あそこにあるのは、愛だよ
一人が隣の人に。この人があの人に。それが最後の人に回って来た時には最初とは全く違う内容になっている。その間に何が起きたのかは誰にも予想はできない。しかし、もしもこの世界に人の心の中までも覗ける人がいるならば、あなたの心の闇までも透き通るように見えてしまうであろう。
あなたには私の正体が分かるであろうか。
ほんの少しだけ、木々の間から見下ろせる町は私にとっては特別なものである。
町で女の人がある男に自分で落したタバコを拾えと注意していた。
なんて町の事を思ってくれているのだろうか。ありがたい。
私の仕事は日々同じ人、違う人と見届けて、夕方になれば、仕事を終わらせ、夜に柄の悪い連中が来るのを怖がりながら待ち、終いには缶や、食べ物を置いて行く。誰が片付けてくれるのだろうかと待ち続け、太陽が昇ると、年寄りのおじいさんやおばあさんが腰を曲げて、拾い、ゴミ箱へとゆっくり持って行く。私に何かできる事はないのだろうか、と悩み、悩むけど、人々を笑顔にする事しかできない。
最近気付いた事は、私が喋れると言う事。何かを呟くと、私の周りにいる人々がはてなマークでいっぱいになる。だが、私が呟いた、と言う事は誰一人気付いてくれない。こんな切なくて、一人ぼっちな人生でも、毎日人が訪れて、笑顔で帰って行く。
満足をしてくれればそれでいい、とただそれだけを思い、日々を過ごす。
何年か前に私はある「もの」を失った。
「ねえ、見て。ほら。町が見えるよ。背伸びしてご覧。」
彼女はいつも私の隣にいてくれた。それを私は長年気付く事ができなかった。
私は彼女を、トールと呼んだ。
背が高かったトールは、ずっと私を見下ろすように話しかけた。
背伸びをしてやっと木々の間を覗くと今までに見た事のない、すごい数の人々と、トールよりももっと高く、色々なものがそびえ立っていた。
「わあ」
思わず感動で声が出た。
「素敵でしょ。私の中にいる人達はいつもこの町を歩くのよ。」
夜になれば、トールは目をつぶり、眠りにつく。
柄の悪い連中を待たなければ眠れなかった私はトールが完全に眠るまで横で見ていた。
朝起きれば、「おはよう」と、寝る前には「おやすみ」と。
トールは当たり前のことをまるで当たり前ではないように言って、時には私を悩ませ、怒らせ、でもそんなトールが大好きだった。
いつの間にか一年、二年と経っていた。
私とトールは親友と言う糸で結ばれた。
「私ずっとここにいたいな。」
ある朝、起きたらすごく熱かった。
夏でもないのに熱かった。
時計台を見ると、朝の六時であった。
横を見ると、トールが泣いていた。
どんどん彼女の中身が無くなって行く。
トールの中にいる人達がいっせいに出て行く。
悲鳴を上げる人もいれば、中で亡くなった人も少なくはなかったであろう。
トールの窓から見えたのは赤く染まった炎であった。
消防車から救急車。行ったり来たりと、騒がしかった朝。
私はただトールが泣き叫ぶのを見ているだけしかできなかった。
私はただ自分に火が移ってこない事を願った。
トールは何時間、何分かした後に全焼してしまった。
消防車は何の役にもたたず、トールをこの世から消した。
あなたは私とトールの正体が分かってであろうか。
そう。彼女は高いビルであった。
町で一番高かったビルであった。
そしたら、私の正体も分かったであろう。
私はただの公園だ。
トールを見上げるように見た公園だ。