第18話|これってデート、ですよね?
焼き上がったばかりのパンから、ふわりとバターの香りが立ちのぼる。
けれど──
その香りよりも、目の前の人の存在の方が気になってしまうのは、どうしてなのかしら。
今までの私なら絶対ありえなかったわ。
「美味しく焼けているといいのですが」
籠に入れたパンをテーブルに置くと、それをしげしけと見つめるロヴァルド様。
「上手く焼けていると思うが……」
「ありがとうございます。熱いので気をつけてくださいね」
向かいに座り、彼が手を伸ばすのを待つ。
……あら?
「お食べにならないんですか?」
「いや……」
窓の外を見ながら、ぽつりと呟く。
「今日は天気もいい」
「はい……そうですね……?」
「せっかく用意してもらったが……」
……もしかして。
「……外で食べないか」
「……はい!」
外で食べるなんて、ピクニック気分だわ!
というかこれって……デート、よね?
パンは籠に入れてあるからそのまま、ポットの紅茶とカップはトレイに乗せて……。
「ここを出てすぐのところにベンチがあります。中庭の方へ行けばテーブルと椅子も……」
「せっかくのパンが冷めてしまう。ベンチでいいだろうか?」
「ベンチは私のお気に入りの場所なので嬉しいです」
中庭には及ばないけれど、キッチンの勝手口から出た場所は、草木が多く日差しが丁度よく差し込む。
そこでお茶をしたり、本を読んだりとお気に入りの場所。
そこにご一緒出来るのは、素直に嬉しい。
トレイと籠を持とうとすると、さりげなく横から取られてしまった。
「ロヴァルド様?」
「紳士たるもの、女性に荷物を持たせるわけにはいかんだろう」
「あ、ありがとうございます……」
こんなちょっとしたことで赤くなってしまう。
でも殿下にだけ持たせるなんて、淑女としても出来ないわ!
「ロヴァルド様?」
「……なんだろうか」
「あの……これって、デート……のお誘いですよね?」
「……ぐっ」
対お父様用の必殺上目遣いで聞いてみる。
効果はばつぐん?
トレイをテーブルに起き、咳き込むロヴァルド様。
「……こちらの籠を頼む」
「はい!」
ジロリと睨まれて籠を差し出される。
そんな風に睨まれても怖くないわ。
お耳が真っ赤なの分かってるんですよ?
……私もだけれど。
小さな丸テーブルに、紅茶とパンを乗せて準備万端。
「少し冷めてしまいましたね」
「いや、それでもまだ熱いくらいだ」
「ふふ、では丁度良かったかもしれませんね」
本当は熱々をがぶっといきたいけれど、ここは我慢。ゆっくり一口ずつ、ちぎって食べなきゃ。
「……こういうことか」
「どうしました? お口に……」
「そうではなく。中に入れたバターがどうなるのか不思議だったんだが……」
「そうなんです! 噛むとバターがじゅわっと溶けだして……たまらないのです!」
はっ! ついまた熱弁を……!
「……ふっ」
「す、すみません! かぶりつくなんてお行儀が悪いですよね……」
「いや……」
熱弁しすぎて笑われてしまったわ……。
かと思ったら、真顔でパンにかぶりつくロヴァルド様。
「……なるほど。ちぎってでは味わえないな」
嬉しい。
行儀が悪いと否定せず、作ったものを美味しい食べ方で食べてくれる。
料理をしていて嬉しいと感じる瞬間。
でも──
「お味はどうですか……?」
「む……美味い」
良かったぁ。
王太子殿下に手伝わせておいて、美味しくなかったなんてことになったら……。
って、そうじゃなくて!
「嬉しい、です……ありがとうございます」
「美味しい」と言われるのが一番嬉しい。
前回に続き、今日も言わせた感があるけれど……
次こそはロヴァルド様から「美味しい」と言わせてみせる!
パンを楽しみ終わって、麗らかなひととき。
お日様がぽかぽかで気持ちがいい……。
隣に居るのはまだ少しドキドキはするけれど、いつか自然になっていくのかしら?
「そういえば……」
「はいっ、なんでしょう!?」
ロヴァルド様を横目で見ながら考え込んでいるところに声を掛けられて、思わず大きな声で反応してしまったわ……恥ずかしい。
「料理に関しては、熱が高いなと思ってな」
「え、あ、そう……ですか?」
「……少し妬けるな」
「……っ! な、な、なん……っ!」
身体中が沸騰しそうな勢いで、全身が逆立つ。
不意打ちなんてずるい……!
「……ふはっ」
「……?」
「……可愛いな」
照れる様子もなく、私をじっと見つめる。
髪の毛を梳くように撫でられ、そのまま髪を一束、漆黒のリボンと共に掴み、ゆっくりと自分の口元へ運ぶ。
心臓が跳ね上がる音が聴こえた。
「このリボンは初めてみるが……」
「あぅ、は、はぃ、あの……」
いつもの無表情とは違う、自信たっぷりな笑みを浮かべている彼。
その手は壊れものを扱うかのように優しく、握られた髪は口元に置かれる。
その仕草、その眼差しから目が逸らせない──
まるで金縛りにあったかのよう。
「ロヴァルド様の、漆黒の髪色……に合わせて、その、きゃ……っ!」
全て言い終わる前に引き寄せられ、そのまま抱き締められる。
「お互いの何かを身に付ける風習は、何がいいのかと馬鹿にしていたが……」
やっぱり重かった……?
「……なかなか悪くないものなんだな」
優しく、どこか嬉しそうな声。
……私も嬉しくて、泣いてしまいそう。
「ありがとう、ロゼ……」
彼の胸の中で、私は小さく頷いた──
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