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嘘の結晶と豚の執念

未来は鏡の中でいくつにも分かれている。

だが、その未来を動かすのは予言ではない。


人の欲望と、

それを操る嘘である。


「鏡、村はどうなったの」

女王は気だるげに問いかけた。鏡の表面が波打ち、黄金のドームに包まれた村々が映し出される。二ヶ月前までは死を待つばかりだった農民たちが、今や泥まみれになりながらも、丸々と太ったジャガイモを収穫しては歓声を上げている。

女王はそれを見て、小さく鼻を鳴らした。

「ふーん。……まあ、あんなものでも生きていれば税は納められるわね」

彼女にとって民の命など、盤上の駒が一つ二つ増えた程度の認識に過ぎない。そんなことよりも、彼女の神経を逆撫でしているのは、今まさに背後で「前払い」を要求している脂ぎった肉塊だった。

神父イグナティウスは、女王の白い指先を今にも掴まんとして、鼻息を荒くしている。その濁った瞳には、王冠すら汚しかねない下卑た欲望が渦巻いていた。

「陛下……。聖女様の幻影だけでは、もう私の渇きは癒せません。今、ここで、あなたから確かな愛の証を……」

「……待ちなさい、イグナティウス。あなたは何も分かっていないのね」

女王は間一髪で手を引き、扇で神父の顔を遮った。嫌悪感で吐き気がするのを、極上の冷笑で覆い隠す。

「証が欲しい? ならばなぜ、彼女が最も求めているものを用意しないのかしら」

神父の動きが止まる。

「……彼女、とは……聖女様のことですか?」

「そうよ。先日、秘密の伝令から聞いたわ。彼女、あなたのことをこう言っていたそうよ。『あの方は、私に対してまだ本気を見せてくださらないのかしら』……とね」

神父の顔面が、驚喜で痙攣した。

「聖女様が、私を!? して、彼女は何を望んでおられるのですか!」

「**『魔力結晶』**よ。それも、あなた自身の精髄を限界まで凝縮した、純度の高い結晶。……彼女、ああ見えて、強大な魔力を持つ男の『結晶』を見ると、抗いがたい興奮・・・を覚える癖があるの。それを身につけて、あなたの魔力に包まれながら眠りたい……そう漏らしていたそうよ」

女王は一歩近づき、神父の耳元で、さも重大な国家機密を明かすように囁いた。

「けれど、聖女様は強大な魔力を持つお方。並大抵の結晶では彼女を満足させるどころか、鼻で笑われてしまうわ。彼女に『男』を見せつけたいのなら、全身全霊を、命を削るほどの魔力を込めた結晶を作り上げなさい。それができた時……彼女はもう、あなたの毒から逃げられなくなるでしょうね」

「おお、おお……! 結晶……! 私の魔力を……彼女の肌に……!」

神父はもはや女王の指先のことなど忘れていた。彼の脳内では、自身の魔力で悶える聖女の姿が、万華鏡のように回り始めている。

「分かりました、陛下! 今すぐ私室に籠り、私の全存在を賭けた最高純度の結晶を錬成してみせましょう! シスターたちの魔力もすべて吸い上げ、かつてない『奇跡の塊』を!」

神父は狂ったように笑いながら、転がるように部屋を飛び出していった。

静寂が戻った部屋で、女王は深い溜息とともに椅子に沈み込んだ。

「……鏡。今の、聞いたかしら。あんなデタラメを信じて、自分の魔力を枯渇させるまで結晶作りに励むなんて。本当に、救いようのない馬鹿ね」

鏡の表面が、不気味に赤く明滅した。

「……恐ろしい女だ。神父に魔力結晶を作らせることで、奴の余計な魔力を削ぎ、反抗する気力すら奪うつもりか。お前の嘘は、今や毒薬を通り越して、魂を吸い出す魔術そのものだな」

「あんな豚に蓄えさせておく魔力なんてないわ。それに、結晶ができれば……それはそれで、隣国との交渉材料・・・に使えるでしょう?」

女王は、窓の外で輝く黄金のドームを眺めた。その光は、一人の男の愚かな欲望と、一人の女の冷徹な嘘によって支えられている。

「さて……あの結晶、誰に一番高く売りつけてやろうかしら」

女王の唇に、ようやく本物の、残酷な笑みが浮かんだ。

嘘は、ただの言葉では終わらない。

それを信じる者が現れた瞬間、嘘は現実の力になる。


欲望は人を動かし、

その欲望はさらに大きな嘘を生む。


こうして世界は、少しずつ形を変えていくのかもしれません。

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