第16話|本当に同じ人ですか?
何が起きているのか分からなかった。
背中に回された腕の強さと、すぐ近くにある体温。
混乱したまま固まった私に、ぽつりと呟く。
「……やっと捕まえた」
……私はいつの間にか殿下を好きになっていて、殿下もそうならいいのにと願っていて。
でも合理的に政略結婚を選択する人が、そんなことを思うはずがないと……そう思っていた。
けれど、今のロヴァルド殿下は──
「君のパンを食べたとき、初めてロゼリアという女性に興味が湧いた」
「パンを、ですか……?」
「……ああ、自ら料理をする令嬢など、見たことも聞いたこともないからな。
それまでは政略結婚に都合のいい相手、そうとしか思っていなかった」
それは、一国の王子なら仕方がないことだと思う。
現に私もそうだったのだから。
「だが君のもとへ訪れるたびに、令嬢らしからぬ姿を見たり、料理を振る舞われたりするうちに……」
「うぅ……忘れてください……」
「その、なんだ……」
ロヴァルド殿下の言葉が、ふっと途切れる。
「ロヴァルド殿下……?」
「君が──」
一拍の沈黙。
「……愛おしいと、思うようになった」
自然と涙が零れていた。
そうならいいのにと思っていて。
でもありえないとも思っていた。
……なのに。
ロヴァルド殿下が、私と同じ気持ちで──
もしかしてこれは夢かしら?
……ううん。
ロヴァルド殿下の声も、体温も、気持ちも──こんなに近くにある。
「私も……ずっと………」
言葉がうまく続かない。
喉の奥が詰まって、息さえうまく出来なくて。
それでも──
「……そうならいいのに、と……思って……っ」
涙を拭うように、瞳にそっと唇が触れる。
「…………っ」
恥ずかしさに、思わず目を閉じた。
「……ロゼリア」
「……は、い……」
呼ばれて、ゆっくりと目を開ける。
すぐ目の前に、ロヴァルド殿下の顔。
目が合うと──
触れるだけの口づけが、唇に落ちた。
「……っ」
唇が離れ、思わず視線を逸らしてしまう。
恥ずかしくて、どうにかなってしまいそう。
「……あの、ロヴァルドでん──」
呼びかけた声ごと、もう一度塞がれた。
「…………んんっ」
さっきよりも、ほんの少しだけ長いキス。
「ふぁ………」
唇が離れる。
乱れた呼吸のまま、私は目が離せなかった。
「……そんな表情で見てくれるな」
「す、すみま──」
「……理性が飛ぶだろう」
「──!」
ロヴァルド殿下はそう言って、顔を背ける。
その言葉の意味を理解した瞬間、顔が熱くなり思わず手の平で顔を覆う。
そんなつもりじゃ──
そう言いかけてロヴァルド殿下を見ると、耳が赤く染まっていた。
……貴方も照れてしまうのね?
顔を背けたままの殿下に呼びかける。
「ロヴァルド殿下……」
「……なんだろうか」
気まずそうに口元を隠して、顔をこちらに向ける。
「呼んだだけです」
そう言って、にっこり笑う。
照れ隠しの殿下の手つきも、なんだか可愛らしく見えてしまう。
政略結婚を申し込んできた人と、同じ人とは思えないほどに。
これがギャップ萌えというやつね!?
そう思うと、余計に可愛く見えてきてしまうわ……。
「ロゼリア」
「はい、何でしょう?」
「からかおうとしてないか?」
ぎくっ。
「えっ、いえ、そんなことは……」
なんでバレたのかしら……。
「顔に書いてある」
「そんな、殿下をからかおうなんて……」
「……余裕が出てきたようで何よりだ」
気持ちが通じあったあとだからか、こんなやり取りも楽しい。
「それよりも……」
「はい?」
「いつまで殿下と呼ぶつもりだ?」
「……!」
腕を組みながら、ちらりとこちらを窺う殿下。
や、やり返されてる……!
でももう、私にだってそれなりの耐性があるのよ!
「ろ、ロヴァルド、様……」
「ロゼリア嬢」
「!」
さっきまで呼び捨てだったのに……。
……呼び捨てにしろ、ということよね?
「ろ、ロ、ロヴァ、ロ、ヴァルド……」
「『ろ』が多いな?」
ニヤリと笑う彼。
「……虐めないでくださいませ」
すでに真っ赤になった顔を両手で隠し、降参する。
いきなり呼び捨てなんてハードルが高すぎるのよ……!
「……残念だが、そろそろだな」
「え?」
ロヴァルド……様が、呟く。
窓の外には、灯りのともった屋敷が少しずつ見えてきている。
ほっとしたような、残念なような……複雑な気持ち。
こんな気持ちになるなんて、思いもしなかった。
夜会前の鬱々とした気分が、嘘のように消えていた。
それもこれも、ロヴァルド様のおかげ──
石畳の上で車輪が微かに軋む音が響き、馬車が屋敷の前でゆっくり止まる。
ロヴァルド様にエスコートされ馬車を降りると、ひんやりした空気が火照った頬を撫でた。
「ロヴァルド、様……ありがとうございました」
「こちらこそ」
呼び捨ての挑戦してみたけれど、やっぱり言えなかった。
こんなことで恥ずかしがってしまっては、この先もロヴァルド様の思う壷かもしれないのに!
ロヴァルド様にもう照れた様子はなく、いつもの無表情──
でもなにかが違うのよ。
鋭い目ではなくて、どこか優しさを含んだような……それでいて余裕を感じるような……?
ロヴァルド様の顔を見ながら、そんなことを考えていた。
「……では、また」
「はい、お気をつけて……きゃ!」
頭を下げようとした瞬間、不意に右手を掴まれ、引き寄せられる。
そして耳元で、こう囁かれた。
「ロゼ」
「!」
「……明日はパンを頼む」
そう言い残し、颯爽と馬車へ向かうロヴァルド様。
私は赤くなった耳を押さえて、彼を見送るしかなかった。
もう! もう!
せっかく冷えたと思った頬が、また熱くなってしまったわ──
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