エピローグ-母の幻影-
母が僕を人工的につくったということもあり、必然的に母と父と、兄と僕の遺伝子情報がコンピューター上に残っていた。
ほんの少しの作業をするだけで、親子鑑定ができそうだ。
兄と自分が同じDNAではないかという不安を抱えながら、残っていた兄のデータと僕のデータを調べてみる。
すべて同一なら、僕は兄のクローンということになる。
結果、僕と兄は同一ではなかった。血の繫がりは認められるものの、僕と兄とは他人であった。
僕は安堵した。
いくら母がクローンの研究しているからといって、さすがに兄そのものをつくりだすことはなかったようだ。
そうなると僕はだれの子供なんだろう。
生前に父から遺伝子を提供してもらったことでもあって、それを使って人工授精でもしたのだろうか。
ちょっとした好奇心もあり、親子鑑定をしてみた。
母と父と僕とで親子鑑定。なんだか少し恥ずかしいような気もするが、僕はそれを実行する。
仮に父の子でなかったとしても、その時はその時である。
エラー
同じ遺伝子情報は使えません。
「……え?」
何度やっても、同じエラーがでる。
同じ遺伝子情報は使えません。
画面には、そう現れる。
「父と同一……どういうことだよ!」
画面には、父と僕が同一であることが示されていた。
父のデータが間違っているのかもしれない。
僕のデータが間違っていたのかもしれない。
僕は母とのみ親子鑑定をした。
赤の他人だと、結果が出た。
僕のデータが、父のものと間違って上書きされているのかもしれない。誰か別の人と差し替わっているのかもしれない。一般家庭にある個人的な研究室でのことだ。色々、不備があってもおかしくはない。
しかし、不安はぬぐえない。
僕は母の遺髪を持って正式な機関に親子鑑定を依頼した。
母と親子ならば、僕にはそれだけで十分だった。
しかし、その期待は裏切られた。
僕は、母の血をまったく継いでいなかった。
茫然とする僕に、結果を知らせてくれた人はいろいろ慰めの言葉をかけてくれた。血のつながりがないことが分かって、このような状態になる人は多いのだろう。でも、僕がどうしてこんなにも茫然としているのかまでは、絶対にわかるはずはない。
僕は母の子ではない、この事実が示すのは……
父と同一であると示す、母の残したデータ。
母と血がつながっていないと示す、今僕の手にある紙切れ。
なぜ、父との人工授精にしなかったのか。
なぜ、兄のクローンにしなかったのか。
なぜ、父のクローンなのか。
なぜ、兄の名前をつけたのか。
なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで。
僕の疑問に答えられる者はない。
母は僕に、だれの幻影を重ねていたのだろう。
兄だろうか、父だろうか。
僕はリダ。兄と同じ名前を持ち、父と同じ者。
僕は父の代わりなのか。
僕は兄の代わりなのか。
僕は、だれなのだろうか。
自分の存在が見いだせない。
真実を知って、僕はますますわからなくなった。
僕は、僕は、ぼくは――
★この小説の生まれる元になった雑学★
サルバドール・ダリ(溶けたようにゆがんだ時計の絵を描いた人)
彼は、幼くして死亡した兄と同じ名前を持っていました。