自己責任の果て
怪談ではありませんが ホラーです
出社してすぐに、私は机の上の書類を見つけ私は胸中で舌打ちをした。
なぜだ、小学校からその大切さを教えるように、教育プログラムをくんであるのに、
新聞、雑誌、テレビ、インターネット、ありとあらゆるメディアで毎日宣伝をしているのに、
本屋に行けば、それについての本がいくつも平積みにされているのに。
どうしてこの国の人々に「自己責任」が根付かないのだろう。
「どうした、朝から暗い顔をして」
「みてくれ、また“作業”をしなくちゃならない。本当にどうして分かってくれないんだ」
そう言った私の肩を、同僚は気の毒そうにぽんぽんと叩いた。
「新しい常識が浸透するまではどうしても時間がかかるもんさ、それに
どうしても理解できない輩というのも存在する」
「そんなもんなんだろうか」
「そうさ、それに“作業”もなくなりはしないが、少なくはなっているだろう」
「まあ、確かにそうだが」
「成果は出ているんだよ。自信をもて。それに今日は視察団が同行するんだろ」
そうだった。最近急速に持ち直したわが国の経済を、欧州の代表者が視察にきたのだ。
私の背筋は急にピシリとのびた。国が一丸となってすすめている方針の推進員の一人として
疲れた顔など見せるわけにはいかない。
それをみて、同僚の顔にも笑みが浮かぶ
「その意気だ。がんばってこい」
私は頷いて、机から黒光りする重いものをひっぱりだし、肩にかついだ。
地味な色の軽乗用車を私は細い路地へとすすめる
「今日の作業はこの奥にある家です」
私の言葉を通訳が視察団に耳打ちする。団といっても作業に同行したのは
二人だけだ。通訳の言葉に2人は黙ってうなずいた。
地図が示した場所にたっていたのは、お世辞にもきれいとは言えない小さい家だ。
私は車をおりながら舌打ちをする。あれだけ啓蒙したのにまだ理解できない人々に
抑えてはいても怒りが湧き上がる。
視察団の視線がなかったら、玄関脇の空の植木鉢くらい蹴飛ばしていたかもしれない
呼び鈴を鳴らすと、疲れたような顔をした中年の女が現れた。
私を見てのどの奥で悲鳴を上げる
「・・・・・・死神」
「法令124条により、貴方の御主人を消去いたします」
女はがくがくと震えたが、私は眉一つ動かさなかった。
「まって、あの人は病気なの。なおったら必ず働けるわ」
「それは存じております」
私は事務的に返答する。
「病気になる可能性は誰でもあります。だから、保険会社が各種保険を売り出しているのです
どうして御主人は保険に入っていなかったのですか?」
女はうつむいて小さな声でつぶやく
「・・・・・それは、家計が苦しくて」
「家計が苦しかったら仕事を増やすか転職したらよいのです。スキルアップの為の方法も
世の中にはたくさんあったでしょう」
「・・・・・・」
「ですが、あなたの御主人はそういう事をいっさいなさらず、病気になった。
貴方は看病のために仕事を減らさざるを得なかった。そのけっか、家賃が払えない。違いますか」
女は頷く。
「だけど、そういう時はお互いが助け合うもんじゃないんですか」
「助け合い?そんなものをしてなんになるんです?」
私の声に嫌悪の感情がこもった
「自分の水筒が空になったからといって、他人の水筒の水を欲しがってどうします。
結局他人すら乾きに苦しめることになるんです。だからこの国は一度傾きかけた。ちがいますか」
女は黙り込んだ
「自己責任が足りません。転ばぬ先の杖ということわざがあるでしょう。御主人はそれを怠った
それは罪なのです。テレビや新聞でさんざん言っているでしょう。」
私の言葉に女は深くうつむき、そして小さく頷いた
「消去に同意いただけましたら、ここに母いんをお願いします」
震える手で女は朱肉をつけた親指を、私が示した書類に押した。
「ありがとうございます」
私は一礼すると、肩に担いだものを降ろした。
大型のショットガン。象だって一撃で倒せる。
奥の部屋で布団に寝かされていた男に向かって、私はためらわずに引き金を引いた。
ズドンと響いた鈍い音に
使節団の二人は顔を見合わせた
「今の音は。やはり噂は本当だったんだ」
「福祉予算軽減のためとはいえ、公共料金や家賃、税金を一度でも滞納したら理由を問わず死刑なんて狂っていますよ」
ひそひそと母国語で話し合っていた二人の前に
作業を終えた男が笑みを浮かべて戻ってきた。
「君はこの仕事に誇りを持っているのかね」
通訳を通した問いに、男は頷く
「全体の福祉を守るために、自己責任を怠ったものに罰則を与えるのはとうぜんです
やりがいのある仕事だと思ってますよ」
「しかし、人間色々と思わぬこともあるだろう」
「それを予想するのが知恵というものです。自己責任という言葉はもともとあなた方のお国から
入ってきた言葉だと思いますが」
男の言葉に、使節団はもう一度顔を見合わせ、再び母国語でささやきあった。
「たしかにそうだが、この国の人々はどうも極端に走りすぎる」
「そうだろう、私は昨日この国の辞書をみて驚いたよ。お互い様
思いやり。助け合い。そういった言葉が全部消えているんだ。」
「・・・・・滅びるのも時間の問題ですね」
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