取得する事は無意味なのか? と考えれば、それも違うと分かる。冷静になって改めて試してみれば、滑らかとは言い難いが、"技"を感じさせる動きを実演する事が出来た。
護は理解する。
スキルを"得る事"と、技を"身に着ける"事は違うのだ、と。
それからの護は、肉体の鍛練、スキルの習熟、魔力操作の練習と、更には日銭を稼ぐために街の中での依頼をこなす、忙しい日々を送るようになっていた。
そんな忙しい毎日の中で、一つの理想に至るための目標を立て、護はその目標に向かって邁進し始めた。
――錆びついていた護の物語は、ここからようやく動き始めたのだ。
はい、というわけで初めてのあらすじでございます。
ちょこちょこあらすじ書いた部分を改稿してたせいか、思ったより時間がかかってしまいました。猛省。
え?二週間毎に更新するんじゃなかったのかって?・・・やだなあ、何言ってるんですか!まだ二週間目の25時ですから、セーフじゃないですかあ!
――くっ!殺せっ!