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婚約破棄された公爵令嬢は、厨房で静かに生きていくつもりだったのに  作者: 京野きょう


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12/21

第12話|その優しさは反則です

 ── カチャ、とティーカップを置く音がテーブルに響く。


 今日は、恒例のお茶会の日。

 お気に入りの淡い花模様のティーカップに紅茶を注ぎ、今回は私の手作りの茶菓子をお皿に並べて、ひと時を楽しむ。


「こちらのシュークリームというお菓子は初めて頂きましたが、とても美味しいです!」

「ふわふわの生地の中にクリームが入っていて……甘くてとろけそうです」


 二人はとても美味しそうに食べてくれている。

 カリストル伯爵家のマーリエ様、ドランジ伯爵家のラナ様。

 大事な友人で、気の置けないお茶会仲間。


 そんな二人に、初めて私の手作りでおもてなしをする。

 今日はこの日の為に作ったシュークリーム。

 ふんわりしたシュー生地に、カスタードクリームをたっぷり詰めた自信作。

 ……一度目の焼きは失敗してしまったのは内緒。


「ふふ、ありがとう。私の手作りで申し訳ないのですけれど」

「ロゼリア様が!?」

「お作りに!?」


 令嬢が手作りを振る舞うなんて、常識外のこと。二人が驚くのも無理はない。


「ええ、最近ちょっと目覚めてしまいまして……」


 おほほ、と誤魔化すように笑う。

 前世の話を漏らすわけにはいかないもの。


「そういえば、ロゼリア様が婚約を破棄されたとお聞きしまして……」


 小さく呟くようにマーリエ様が言う。

 ラナ様の様子も見るに、多分この話は広まっているらしい。

 王族の婚約破棄だもの、当然のことよね。


 私は深く息を吸い込むみ、二人に向き直す。


「ええ……お恥ずかしい話なのですけれど」

「そんなこと! ロゼリア様は幼い頃からキリギルス殿下の為に、あんなに勉強なさっていたではないですか!」

「そうですよ! それをあんな……私、許せません」


「婚約破棄」なんて、誰でも好奇心が動いても無理はないのに。

 二人は自分のことのように憤ってくれている。

 婚約者には恵まれなかったけれど、私の周りは優しい人が沢山いる。

 それがとても嬉しい。


 ……ロヴァルド殿下は?


 あの方に酷いことなどされていないし、むしろ──


 って、私ったらこんな時に何を考えているの!?


 ふと心に浮かんだことを払拭するかのように、頭をふるふると小さく揺らす。

 なんだ頬が熱いわ……。


 そんな私の様子を見た二人は、心配そうに声を掛けてくる。


「ロゼリア様……?」

「大丈夫ですか……?」

「すみません、大丈夫です。婚約のことも、吹っ切れていますので」


 後悔や悲しみと勘違いされても困るもの。

 はっきりと伝えておかなくては。


「そんな時期に王城から夜会の招待なんて……ロゼリア様の気持ちを考えると気が重いですわ……」

「私達の大事なご友人であるロゼリア様のことを思うと……殿下のことを、少し恨めしい目で見てしまいそうです」


 婚約破棄当日のアメリーを思い出す。

 彼女は拳を上げて怒っていたけれど……。

 二人はさすが令嬢なのか、拳までは作っていない。

 スカートを握り締めてはいるけれど。


「そんなこと、仰らないでくださいな。私はもう、何とも思っておりませんから」

「ロゼリア様はお優しすぎますよ!」

「それにしても……つい先日も夜会があったばかりなのに、何かあるのでしょうか?」

「それは──」


 言いかけて言葉を飲み込むと、二人の視線が私に向けられる。


 おおよその検討はついている。

 多分── 例の彼女との婚約のお披露目。


「──それは分かりませんけれども……。何か告知するような事があるのかもしれませんね」


 婚約破棄の場に居た彼女のことを、誰彼構わず洩らす訳にはいかない。

 けれど、この程度なら許されるでしょう。


 私はそう言うと、冷めてしまった紅茶を飲む。

 二人も私の気持ちを察して、そっとカップに手を伸ばす。


「そういえばですね! この間──」


 マーリエ様の言葉を皮切りに、重苦しくなってしまった場に和やかな雰囲気が戻る。

 いつも通りの笑い声や軽やかな会話が、柔らかく広がっていく。


 こうして気の置けない友人たちと過ごせるのは、やっぱり楽しい。

 そんなことを考えながら、紅茶を一口。


 とはいえ、夜会は憂鬱だわ。

 ……はぁ。




 お茶会を終えて、自分のキッチンへと足を運ぶ。

 今日はシュークリームを作ったとはいえ、何だか料理を作る気になれない。


 テーブルに座り、頬杖をつく。


「……夜会、行きたくないなぁ」


 ぽつり、と口から零れた。

 行かない、なんてことは出来ないのだけれど。


 ゲームの通りなら、婚約破棄からの断罪イベント──

 けれど私の知っているゲームの流れとは少し違っている。

 婚約はもう破棄してしまっているのだから。


 だとすると、断罪ではなくヒロインとヒーローの婚約発表かしら。


「うぅ、気が重いわ……」


 テーブルに突っ伏し、重いため息をつく。


「何がだ?」


 声のした方へ視線を向けると、そこにはロヴァルド殿下が立っていた。


 …………!

 いつの間に?

 いえ、いつから!?


 慌てて椅子から立ち上がり、いつものように挨拶をする。


「ご機嫌よう、ロヴァルド殿下。だらしないところをお見せして、申し訳ありません」


 音もなく部屋に入ってくるなんて、暗殺者なの?

 もう、いつもタイミングが悪いわ……。


「王城の夜会のことだろうか」

「あ、いえ、その……」

「無理もないだろう。行かない選択もありだとは思うが──」


 察されてしまっている……。

 でも──


 今は私の気持ちよりも、家のことの方が大事。

 これ以上、父に心配を掛けるわけにもいかないわ。


「いいえ。私は胸を張って参加するだけですから」


 ロヴァルド殿下が、一瞬だけ驚いた顔をした。

 けれどすぐにいつもの表情に戻り、少し考え込んでから口を開いた。


「……私の婚約者となれば、正々堂々と行けるのではないか?」

「え……」

「向こうも無下には出来まい」


 ……確かにそうかもしれない。

 心が揺らいでしまいそう。


 それは婚約を通すための言葉ではない。

 ロヴァルド殿下の、純粋な優しさからの提案。


 まだ数日、ほんの数時間しか顔を合わせていないけれど。

 それくらいのことは、私にだって分かる。


 ──それでも。


「──いいえ。私の外聞のために、ロヴァルド殿下の好意を利用するわけにはまいりません」

「……そうか」


 ロヴァルド殿下は少しだけ目を細めて、それ以上何も言わなかった。


 ここで縋れたら、どんなに楽だっただろう。

 けれど、私はそれが出来ない。



 ──これは、私が向き合うべきことなのだから

読んでいただき、ありがとうございます!

現在コンテストにエントリー中です。

更新も頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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