第12話|その優しさは反則です
── カチャ、とティーカップを置く音がテーブルに響く。
今日は、恒例のお茶会の日。
お気に入りの淡い花模様のティーカップに紅茶を注ぎ、今回は私の手作りの茶菓子をお皿に並べて、ひと時を楽しむ。
「こちらのシュークリームというお菓子は初めて頂きましたが、とても美味しいです!」
「ふわふわの生地の中にクリームが入っていて……甘くてとろけそうです」
二人はとても美味しそうに食べてくれている。
カリストル伯爵家のマーリエ様、ドランジ伯爵家のラナ様。
大事な友人で、気の置けないお茶会仲間。
そんな二人に、初めて私の手作りでおもてなしをする。
今日はこの日の為に作ったシュークリーム。
ふんわりしたシュー生地に、カスタードクリームをたっぷり詰めた自信作。
……一度目の焼きは失敗してしまったのは内緒。
「ふふ、ありがとう。私の手作りで申し訳ないのですけれど」
「ロゼリア様が!?」
「お作りに!?」
令嬢が手作りを振る舞うなんて、常識外のこと。二人が驚くのも無理はない。
「ええ、最近ちょっと目覚めてしまいまして……」
おほほ、と誤魔化すように笑う。
前世の話を漏らすわけにはいかないもの。
「そういえば、ロゼリア様が婚約を破棄されたとお聞きしまして……」
小さく呟くようにマーリエ様が言う。
ラナ様の様子も見るに、多分この話は広まっているらしい。
王族の婚約破棄だもの、当然のことよね。
私は深く息を吸い込むみ、二人に向き直す。
「ええ……お恥ずかしい話なのですけれど」
「そんなこと! ロゼリア様は幼い頃からキリギルス殿下の為に、あんなに勉強なさっていたではないですか!」
「そうですよ! それをあんな……私、許せません」
「婚約破棄」なんて、誰でも好奇心が動いても無理はないのに。
二人は自分のことのように憤ってくれている。
婚約者には恵まれなかったけれど、私の周りは優しい人が沢山いる。
それがとても嬉しい。
……ロヴァルド殿下は?
あの方に酷いことなどされていないし、むしろ──
って、私ったらこんな時に何を考えているの!?
ふと心に浮かんだことを払拭するかのように、頭をふるふると小さく揺らす。
なんだ頬が熱いわ……。
そんな私の様子を見た二人は、心配そうに声を掛けてくる。
「ロゼリア様……?」
「大丈夫ですか……?」
「すみません、大丈夫です。婚約のことも、吹っ切れていますので」
後悔や悲しみと勘違いされても困るもの。
はっきりと伝えておかなくては。
「そんな時期に王城から夜会の招待なんて……ロゼリア様の気持ちを考えると気が重いですわ……」
「私達の大事なご友人であるロゼリア様のことを思うと……殿下のことを、少し恨めしい目で見てしまいそうです」
婚約破棄当日のアメリーを思い出す。
彼女は拳を上げて怒っていたけれど……。
二人はさすが令嬢なのか、拳までは作っていない。
スカートを握り締めてはいるけれど。
「そんなこと、仰らないでくださいな。私はもう、何とも思っておりませんから」
「ロゼリア様はお優しすぎますよ!」
「それにしても……つい先日も夜会があったばかりなのに、何かあるのでしょうか?」
「それは──」
言いかけて言葉を飲み込むと、二人の視線が私に向けられる。
おおよその検討はついている。
多分── 例の彼女との婚約のお披露目。
「──それは分かりませんけれども……。何か告知するような事があるのかもしれませんね」
婚約破棄の場に居た彼女のことを、誰彼構わず洩らす訳にはいかない。
けれど、この程度なら許されるでしょう。
私はそう言うと、冷めてしまった紅茶を飲む。
二人も私の気持ちを察して、そっとカップに手を伸ばす。
「そういえばですね! この間──」
マーリエ様の言葉を皮切りに、重苦しくなってしまった場に和やかな雰囲気が戻る。
いつも通りの笑い声や軽やかな会話が、柔らかく広がっていく。
こうして気の置けない友人たちと過ごせるのは、やっぱり楽しい。
そんなことを考えながら、紅茶を一口。
とはいえ、夜会は憂鬱だわ。
……はぁ。
お茶会を終えて、自分のキッチンへと足を運ぶ。
今日はシュークリームを作ったとはいえ、何だか料理を作る気になれない。
テーブルに座り、頬杖をつく。
「……夜会、行きたくないなぁ」
ぽつり、と口から零れた。
行かない、なんてことは出来ないのだけれど。
ゲームの通りなら、婚約破棄からの断罪イベント──
けれど私の知っているゲームの流れとは少し違っている。
婚約はもう破棄してしまっているのだから。
だとすると、断罪ではなくヒロインとヒーローの婚約発表かしら。
「うぅ、気が重いわ……」
テーブルに突っ伏し、重いため息をつく。
「何がだ?」
声のした方へ視線を向けると、そこにはロヴァルド殿下が立っていた。
…………!
いつの間に?
いえ、いつから!?
慌てて椅子から立ち上がり、いつものように挨拶をする。
「ご機嫌よう、ロヴァルド殿下。だらしないところをお見せして、申し訳ありません」
音もなく部屋に入ってくるなんて、暗殺者なの?
もう、いつもタイミングが悪いわ……。
「王城の夜会のことだろうか」
「あ、いえ、その……」
「無理もないだろう。行かない選択もありだとは思うが──」
察されてしまっている……。
でも──
今は私の気持ちよりも、家のことの方が大事。
これ以上、父に心配を掛けるわけにもいかないわ。
「いいえ。私は胸を張って参加するだけですから」
ロヴァルド殿下が、一瞬だけ驚いた顔をした。
けれどすぐにいつもの表情に戻り、少し考え込んでから口を開いた。
「……私の婚約者となれば、正々堂々と行けるのではないか?」
「え……」
「向こうも無下には出来まい」
……確かにそうかもしれない。
心が揺らいでしまいそう。
それは婚約を通すための言葉ではない。
ロヴァルド殿下の、純粋な優しさからの提案。
まだ数日、ほんの数時間しか顔を合わせていないけれど。
それくらいのことは、私にだって分かる。
──それでも。
「──いいえ。私の外聞のために、ロヴァルド殿下の好意を利用するわけにはまいりません」
「……そうか」
ロヴァルド殿下は少しだけ目を細めて、それ以上何も言わなかった。
ここで縋れたら、どんなに楽だっただろう。
けれど、私はそれが出来ない。
──これは、私が向き合うべきことなのだから
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