第15話|気絶しそうです
夜会帰りの馬車の中。
夜のせいか周りの喧騒はなく、馬車のガタゴトする音だけが響く。
隣国の洗練された馬車の車内は、揺れも少なくとても快適で、まるで馬車に乗っているのを忘れてしまいそうだった。
馬車に乗ってからは沈黙が続いていた。
目の前に座るロヴァルド殿下は、何か考え込むように窓の外を見ている。
そんな殿下を時折、ちらりと見るけれど、恥ずかしくて凝視なんて出来ない。
私は、常に下を向いたままだった。
心臓が早鐘のように打つのが治まらない──
どうしよう。私から話しかけたほうがいい?
それとも、殿下の発言を待った方がいいかしら。
……でも、やっぱり夜会でのお礼は伝えた方がいいわよね!?
沈黙が嫌なわけではない。
でも、先程の夜会でのことを思い出すと……。
そっと両手を膝の上で握りしめると、指先が少し震えるのを感じる。
息を整えようと深く吸ってみるけれど、心臓の高鳴りは収まらない。
話しかけようと頭を上げるも、結局言葉が出ずに終わってしまう。
何をするにも恥ずかしくてたまらなくて……それでも何か、空気を変えたくなってしまう。
……視線を合わせる勇気すら、まだ出ないのだけれど。
「……ふっ」
──え?
不意にロヴァルド殿下が小さく息を漏らし、私は思わず顔を上げてしまう。
「あ、の……ロヴァルド殿下……?」
「いや、笑ってすまない」
おもねるように尋ねると、ロヴァルド殿下は口元を手で覆い、短く息をつく。
そしてまたいつもの表情に戻ってしまった。
──チャンスよ、ロゼリア!
姿勢を正して、ロヴァルド殿下としっかり視線を合わす。
「あの……先程はありがとうございました。シュークリームのこと、それと……あの……」
「……なんだろうか?」
殿下を見ると、口元は笑っている。
うぅ……婚約のことに決まってるじゃない……! それなのに、分かってて聞いてるんでしょう……!
「シュークリームについては、何も問題はないだろう。何故あの令嬢が、あの様な行動に出たのかは分からないが──」
──きっとリリア様は、私と同じく転生者。
王族の決まった婚約者を奪うなんて、よほどのことがなければありえない。
そんな大それたこと、ゲームの強制力でもなければ──
婚約破棄をされた時、転生前の記憶が戻ったその場には、キリギルス殿下と共に彼女もいた。
ゲームとは違い、婚約破棄を素直に受け入れる私の反応を見て、リリア様は私が転生者だと見抜いたのだろう。
そして、この世界にまだ存在していないシュークリーム。
書き起こせるのは、私かリリア様のどちらか。
だからこそ、リリア様はシュークリームのレシピを奪い、確実に断罪ルートへ運ぼうとした──?
なんて。
考えても分からないわね。
あともう一つ、疑問に思っていたことがある。
一呼吸して口を開く。
「それよりも……どうしてシュークリームのレシピをロヴァルド殿下がお持ちに……?」
「……聞いていないのか?」
ま、またこのパターン!?
「ロゼリア嬢の侍女からシュークリームを受け取る際、レシピも貰ったのだが……」
「ええ!?」
お茶会用に作った余りをアメリーや使用人に渡したはずなのに、それを殿下に……!?
「も、申し訳ありません──!」
「いや……私の滞在時間の短さで、気を利かせてくれたのだろう」
「で、でも私はレシピは書いていなかったはずで……」
「見たことがないこの茶菓子の詳細を聞いたら、その場で書き起こしてくれた」
アメリー!? 勝手になにしてるのよ、もう……!
「そ、そうだったのですね……」
なぜ夜会の場にシュークリームがあったのか、殿下がレシピを知っていたのか、ようやく謎が解けたわ。
私をじっと見つめるロヴァルド殿下。
「それにしても……盗まれたことに関してどうでも良さそうだな、ロゼリア嬢は」
「え、ええ。結局は何も不利益を被っていませんし、それに……」
── 私の婚約者ロゼリア・エルフォルドが考案したもの ──
殿下の言ったその言葉。そればかりが頭を駆け巡るんだもの……。
「……それに?」
「それに……あの、その……」
聞き返されるとは思っていなくて、ぶわっと体温が上がる。
殿下を見ると、無表情だったはずなのに、どこか余裕のあるような……そんな笑みを浮かべている。
「ですから……その……」
ドレスを握りしめ、必死に言葉を絞り出そうとする。
けれど、喉がひりついて何も言えない。
そんな私を見てか、ロヴァルド殿下が隣の席へと移動してくる。
ドレスを握る私の手に、そっと手を重ねた。
「!!?!?」
声にならない悲鳴が思わず漏れた。
驚きと緊張で気絶してしまいそう。
顔を伏せたまま、どうにか平静を装おうとする。
……無理!
平静なんて装えない。こんな経験したことないもの!
「……続きを聞かせてくれないか」
耳元で響く、囁くような低く甘い声に、心臓の鼓動が跳ね上がる。
顔を上げたくても上げられない。
「わた、私を……婚約者と、言っ……」
その瞬間。
私は抱きしめられていた──
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