監視という名の観光
「今日は私が案内しよう」
そう言った翌日、本当にアルヴィン殿下は一人で現れた。
護衛は距離を取っている。
だが視線は明らかにこちらを囲んでいた。
これは視察じゃない。完全に監視だ。全然観光できないじゃない。
「不満そうだな」
「いえ、光栄です」
「心が読めるわけではないが、顔に出ている」
くすり、と笑う。
どうやら、私に貴族特有の駆け引きは難しいようだ。そして、腹黒王子は今日も健在なようだ。
腹黒王子によって私達は中央市場へと向かった。その街のことが知りたければ市場を見よと誰かが言っていた気がする。
王都の中央市場は沢山の人で賑わっていた。前世の記憶がなければ、素直に驚いていたことだろう。
この程度では驚くことのできない私は、人の多さより、店先に並ぶ野菜を見て眉を寄せた。
「・・・高い」
私の独り言に、殿下が反応した。私の顔のすぐ横まで顔を寄せると、アルヴィン殿下が問う。
「何がだ?」
めんどくさかったが、腹黒王子から逃げることは難しいため、観念して気になった商品を指差す。
「この大根、銀貨一枚です」
「妥当では?」
「辺境なら三本買えます」
私の一言に、殿下の目が細くなる。
「・・・理由は?」
どうやら本気で知りたいようだ、少しだけ手助けしてあげるか。
私は葉の先を指で示した。
「鮮度が落ちています。葉がしおれ、根に皺がある」
私の指摘に店主がぎくりとした。まぁ、別に店主は悪いことをしてるわけではないのだから、堂々としていればいいのに。
そんなことを思いながら、私は言葉を続けた。
「王都は遠方からの輸送に頼っていますよね?」
「そうだ。だが、それは当然のことだ。こんな都会のど真ん中では新鮮な野菜など育つまい」
それは、そう。だけど、値段が上がるのはそれだけが理由じゃない。
「そうですね。しかし、この野菜は新鮮に見えますか?」
「っ!?た、確かに。葉が萎れていて、新鮮とは言い難いな。だが、辺境からでは日持ちしないのも当然ではないか?」
「ごもっともです。なので、問題は辺境から仕入れていることではなく、保存技術が未熟なことなのです」
殿下は、興味深そうに私の話を聞く。何も言ってこないので、私は静かに続ける。
「冷却もなく、乾燥や塩蔵も徹底されていない。結果――」
少し声を落とす。
「王都に届く前に、かなりの量が傷んでいます」
殿下は難しい顔をして聞いている。
「例えば百本積んで出発しても、到着時には七十本。三十本は廃棄になるとします」
「ふむ?」
「つまりですね。商人は、初めから七十本で百本分の費用を回収しなければならないのです」
だから一個あたりの値段が上がるのだ。
私は野菜から視線を上げた。
「腐る前に売りたいから高いのではありません。
届く量が減るから、高くせざるを得ないのです」
ここまで聞いて腑に落ちたのか、殿下の口元がわずかに上がる。
「続けろ」
「さらに――」
私は市場の奥を見やる。そこにはいろんな業者が出入りしている様子が見て取れる。
「仲介が多すぎます」
「具体的には?」
「生産者から王都の店まで、最低でも四段階は通るようです」
私は空中で、道筋を示す。順番に指差しながら説明して行く。
「生産者 → 地方商人 → 仲買人 → 王都商人 → 店主」
「なるほど。通るたびに利益が乗る訳だ」
「はい」
私は静かに言う。
「しかも各段階で“輸送中に減る前提”の価格がつく」
「減る前提?」
「傷むかもしれない、売れ残るかもしれない。
そのリスク分が、すべて価格に上乗せされる」
殿下は小さく笑った。
「つまり、王都に着く頃には何重にも膨らんでいるわけか」
「仮に原価が銅貨三枚だとしても、店頭では十枚になってしまいます」
周囲の商人がざわつく。この辺の話は余りされたくないだろう。収益減に繋がるしな。
それでも、私は淡々と続ける。
「量が減る。段階が多い。その二つが重なれば、物価は自然に上がります」
しばらく2人の間には沈黙が続き、やがて殿下が問う。
「では、どうする?」
「王都専用の集積倉庫を設けるべきです」
答えは単純だ。私は即答した。
「王家管理の保存庫を作り、そこで一括処理する」
「保存技術を統一するのか」
「はい。乾燥、塩蔵、保管を標準化します。そうすれば輸送中の廃棄は減ります」
「仲介は?」
「登録制にして段階を減らします。王家が直接契約を結べば、中間の数を絞れます」
殿下はじっと私を見る。
「貴族の反発は?」
「利益が安定すると分かれば従います」
さらりと言うと、彼は吹き出した。
「君は容赦がないな」
「飢えには容赦しません」
一瞬、空気が変わる。
私は静かに言った。
「辺境では、冬を越せない家族もいました」
市場の喧騒が遠く感じる。
殿下の声音が低くなる。
「だから、無駄が許せない?」
「はい」
彼はしばらく黙り、やがて小さく笑った。
「数字で語りながら、最後は人に行き着くのか」
青い瞳が柔らかくなる。
「やはり、君が欲しい」
その一言に胸が跳ねる。
「この国を変えるなら、君のような人間が必要だ」
その言葉は、昨日よりもずっと真剣だった。しかし、私は、その答えを持ち合わしていなかった。殿下の側近なんて面倒くさい。
その場は濁しながら、私達は色々な場所を見て回った。最後には図書館へ向かい、いくつか興味深い本にも出会うことが出来た。
図書館を出ると、数人の令嬢がこちらを見ていた。
ひそひそと声が飛ぶ。
「誰? あの子」
「辺境伯のご令嬢らしいわ」
「殿下が直々に、ですの?」
空気が変わる。
王子が私の腰にそっと手を回した。
「え」
「牽制だ」
殿下は私の耳元で話す。
「もう敵が出来ている」
笑顔のまま、低く囁く。
「安心しろ。潰すのは得意だ」
この目は本気だ。正直、怖い。
でも・・・なぜか、安心もする。
「殿下は、本当に腹黒いですね」
「今さら気付いたか?」
そして彼は、堂々と宣言した。
「レティシアは私の客人だ。失礼があれば容赦しない」
ざわめきが広がる。
これは完全な囲い込みである。
殿下は耳元で囁いた。
「逃げ道は、まだ残してある」
「本当ですか?」
「君が望むなら」
一瞬、目が真剣になる。
「だが望まないなら――」
指先が私の手を絡める。
「私は全力で奪う」
心臓が跳ねる。
これは脅しでも計算でもない。
本気だ。
ーーーーーーーーーー
王城へ戻る途中、アルヴィンは静かに言った。
「近いうちに、正式な場を設ける」
「正式な場?」
「君の能力を、王家が認める場だ」
「その後は?」
彼は微笑む。
甘く、確信に満ちた笑み。
「決まっている」
青い瞳が揺れない。
「私は君を、手放さない」
2人の間に風が吹いた。
胸の奥が熱い。
政治の駆け引きの中で始まったはずなのに。
これはもう、それだけじゃない。
王子は、完全に私を選び始めている。




