公女様は今日も借金返済をがんばります!!
「……ただいまー」
川瀬かおりは、仕事終わりの体を引きずるようにしてマンションのドアを開けた。
手にはコンビニ袋。中には今日新発売のクリームパン。
(今日はこれ食べて、風呂入って、寝る!それで完璧!)
そんな小さな幸福だけを支えにした一日だった。
靴を脱ぎかけた、その瞬間。
「……は?」
部屋の奥に、人がいた。
黒い覆面。手にはバール。
どう見ても不法侵入者だった。
「え……ちょ、待って……!?」
状況が理解できないまま、現実だけが先に進む。
「なんで!?なんでうちにいるの!?」
男は少し気まずそうに視線をそらした。
「……入りやすそうだったから」
「理由それだけ!?雑すぎるでしょ!!」
かおりは思わず玄関で固まる。
「いや待って、ここ普通に住宅街だよ!?もっとあるでしょ狙う場所!!」
男はきょとんとしたまま窓の方を見る。
「……あっちの方がいいのか?」
「そうだよ!!向かいの高級マンション!!ガラス張りのやつ!!」
「ふむ……」
男はしばらく考えるように沈黙したあと、うなずいた。
「じゃあ、そっち行くか」
「今!?今から!?そういう切り替えで動くのやめて!!」
男が一歩、出口へ向かう。
空気が妙に軽い。
(え、これ止めるべき?いやでも強盗だし……!)
混乱したまま、言葉が追いつかない。
その瞬間だった。
視界が、ふっと白に塗りつぶされた。
「……え?」
気づけば、そこは何もない空間だった。
床も壁も天井もない。ただ白い世界。
「ここ……どこ!?」
「安心してください」
即答の声。
目の前に、光のような存在が浮かんでいる。
「こんにちは。女神です」
「え、女神ってもっとこう……“汝、選ばれし魂よ……”とかじゃないの!?」
「時間がかかるので省略しました」
「省略するなそんなとこ!!」
女神はふわふわと浮かびながら続ける。
「あなたは先ほど死亡しました」
「は!?やっぱり!?」
「強盗による事故です」
「事故って言い方やめて!!」
かおりは頭を抱える。
「え、ちょっと待って……整理させて!!」
「どうぞ」
「家帰る→変な人いる→ちょっと揉める→死ぬ→ここ!!?」
「概ね正しいです」
「人生の終わり方雑すぎるでしょ!!」
女神は特に動じない。
「では次の人生について希望をどうぞ」
かおりは少し考えてから叫ぶ。
「お金に困らない人生!!絶対それ!!」
「ふむ」
「あとブラック企業とか絶対なし!!」
「なるほど」
「クリームパン普通に買える世界!!これ重要だから!」
「重要ですねー」
女神は頷く。
「では決まりました。公爵家でいきましょう」
「……公爵家!?今の流れで!?!?」
一気に声が裏返る。
「貴族です」
「いやそれはいいけど!!なんでそんな飛ぶの!!」
女神は淡々としている。
「では転生します」
「ちょ、説明もうちょい――!!」
「現地で確認してください」
光があふれる。
「待ってクリームパンまだ食べてない!!」
そのまま意識が途切れた。
目を開けると、天蓋付きのベッド。
広い部屋。だがどこか空気が重い。
装飾は豪華だが、手入れされていない気配がある。
(……あれ?)
体が軽い。というより小さい。
戸惑っていると、横から声がした。
「お目覚めになられましたか、お嬢様」
黒い燕尾服の執事が立っていた。
落ち着いた声で続ける。
「お嬢様……?」
執事は淡々と説明する。
「現在、アルヴェリア公爵家は財政難にあります」
「……財政難?」
「屋敷の維持も限界です。使用人もほとんどおりません」
かおりはゆっくりと部屋を見回す。
確かに“豪華だったもの”の名残だけがある。
「……借金、とか?」
「はい。ございます」
即答。
「金額は――」
「待って待って!!今心の準備する!!」
「かしこまりました」
執事は帳簿を開く。
並ぶ数字。
かおりの顔が固まる。
「……これ、ゼロ多すぎない!?」
「当面の課題は返済です」
窓の外には曇った空。
現実がじわじわと落ちてくる。
(いや、待って……これ思ってたやつと違う!!)
執事が静かに一礼する。
「明日、正式に公爵家の継承許可がおります」
「その後より、お嬢様を中心に再建を進めてまいります」
「……え、え!?」
かおりは天井を見上げる。
そして力なく笑う。
「とりあえず……」
「はい」
「……ふて寝するね」
「承知いたしました」
こうして、十五歳のお嬢様となったかおりの――
没落公爵家再建生活が始まった。
かおり「」
執事「お嬢様?」
かおり「」
執事「……お嬢様?」
かおり「zzz」
執事「,,,,,,,,,」




