澱みの王:イーガ・モートヨシ
静かな国に、少しずつ異物が近づいてきます。
それは軍勢であり、
同時に、見たくないものでもあります。
目を逸らしたくなるようなものほど、
人の心に深く残るものです。
女王がそれをどう見るのか。
ほんの少しだけ、覗いてみてください。
モートヨシを初めて見た者は、だいたい同じ顔をする。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。
――引く。
すぐに取り繕うが、もう遅い。
その反応を、彼は見ている。
全部、見ている。
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顔が、ひどい。
腫れたようなできものがいくつも浮いていて、
その間を脂が埋めている。
光っている。
ぬめっている。
笑うと、それが揺れる。
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なのに、目だけは違う。
妙に静かで、
妙に冷たい。
そして、やけに頭が回る。
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戦は、あまりしない。
その前に終わらせるからだ。
物が届かなくなる。
金が回らなくなる。
人が勝手に崩れる。
理由は分からない。
気づいた時には、もう立て直せない。
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たまに前に出る。
巨大な弓を引く。
あの体で、平然と。
音もなく放たれた矢が、
隠れていたはずの人間を貫く。
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そのあとで、詩の話をする。
庭の話もする。
言葉がやたら綺麗で、
気づくと聞かされている。
……顔を見なければ。
地下は、思ったより明るい。
天井に埋め込まれた魔石が、
水面を白く照らしている。
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広い水槽がいくつも並んでいる。
水は澄んでいる。
いや、澄みすぎている。
中のものが、はっきり見える。
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人がいる。
ゆっくり動いている。
泳いでいる、というより――
浮かされている。
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髪が水に広がる。
衣服はほとんど意味をなしていない。
どれも、整っている。
綺麗に揃えられている。
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ただ一つ、揃っているものがある。
目だ。
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誰も笑っていない。
誰も、安心していない。
誰も、彼を見ない。
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水面が、わずかに揺れる。
彼が来たからだ。
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ぬちゃ、と足音が響く。
ゆっくり。
急がない。
逃げ場がないことを、知っているからだ。
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モートヨシは、水槽の前に立つ。
じっと見る。
長い。
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「……よくできている」
誰に言ったのか分からない言葉を落とす。
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指先で、水槽を軽く叩く。
コン、と乾いた音。
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その瞬間、
中の一人の動きが止まる。
ほんの一瞬だけ、
水の中で体が強張る。
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「今のだ」
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何が選ばれたのか、全員分かる。
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ゆっくりと、引き上げられる。
抵抗はしない。
いや、
抵抗する意味がないと知っている。
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モートヨシは近づく。
顔が近い。
あの顔が。
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選ばれた者は、ほんのわずかに目を逸らす。
ほんのわずか。
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それで十分だった。
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「いい」
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その一言に、妙な熱が混じる。
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彼は理解している。
自分がどう見えているか。
どこで、どんな顔をされるか。
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だから、それを見逃さない。
逃がさない。
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「その顔だ」
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地下は静かなままだ。
何も聞こえない。
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ただ翌朝、
戻ってきた者は、
もう誰の目も見ない。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
見た目と中身は、必ずしも一致するとは限りません。
それだけは、覚えておいていただければと思います。
引き続き、お付き合いいただけたら嬉しいです。




