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婚約破棄された公爵令嬢は、厨房で静かに生きていくつもりだったのに  作者: 京野きょう


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第13話|気になって仕方がないのです

 あの日から夜会の前日まで、落ち着いた日常を過ごしていた。

 それというのも、連日あったロヴァルド殿下の訪問が途絶えてしまったから。


 ──あの時、

 殿下の提案を断ったせいで、不快にさせてしまった?

 それとも……飽きられてしまったのかしら。


 もう! あんなに毎日来ていたのに!

 突然来なくなるなんて……!


 心のどこかにぽっかり穴が開いたような、もやもやした気持ちを抱えていた。


 いつの間にか、ロヴァルド殿下のことを考える時間が増えていた。


 ──私は……。




 夜会当日。

 煌びやかなシャンデリアの下、社交界の人々が集まり、賑やかな声が会場に響いていた。


 深みのあるワイン色のドレスに身を包み、裾には黒レースが揺れる。

 耳元と胸元には、お母様から譲り受けたピアスとネックレスを身につけて、控えめながらも優雅さを添えていた。


 ……ほとんどアメリーに任せたのだけれどね。


 テーブルにはワインやジュース、軽食やデザートが並んでいる。

 その中には、「シュークリーム」の姿もあった。


 ──どうして……?

 この世界にシュークリームは存在してなかったはず。

 確かにお茶会仲間には、レシピを教えたけれど……。

 あの二人が許可なく、広めるわけがない。


 元々、前世ではありふれたお菓子。

 私が考案したものではないけれど……。


 そんなことを考えていると、不意に声を掛けられた。


「ロゼリア様、お久しぶりです」

「マーリエ様、ラナ様……お茶会以来ですね」


 この二人にしか──そう思うと少し身構えてしまう。


「ロゼリア様!シュークリーム、お召し上がりになりましたか?」

「いえ……」


 マーリエ様とラナ様は、嬉しそうに微笑みながらこちらを見つめる。


「まさかここでもシュークリームが食べられるなんて、思ってもみませんでした!」

「でも、ロゼリア様を無下にした王家にレシピを渡すなんて……お優しすぎます」


 その言葉に、私は慌てて手を振った。


「いえ、その、私は何も……」

「え? ご存知なかったのですか?」

「はい……シュークリームを知っているのは、ごく僅かな人だけで……」

「え? では、どうしてシュークリームが……?」

「分かりません……ですが同じようなタイミングで、王城の方が考案されたのかもしれませんね」


 同時期に、同じレシピを考案するなんて、ほぼありえないはず。

 王家は一体どこから、このレシピを?

 もちろん、本来なら私のレシピではないけれど……。

 ふぅ……もやもやが増えてしまったわ。


 でも、気にするのやめよう。

 来たくもない夜会で、せっかく仲のいい友人に会えたのだから。

 少しでも楽しもう。


 ──そういえば、ロヴァルド殿下は来ているのかしら。

 いえ、この国に留学中の殿下が来ていないはずがないわ。


 辺りを少し見回す。

 ……って、探してどうするつもりなの、私?



 しばらく友人と談笑していると、会場のざわめきが大きくなった。


 高座の方を見ると、キリギルス・エルディオール王太子殿下が入場されたようだった。

 ──少し後ろには、例の彼女を連れて。


 静まり返る会場。


「今夜は夜会にお越しいただき、感謝する。そして、私、キリギルスから重大な報告がある」


 ざわめきが、次第に広がり始める。

 それも当然だ。

 キリギルス殿下の婚約者は、周知の事実として、この私、ロゼリア・エルフォルド。


 しかし、殿下の横にいるのは別の女性。


 ピンクと白を基調とした清楚なドレスに身を包み、裾や胸元には大きく華やかなフリルがあしらわれている。

 可憐で愛らしい、まさに正統派のヒロインを思わせる佇まい。


 キリギルス殿下が心を奪われてしまうのも、仕方のないことなのかもしれない。


 それにしても──

 私は何も悪くないのに視線が痛いわ……。


「私は、このリリア・フローレンスとの婚姻を、ここに宣言する!」


 意気揚々と発表し、横にいる女性がぺこりと頭を下げる。


 ざわめきはピタリと止まり、会場は静寂に包まれた。

 そして、すぐにざわめきが戻る。


「エルフォルド家のロゼリア様と婚約していたはずでは……」

「婚約を飛ばして、いきなり婚姻だと……?」


 し、視線が痛すぎるわ……!

