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婚約破棄された公爵令嬢は、厨房で静かに生きていくつもりだったのに  作者: 京野きょう


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第17話|心臓がもちません

「ロゼリア様、今日は随分とご機嫌ですね」


 朝の支度を整えながら、アメリーがくすりと笑う。


「そんなこと……いつも通りよ?」


 即座に否定したものの、頬の熱が引く気配はない。

 ……昨日のことを思い出しただけで、胸の奥がくすぐったくなるのだから仕方がないでしょう?


「でもなんだか……お肌もつやつやしてますよ?」

「そ、それもいつも通りよ」


 し、失礼ね! そんなこと…………あるかも。

 鏡を見て、自分で驚いてしまう。

 確かにお化粧のノリもいい気がする。


「もしかして……ロヴァルド殿下と何かございましたか?」

「や、やだ、別に……」


 アメリーってば鋭いわ……。


「夜会から帰られて、すぐ自室へ籠ってしまわれたので心配していましたが……問題なさそうですね」


 にこにことしながらアメリーが言う。


「だ、だから……!」

「はい、出来ました」


 髪を結い終わったアメリーが、鏡越しにいたずらに笑う。


「ロゼリア様の髪色には少し重いかと思いましたが、本日はこちらのリボンにしてみました!」


 漆黒の細長いリボンが、髪に絡めるようにあしらわれている。

 これじゃ、まるで──


「もう……からかうのは止めてちょうだい」

「ふふっ、すみません。でもお似合いですよ」


 小さい頃から一緒に育ってきた姉のような、妹のような……アメリーには敵わないわ……。


「本日はなにを作られるんですか?」

「えぇと、そうね……パン、かしら……」

「またパンを作られるんですか?」

「ええ、ロヴァルド様が……」


 言いかけて、はっとする。

 更ににこにこするアメリー。


「本日はお手伝いを遠慮しておきますね?」

「え? それは構わないけれど……なにかあるの?」

「お一人で作られた方が、殿下も喜ぶと思います」

「……!」


 思わず赤面してしまう。

 アメリーにはバレバレね……。



「そういえば……ロヴァルド様の好みって知らないわ」


 一人、キッチンで作業を始めようとして、ふと気付く。


「甘いものはそんなに得意そうではないけれど……」


 そうだ!


 パン作りにも慣れて、生地の仕込みはお手のもの。

 生地を捏ね上げ、発酵の工程に進むまで時間は掛からない。


「捏ねているときは無心でいられるのはいいけれど……発酵中はダメね」


 何もしない時間があると、昨夜の出来事を何度でも反芻してしまう。


 気持ちを伝えて、答えてもらって……。

 その後は……。


「きゃあああ!」


 誰も居ないのをいいことに、昨夜を思い出してはキッチンでのたうち回ってしまう。


「し、心臓がもたないわ……」


 両手で顔を塞ぎ、ため息をつく。


「早く発酵終わらないかし……」


 言いながら生地の方へ振り返ると、ロヴァルド様が、そこに立っていた。

 視界に入ったその姿に、思考が止まる。


「……っ……ッ……!?」


 声にならない叫びを上げて、立ち尽くしてしまう。


「い、いつから、そちらに……」

「たった今だ。……元気そうでなによりだ」


 ……! もう、もう、もう!

 どうしていつも……!

 ……聞かれていなかったのが、せめてもの救いね。


「ま、まだ焼き上がってないんです」

「構わない。……料理の工程を見ておきたくてな」


 いつも通りのロヴァルド様。

 私だけ意識してるようで……ずるいわ。


「そうでしたか……今は発酵という休ませる時間でして……」


 ……そうだわ。

 私の土俵に立たせればいいのよ!


「そろそろ発酵が終わりますので……ロヴァルド殿下! お手を洗ってください」

「? ああ、分かった……」


 頭にハテナが浮かびつつも、手を洗い始めるロヴァルド様。

 ……意外と素直。


「こちらのタオルでお手を……」


 ふわふわのタオルを差し出すと、ロヴァルド様は両手を無言で差し出してくる。


 ……これは、拭いてってことなのかしら。


「し、失礼します……」


 怖々と、でも丁寧に拭きあげる。

 ……なんだかとっても恥ずかしいわ!?


「これは……なかなか心臓にくるものだな」

「──な……っ! や、やっぱり聞いてらしたんじゃないですかっ!」


 ……やっぱり、さっきの見られてたのね。

 ううう、穴があったら入りたい……!


 真っ赤になっているだろう私と、照れ隠しで口元を隠しそっぽを向くロヴァルド様。


「か、からかうのは止めてくださいませ」


 そう言って、生地が入ったボウルを手元に運ぶ。


「ロゼの……反応が愛らしいから仕方がない」

「……っ!」


 も、もうやめて……死んでしまうわ。


 ロヴァルド様を見ると、彼もまた照れている?

 ……自分にも被弾してるのに。

 そんなところが可愛く思えてしまうなんて、私も大概なのかもしれないわ。


 ……気を取り直して。


「こちらの生地を指で押してみてください」

「……! これは……」

「何度もつついたらダメですよ?」

「む……」


 フィンガーチェックをしてもらい、生地の気持ち良さを実感してもらう。

 予想以上だったのか、二度目をされる前に止める。


 作業台に打ち粉をして生地を取り出し、六分割にして少し丸める。


「これに一欠片のバターを中心に入れて丸めて……完成です!」

「……見事なものだな」

「ふふ、やってみますか?」


 生地の誘惑に勝てなかったのか、素直に頷くロヴァルド様。


「む……こうだろうか」

「そうそう、お上手です!」


 まさか、一国の王子が一緒にやってみてくれるなんて思っていなかった。


 ……私が誘ったから、よね?

 ってもう、私ってばまた……!


「どうした?」

「い、いえ、何もありません! 最後に表面にミルクを塗って……岩塩を振りかけて」

「……塩を?」

「はい! 生地の甘さにバターの風味、そこにお塩が加わって良いアクセントになるんです!」


 我ながら、いい笑顔で熱く語ってしまった。

 王太子殿下に対して、パンについて熱く語るなんて…………少しはしゃぎすぎよね。


 それでも彼は、優しい眼差しで私を見ている。

 ……恥ずかしい。


「あとはオーブンに入れて焼き上がりを待つだけです。 お手伝いありがとうございます」

「こちらこそ良い経験になった」

「そう言っていただけると……今からお茶の準備をしますので、あちらに座っててください」



 お茶の準備を始めると、途端に沈黙が流れる。


 けれど──

 その時間さえ、どこか心地よく感じてしまう。


 ……焼き上がる頃には、もう少しだけ落ち着けているかしら。

読んでいただき、ありがとうございます!

現在コンテストにエントリー中です。

更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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