腹黒王子との出会い
私が殿下と出会い、王都に呼ばれたのは、春の終わりだった。
「レティシア、お前が王都へ行く理由は分かっているな?」
父はいつも通り穏やかだったが、その目は真剣だった。私を心配してくれている。
「視察、ですよね?」
「表向きはな」
母が優しく微笑む。しかし、目は笑っていない。むしろ悲しんでいるような。
「領地の改革が、少し目立ち過ぎたのよ」
そう、私はやりすぎた。
家族に守られている安心感からか、この世界にはない知識をどんどん取り入れた。
作物の二毛作。
家畜の飼育管理の徹底。
簡易的な消毒法。
石鹸と紙の改良。
結果、どうなったか。
うちの辺境伯領は、三年で税収が倍増した。
飢饉で苦しむことはなくなり、疫病も激減。商人が集まり、紙を製造する工房まで出来てしまった。
「中央が黙っていない」
父は苦笑する。これも、わかっていたことなのだろう。
「敵になる前に味方にする。それが王家のやり方だ」
ーーーーーーーーーー
王城は、とても息苦しい場所だった。
豪奢な装飾、磨き上げられた床。
だがそこに漂うのは、見えない牽制と探り合い。
・・・前世の会社よりずっと怖い。
謁見の間に通された時、私は一瞬息を止めた。玉座の横に立つ、一人の青年。
金色の髪。
青い瞳。
穏やかな笑み。
第一王子、アルヴィン・クラウゼル殿下。
「辺境伯令嬢、レティシア・フォン・ルーヴェルト。よく来てくれた」
柔らかな声。
だが、その目は笑っていなかった。
「光栄です、殿下」
優雅に礼をする。視線が私に突き刺さる。
これは、完全に値踏みだ。
「色々と調べてさせてもらったよ。君の領地は、奇跡の復興を遂げたそうだね」
「父と家臣たちのおかげです」
「謙遜は結構」
にこり、冷たい笑顔をのぞかせる。
「収穫量を三割増やし、疫病を抑え、紙の製法を改良し、石鹸を庶民にまで広めた。・・・君の発案なのだろう?」
背筋が冷える。
もう、全て知っているのか。
「多少、提案をさせていただきました」
「多少、ね」
王子はこちらへ一歩、近づいた。
「どうやって思いついた?」
試されている。ここで下手な答えは、危険。
とりあえず誤魔化す。
「本で読んだ知識を応用しただけです」
「どの本?」
にこやかに追撃。
こ、こいつ、しつこい。
「古い農業書と、薬草書です」
嘘ではない。ただ、前世の記憶だとは言わない。
数秒の沈黙。
王子はじっと私を見て、やがて、ふっと微笑んだ。
「なるほど」
それ以上は追及しない。
だが
あれは信じてないな。完全に、疑っている。
ーーーーーーーーーー
謁見後。
庭園に呼び出された。
「緊張している?」
「はい、少し」
「安心して。取って食べたりはしない」
くすりと笑う。けれどその目は、鋭いまま。
「君は賢い。だが、それ以上に危うい」
「危うい・・・ですか?」
「力は、使い方を間違えれば敵を生む」
私たちの間を風が吹気抜けていく。王子の金髪が揺れた。
「私はね、優秀な人間が欲しいんだ」
はっきりとした言葉。
「この国は腐り始めている。古い貴族は変化を嫌う」
青い瞳が私を射抜く。
「だが、私は変える」
その瞬間、分かった。この人は本気だ。
優しい王子の仮面の下にある、冷酷な野心。
「君は、私の側に立つか?」
政治的な誘い。それと同時に選択の強制でもある。
この質問に逃げ道はない。
でも。
不思議と、怖くなかった。
「殿下が、国をより良くするおつもりなら」
私は微笑む。
「喜んで、お力になります」
一瞬、王子の表情が、崩れた。
驚き、そして強い興味。
「面白い」
彼は不敵に笑った。
「君は恐れないのか?」
「殿下が、敵でなければ」
私の言葉に嘘はない。それを感じ取ったのか、アルヴィンは、ゆっくりと私の手を取った。
「ならば、君を絶対に敵にはしない」
指先に、王子の唇が落ちる。
その瞬間、胸が跳ねる。
「レティシア。君を私の――」
言葉を飲み込み、王子は微笑んだ。
「・・・いや。まだ早いな」
だがその目は、なにかを決意していた。私はそれを知りたくなかった。気付かぬふりをした。
「王都滞在中、私が直々に案内しよう」
それ、囲い込み宣言ですよね?
王子は優雅に笑う。
「逃げないでくれよ?」
背筋がぞくりとした。
逃げられるわけがない。
この人はもう私を手放す気がないのだから。




