俺の想うクールビューティー文学乙女
短編小噺シリーズ
「先輩、それ面白いですか? 」
真夏の炎天下の中、学校の屋上で方丈記を読んでいる女性に俺は尋ねた。いや、尋ねざるを得なかった。何しろ部活中に急に屋上に呼び出された挙げ句、三十分以上待たされているのだ。
「あぁ、もう来ていたのか」
「三十分前から来てましたよ! 」
この人のわがままっぷりは今に始まったことではない。それでも我慢ならず声を荒げ、先輩を睨み付けた。ほんの少しでも期待した俺の気持ちを返してほしい。
しかし、先輩は全くこちらを見ず、方丈記を読み続けた。
これ以上待たされては堪らないので俺から話を切り出すことにする。
「で、何の用事で呼んだんですか? 」
「いや、特にないよ」
先輩はここで初めて顔を上げると、満面の笑みで心を刺してきた。
強烈な一撃に一気にライフが瀕死になる。
「いきなり呼び出されて三十分以上待たされたのに、特に用事なかったのかよ! 」
何とか立ち直ると心の中で呪いをかけた。
きっと、この人は悪魔の生まれ変わりに違いない。
「ところで西くん、世界が滅ぶ一日前に君は何をしたい? 」
呪っている最中だった俺は、唐突な話題の転換についていけなかった。
ほんとこの人の考えは読めない。
「1052年、この年は末法元年と呼ばれ世界は終末に向かうと考えられた。方丈記も色濃く影響を受けていてね。ふと、西くんならどうするかと思ってな」
末法思想か。確か、有名な平等院鳳凰堂は藤原頼通が助かるために建てたものだったはずだ。俺ならどうするか。
考え込んでいるうちに、目の前の女性と目が合ってしまった。
「思いついたか? 」
素早く目を伏せ、考えているふりをする。
もちろんとっくに思いついている。俺にとって考えるまでもない質問だった。
しかし、素直に言えるようなことではない。先輩と過ごしたいなどとは。
逆に先輩ならどうするのか気になった。
「先輩はどうするんですか? 」
「質問に質問で返すのはマナー違反だろ。まぁ、私なら本を読んで過ごすだろうな」
実に先輩らしい答えが帰って来た。
思えば俺と先輩が始めて会ったのも、図書館で俺がドストエフスキーの『罪と罰』を読んでいたときに先輩が話しかけてきたのがきっかけだった。
「そうですね。俺は友達と遊んで過ごしますかね」
俺は無難な返事を先輩に返した。
「西くんって嘘を吐くとき、必ず右手を見てから言うのに気づいてるかい? 」
「なっ! 」
そんな癖に気づいている訳もなく、嘘を見抜かれ大きく後ろに下がってしまった。
「先輩に嘘を吐くなんて私は非常に悲しいよ、西くん」
先輩はゆっくり近づいてきて、ぽんっと俺の肩に手をのせた。
特に捕まれていないにも関わらず、俺はその場から逃げることができなかった。蛇に睨まれたカエルのように身動きがとれず、じわじわと追い詰められる。
この絶体絶命のピンチを回避すべく、俺が取るべき最適解は何だ。
必死に脳を働かせ考えた。
「好きな人と過ごします」
俺が取った答えは正直に言うことだった。すなわち、降参だ。
そもそもこの人は空手の黒帯を持っていたはずだ。俺みたいな一般男子など秒殺だろう。そう、これは戦略的撤退なのだ。
「ありきたりな答えだが、西くんの答えとしてはかなり意外だね。正直驚きを隠せないよ」
本当に驚いているのだろう。普段は凛としている先輩が狐につままれたような顔をしていた。
「そりゃ俺にも好きな人くらいいますよ」
半ば自棄になって吐き捨てた。
先輩は驚いてはいるが、特にそれ以上の感情は見られない。
その場で崩れ落ちそうになるのを気力で堪えて、そのまま立ち去ろうとした。
「待て」
しかし、先輩に腕を掴まれて引き戻される。
一瞬でも嬉しいと感じた自分が嫌になる。
「まだ誰のことか聞いていないだろ」
逃げんなと屋上の隅まで連れていかれる。
「さて、早く吐いた方が罪が軽くなるぞ」
万引きGメンかよ。
先輩の眉がピクッと動いた。
しまった声に出てたか。
「今すぐ言えば私たちだけの秘密にしてやる」
早く言えと圧をかけてくる。
本日二度目のピンチをどう凌ぐか。
「先輩はいないんですか? 好きな人」
起死回生の一手として、俺は必殺、質問返しを繰り出した。
先輩の追及が止まり思案顔になる。
「中島敦かな」
何と先輩には好きな人がいたのだ。ナカジマアツシという人物らしい。
俺はショックで崩れ落ちた。
「やはり数多いる文豪の中でも彼は最高だろうって西くん? 」
先輩に肩を揺すられるも、俺の魂は完全に抜けていた。
そして、五分してようやく俺は意識を取り戻した。
なんだ中島敦のことか。もうこの世にいない人なら問題ない。そもそも先輩の好きな人という時点で真っ先に疑うべきだった。
「先輩そういう意味の好きな人ではなくてですね」
「分かっている、月が綺麗ですねの方だろ」
意外にも先輩の顔は少し赤くなっていた。そんな表情もするんだな。少し得をした気分になる。
そのせいでつい口が滑った。
「先輩可愛いですね」
口に出した瞬間しまったと思った。しかし、時すでに遅し。先輩が息を吹き返した。
「西くんもなかなかキザなセリフを言うな。ジェントルマンなお年頃かな」
明らかにからかってきている先輩の声音に必死の逆転を試みる。虎穴に入らずんば虎児を得ずだ。
「俺は前から先輩のことは可愛いと思ってましたよ」
「あぅ、そ、そうなのか」
なんと俺のカウンターがうまく決まった。
どうやら先輩はストレートに褒められると弱いらしい。
ここぞとばかりに攻め込む。
「先輩クールでカッコいいです」
「あぁ、ありがとう」
「髪長くて綺麗ですね」
「そうか」
「先輩と一緒にいると楽しいです」
「うん」
「真っ赤になってる姿も可愛いですよ」
「…… 」
ついに先輩は返事もしなくなった。
いつも俺ばかりからかわれているので、少し調子に乗ってしまい、また口が滑った。
「そういえば俺は地球最後の日は先輩とおしゃべりしたいと思ったんですよ」
はっとして、すぐさまカウンターに備えるも予期した攻撃は飛んでこなかった。
不信に思い、先輩の方を窺うと嬉しそうに微笑んでいた。
「本当は私も西くんと一緒にいたいと思ったのよ」
先輩がデレた。
この史上最大の好機を逃していいのか。刹那の思考が走る。
「先輩、好きです」
そして、自然と思った言葉が出た。それくらい今の先輩は可愛かった。刹那の思考など必要無かったのだ。
「知ってるよ」
クールを装って言っているが、手に持つ方丈記は逆さまだ。
俺は正面に回り、スッと方丈記を取り上げて顔を覗き込んだ。
「見んな」
先輩は手で顔を覆うももう遅い。耳まで真っ赤なのがバッチリと確認できた。
レアな先輩に声を上げて笑ってしまう。先輩に睨まれるも全く怖くない。むしろ可愛いくらいだ。
今なら先輩の考えがなんでも分かる気がした。
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