29話
「なんだ?」
地鳴りがした。
当然神たちは、いつの間にか何も言わずに消えた。
ログ。
【空間安定度:低】
【敵性存在数:中】
ミレーヌが小さく息を吐く。
「……動いた」
「少なくとも、進める」
エラはカードを覗き込む。
「ねぇクロ―」
「それ、いつ使うの?」
いつって言ってもな。
俺はまだ答えられなかった。
ログが強制的に割り込んできた。
他の表示をすべて押しのける。
ログ。
【リクエスト開示:01】
【要求者:投資神】
【内容:敵性存在1体を「無力化」せよ】
【条件:殺害禁止】
一拍置いて追記。
【手段:自由】
ミレーヌは即、理解する。
「……試されてる」
「“殺さずに止めろ”ってことね」
エラは首を傾げる。
「えー?」
「殴った方が早くない?」
そりゃそうだ。
俺が一番困る。
「奴か?」
人型に近い。
明確な攻撃意志あり。
だが動きは鈍い。
空間安定が低いからか。
俺は銃身を構えるが、止める。
「……殺すな、か」
殴れば終わる。
だが、それでは条件未達。
思わずカードを見た。
《精神の種(Lv1)》
【喜怒哀楽の追放】
「感情、ねぇ……」
やっぱこれを使えってことか。
ミレーヌが何故か止める。
「待って」
「それは、戻らない可能性がある」
一瞬だけ迷う。
「……でも」
「生かしたまま止めろってんなら」
「他に手がねぇ」
左手のひらを正面にかかげる。
「喜怒哀楽――追放!」
派手な光はなし。
ただ、カードが溶けるように消えた。
魔獣の中を何かが通り過ぎたように感じた。
俺が手をかかげたと同時に攻撃態勢に入ったが
攻撃動作が途中で止まった。
表情が抜け落ちてる。
咆哮が、途中で途切れた。
次の瞬間。
武器を落とした。
周囲を見回すが、焦点が合っていない。
立ったまま、動かない。
エラが近づく。
「……ねぇ」
「こいつ、怖くないね」
魔獣は反応しない。
怒らない。
逃げない。
苦しがらない。
ただ、立っている。
ミレーヌの声が低くなる。
「……生きてはいる」
「でも」
「“人形”ね」
立ったまま動かない魔獣。
それを見ているはずなのに、
「どう処理するか」だけ考えている自分がいた。
可哀想とも、危険とも思わない。
ただ――邪魔か、邪魔じゃないか。
……。
【リクエスト01:達成】
【報酬:なし】
あれ、ポイントが増えない。
俺は眉をひそめた。
「……増えねぇのかよ」
その直後、追記。
【注記】
【本リクエストは「観測データ」を取得しました】
戦闘再開前。
俺は、ふと気づく。
魔獣は、まだそこに立っている。
倒れてもいないし、消えてもいない。
なのに――もう“敵”じゃなかった。
視線を向けても、返ってこない。
殺気も、怒りも、恐怖もない。
ただ、置物みたいに空間の一部になっている。
俺は一歩、距離を取る。
無意識だった。
近づく理由が、もう無かったからだ。
殴る必要もない。
警戒する必要もない。
構える必要すらない。
……便利だな。
そう思った瞬間、
自分の中で何かが静かに噛み合った気がした。
今まで俺は、
殴るか、撃つか、逃げるか、
常に選ばされてきた。
正しいかどうかじゃない。
生き残るかどうかだけだった。
でも今は違う。
「終わらせ方」を、選べた。
殺さない。
壊さない。
ただ、止める。
それは――
優しい選択のはずだった。
なのに、胸がざわつかない。
心臓の音が、やけに静かだ。
本当なら、
後味の悪さが残るはずだ。
生かしたまま“奪った”のだから。
だが、残っていない。
何も。
まるで、
「これでいい」と
最初から決まっていたみたいに。
俺は視線を逸らす。
それ以上考えないように。
考える必要はない。
成功した。
条件は満たした。
誰も死んでいない。
それで十分だ。
……十分なはずだ。
そう思えたこと自体が、
たぶん一番おかしい。
でも――
さっきの魔獣に対して、
何も感じていない自分。
「……あれ?」
本来なら、
嫌悪か、罪悪感か、後味の悪さがあるはず。
だが――
「何も……来ねぇ」
ミレーヌが鋭く見る。
「クロ―」
「あなた、今……」
俺は首を振る。
「気のせいだ」
なんて事はない。
問題ない――はずだ。
エラは楽しそうに言う。
「ねぇクロ―」
「それ、便利だね」
「敵、壊れないし」
「後腐れもない」
「いっぱい使えば」
「楽になりそう♡」
ミレーヌが即、遮る。
「エラ、やめなさい」
おかしい。
なんてことなく出来た。
ペナルティもない。
念じただけだ。
こんな簡単に人を…… "壊していいのか?”
イヤ、相手は敵だ。
それに、やらなければやられる。
そうさ……。
「感情を奪っただけだ」
「殺してない」
「……なのに」
「なんで」
「俺の方が、軽くなってる?」
最後のログ。
【精神の種(Lv1):成長条件達成】
【次段階:解放可能】




