↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

終電

作者: 天月瞳
掲載日:2026/09/27

「起きて……起きて!」


呼びかける声が聞こえ、私はどうにか目を開けた。



「……寝てしまったのか?」


今日は会社の残業で、終電に乗るのがやっとだった。



目の前の車内はがらんとしていて、ほかに人影は見当たらない。


頭上の照明が何度か点滅し、やがて正常に戻った。


何度か瞬きをすると、ぼやけていた視界がようやく焦点を結んだ。



向かいの座席には、古めかしい制服を着た少女が座り、にこにこと私を見つめていた。



「やっと来たね。三十年も待っていたんだよ」



私は戸惑いながら少女を見つめた。頭の中はまだぼんやりとしていた。


少しでも頭をはっきりさせようと、私は首を振った。



「君は……? それに、三十年も待っていたって?」


時代錯誤な旧式制服はともかく、彼女の見た目は三十歳にはとても見えなかった。



目の前の少女に見覚えがないのは確かだ。


それなのに、心の中には言いようのない懐かしさが満ちていた。



「私?」


彼女は立ち上がり、両手を広げてくるりと一回転した。


ひとつに束ねた長い髪が私の目の前をかすめ、懐かしい匂いが鼻をくすぐった。


それでも、記憶の中から該当する人物を思い出すことはできなかった。



「思い出せない?」


彼女は両手を後ろに回し、私の表情を覗き込んだ。


「うん」


私は正直に頷いた。



「じゃあ、ヒントをあげる」


彼女は目を細め、人差し指を立てた。



「あの火事のこと、覚えてる?」



もちろん覚えている。おそらく、一生忘れることはないだろう。



「……君は一体、誰なんだ?」


私は少し警戒しながら尋ねた。



あの日、私は遊びに夢中になり、帰るのが少し遅くなった。



家の近くまで戻ってくると、騒がしい人だかりと何台もの消防車が目に入った。


そして、猛火に包まれたアパート。




一瞬にして、私は大切なものをすべて失った。


両親、姉、そして慣れ親しんだ家。



唯一、救い出すことができたのは、姉が飼っていた猫だけだった。


私はその猫を連れて、祖父のもとに身を寄せた。



あのつらい日々の中で、あの子はずっと私のそばにいてくれた。


けれど、猫の寿命は人間よりも短い。


あの子も、ずっと昔に私のもとを去ってしまった。



「これでも思い出せない?」


少女はごく自然に隣へ移り、気だるげに私の膝に頭を預けた。


「おい!何をしてるんだ?」


私は慌てて尋ねた。


しかし、彼女はまるで気にする様子もなく、私を見上げた。


「ふふん」


手を伸ばし、私の頬をそっと叩く。


その手のひらは温かく、柔らかかった。


「本当に鈍いんだから」



列車が激しく揺れ、私は危うく床に転げ落ちそうになった。


車両の外から、耳障りな摩擦音が響いてくる。


「うおっ!?」


私は驚きの声を上げた。



「そろそろ時間だね」


彼女は身を起こし、座り直した。


「ほら、早く降りて。次はもう終点だよ」



「でも、私は……」


まだ最寄りの駅に着いていないし、目の前の少女が一体誰なのかも分からない。

本当に言われたとおりに降りていいのだろうか。


けれど、言葉が喉につかえてしまい、最後には一言だけが口をついて出た。


「……君は?」


「私には私の行くべき場所があるからね」


彼女はまるでハエでも追い払うように、ひらひらと手を振った。




ちょうどそのとき、電車が駅に到着した。


私は電車を降りた。



少女は私を見つめ、ゆっくりと瞬きをした。


金色の瞳が夜の闇の中で輝いていた。



「まだこっちに来ちゃダメだよ」


ドアが閉まった。



私は駅のベンチに座り、まぶたがひどく重くなるのを感じていた。


遠く彼方から、耳をつんざくような音が聞こえてきた。



ドンッ!


大きな衝撃音。



そして、意識はついに眠気に抗えなくなり、闇へと沈んでいった。



「お客様!……お客様!」


目を開けると、心配そうな顔をした駅員がいた。


「お客様、大丈夫ですか?」



「あ、はい、大丈夫です」


私は立ち上がり、ずっと駅のベンチで眠っていたことに気づいた。



「あの……」


駅員が恐る恐る口を開いた。


もしかして、昨日からここにいらっしゃったんですか?


「ああ、昨夜の終電ですが……何かあったんですか?」


私は不思議そうに尋ねた。



「そ、そうでしたか」


駅員はほっとしたように、無理に笑みを浮かべた。


彼の話によると、昨夜、電車が制御不能になったらしい。


終点で、凄惨な事故が起きたという。



「お客様、運がよかったですね」


駅員のその言葉に、私は何も答えなかった。


ただ、複雑な笑みを浮かべた。



ふと、垂れ下がった指先に何かが触れた気がした。


あの頃と同じように、あの子は私のそばを通るたび、そっと体を擦り寄せてきた。



「……そうですね。本当に……運がよかったです」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

感想や見たいもの、誤字などがあればぜひ教えてください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。