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背徳の交渉術

鏡が見せた未来は、まだ確定した運命ではありません。

しかし、その未来を避けるためには、時に汚れた選択も必要になります。


これは、女王が初めて「政治」という刃を手に取る夜の物語です。

謁見の間の重い扉が閉まると同時に、淀んだ空気が部屋を支配した。

神父イグナティウスは、ぶよぶよとした身体を不自然に揺らしながら、女王の玉座の前で跪いた。

「……陛下、もったいぶるのはおやめください。A.H.フィールド(Absolute Holy FIELD)の流用は、教会本部への明らかな背信行為。私の首は一つしかない。それを差し出すに見合うだけの『実り』を、私は求めているのです」

神父の視線は、女王の顔ではなく、その首筋から胸元、さらにはドレスの裾から僅かに覗く靴先へと、這う虫のように動いている。女王はその視線が触れた場所が、腐った泥で汚染されていくような激しい嫌悪感に襲われた。

(……この豚、私が『国のため』と言えば、足元を見てさらに要求を吊り上げるつもりね)

女王の指先が、肘掛けの金細工を白くなるほど強く握りしめる。彼女の良心は、この醜悪な男に言葉を投げかけること自体を拒絶していた。だが、目の前の豚を「その気に」させなければ、この国の防壁は完成しない。

彼女は、自身の嫌悪感を「極上の嗜虐心」という仮面ですり替えた。

「……イグナティウス。あなたは、私が自分自身の身体を差し出すとでも思っていたのかしら?」

女王の冷ややかな、しかしどこか含みのある声に、神父の動きが止まる。

「……おや、違うのですか?」

「残念ね。私は自分に相応しい相手を選ぶ権利を持っているわ。そして、あなたも私よりずっと『ふさわしい獲物』がいることを知っているはずよ」

女王はゆっくりと立ち上がり、神父の背後に回った。香油の香りが神父を包む。女王は彼の耳元に顔を寄せ、毒のように甘い声を流し込んだ。

「教会の頂点に咲く、あの清らかな『聖女』……。彼女の、あのあまりにも無垢で、退屈な微笑み。……あれを、内側からメチャメチャにしてみたいとは思わない?」

神父の喉が、引き攣ったような音を立てた。

「聖女……様を……? 滅相もない。あの方は神の代理人……」

「あら、神父。私には見えるわ。彼女が夜な夜な、自らの聖潔(清らかさ)という檻の中で、どれほど激しく、乱暴な救いを求めてもがいているか。……彼女、実はとても『肌が弱いの』」

女王は、実際には見たこともない聖女の身体的特徴を、さも真実であるかのように、極めて扇情的な語彙で描写し始めた。

「祈りの衣に包まれた彼女のうなじには、隠しきれない情熱の火照りが常に宿っている。彼女が法悦に浸る時、その唇から漏れるのは神への賛美ではない……自分を支配し、辱めてくれる強靭な男への呼び声よ」

女王の言葉が進むにつれ、神父の呼吸は荒くなり、顔面には醜い赤みが差していく。

「あなたがA.H.フィールドを村々に張り、その功績を私が称えれば、本部もあなたを聖女の『守護神父』に指名せざるを得ない。……そうすれば、彼女の寝所の鍵は、あなたの手の中に落ちる。聖なる奇跡を、彼女の白い肌に直接刻み込む権利がね」

「……あ、ああ……! 聖女様の……内側の、綻び……!」

神父はもはや、女王のことなど見ていなかった。彼の脳内では、女王がでっち上げた「堕落した聖女」の幻影が踊り、欲望が理性を焼き切っていた。

「……やります。陛下。フィールドの出力は私の権限で限界まで引き上げ、シスターたちには『聖なる苦行』として、不眠不休で結界を維持させましょう。すべては……聖女様という、至高の供物のために!」

神父は、女王の足元でハァハァと震えながら、自身の汚れた手のひらを握りしめた。

女王は、彼が完全に「嘘の檻」に囚われたことを確信した。

だが、その勝利感とともに、かつてないほどの自己嫌悪が彼女を襲う。

(……ああ、私は今、世界で一番汚らわしい嘘を吐いた)

女王は無言で神父に退室を促した。彼が部屋を出る際、床に残した脂ぎった足跡を見るだけで、彼女の精神は削り取られていく。

「……鏡、見たかしら。私は、あの男の脳内に、毒の種を植えてやったわ」

鏡の表面が、不気味な嘲笑とともに波打った。

「見事な演技だったな。聖職者を、聖職者の最も忌むべき欲望で釣るとは。……だがあの豚は、いずれ気づくぞ。お前が与えた果実が、ただの砂の味であることに」

「その時までに、私はあの男を使い物にならないほどに搾り尽くし、ゴミ箱へ捨ててあげるわ」

女王は洗面台に駆け寄り、狂ったように手を洗い始めた。

どれだけ洗っても、神父と交わした「共犯者の空気」は、彼女の肌から消えなかった。

人は食べるものがあるうちは、理性で動きます。

しかし食べるものがなくなると、人は少しずつ変わっていきます。


最初は祈り、

次に嘆き、

それでも腹が満たされなければ、やがて怒りが生まれます。


そして最後には――

生きるために、奪うことを選びます。


国が滅びる時、最初に崩れるのは城壁ではなく、

人間の理性なのかもしれません。


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