 ……やっぱり、家で料理でもしていた方が良かったかしら。


 こうなることは予想していたけれど、さすがに居心地が悪い。

 好奇の目に晒されているのだから、仕方のないことだけれど。

 それでも、マーリエ様とラナ様のさりげない気配りを感じ、少しだけ救われる。




 ざわめきと視線の痛さに耐えかねて、私はそっとその場を後にする。

 誰にも気づかれないように会場の片隅を抜け、静かなバルコニーへと足を進めた。


 煌びやかなシャンデリアの光と、ざわめきで熱を帯びた会場の空気から離れ、外の空気を楽しむ。


「んん……っ、風が気持ちいい……」


 ひんやりとした空気を浴びながら、月明かりに照らされた夜景を眺めると、心のもやもやが少しずつ溶けていくような気がした。


 でも……あのシュークリームのこと、そしてあの発表のこと。


 どうしてシュークリームが?

 なぜこの夜会に私を呼んだの?


 いまさら婚約破棄に何かを思う気持ちはない。

 シュークリームも偶然かも。

 頭では分かってはいるのに──


「……ロゼリア嬢?」


 声に振り向くと、その瞬間、落ち着き始めていたはずの心臓がドクンと跳ね上がる。


「ロヴァルド殿下……?」


 不意に声を掛けられ、振り向くと久しぶりのロヴァルド殿下が立っていた。

 夜会のざわめきや視線の痛さから逃れてきて、ようやく心臓も落ち着き始めていたのに。


 今度は心臓が早鐘のように打つ。


「こんなところで何を?」


 いつもの通りの低い声に少し安心してしまう。


「……意地悪ですね」


 そう言って私はクスッと笑う。


 婚約破棄されたことも、その理由も知っているのでしょう?

 そんな私がこんなところへ逃げている。

 その理由が分からないほど、この人は冷酷ではない。


 私はもう、それを知っているもの──


 殿下は微かな笑みを浮かべ、私の言葉をそのまま受け止めるように頷いた。


「……ああ」


 そう言うと、殿下は無言のまま私の右隣に立つ。

 いつも通り沈黙が続くけれど、気まずさはない。

 むしろ……心地良さを感じている自分がいる。


「あの、殿下は……」


 夜会にいらっしゃってたんですか?

 どうしてここに?

 シュークリームは食べました?

 ……この数日、来なかったのは何故ですか?


 聞きたいことが、頭の中で渦巻く。

 言葉にしようとするけれど、胸が苦しくて声にならない。


 私、こんなに……弱かったかしら。


 この数日で、嫌というほど分かってしまった。


 無愛想で冷酷な振る舞い。

 かと思えば、私を知ろうとして、自分のことも知って欲しいという。

「美味しい」の一言すら、素直に言えない。



 そんな不器用な彼のことが──



「……ロゼリア嬢」

「は、はい、何でしょうか……?」


 自覚して、少しのことでドキドキしてしまう。

 もしも、ロヴァルド殿下が私と同じ気持ちなら──


「ここは冷える。……そろそろ中へ」

「は、い……」


 そうよね、そんな都合のいいことが起こるわけない。

 この気持ちは隠さなきゃ。

 合理的な人だもの、面倒だと思われたくない。


 たとえ政略結婚だったとしても……今は、この隣を誰にも渡したくないわ──

読んでいただき、ありがとうございます!

現在コンテストにエントリー中です。

更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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