12話
「なんだよ、重てぇ!」
身体が重くなる。
空間が“固定”される。
まだ転送はされない。
これまでの追放は、考える暇もなく「即転送」だった。
だが今回は違う。
呼吸しようとしても肺が遅れる。
指を動かそうとして“意識だけ先に動く”。
これ、追放というより……“処理”だな。
そういえば、あの時元の世界では徹底して追放された。
生きることも死ぬことからもだ。
でもあればあの世界の話で、この世界は違う。
となると、やっぱそうだよな。
普通に死ぬことは、当然あり得る。
なあ、なんで俺に「升」がねぇの。
頼むぜ世界さんよぉ。神には祈らねぇ。
唐突に目の前に文字が見えた。
【追放処理 開始】
【対象:追放登録者】
へ?
今までこんなの見たことなかったよな。
どういうことだ。
ミレーヌの念話が来た。
『今、言えば……』
言葉が、途中で途切れた。
なんだ?
何を言いかけたんだ。
彼女は唇を噛み、視線を逸らした。
ミレーヌは宙を見ている。
眉間に皺をよせ、重そうだ。
明らかに、何かを見ている目だ。
迷っているのか?
……今の沈黙。
たぶん、何かを選んだ。
ミレーヌは、一歩近づいた。
逃げるためじゃない。
私も、ここにいる――そう言わんばかりに。
『右。今、半歩だけ下がって』
理由は分からない。
すぐそばにいるのに念話ってなんだ?
でも、従った。
次の瞬間、
追放光が、俺のいた場所を――
何も掴めず、すり抜けた。
おっと!
おもわずたたらを踏む。
「おいおい、危ねぇ」
いや、待てよ。
ミレーヌがあの表示をみせているのか?
「なあ、見慣れない表示があるんだが? これってお前?」
「ええ、そうよ。今共有しているわ」
「なんでだ?」
表示が変わった。
これってリアルタイムなのか?
【追放処理:進行中】
【状態:不安定】
ガクッ!
脆い床を踏み抜いた感覚が広がる。
おかしいな。
崩れていない。
なのに、足元の床の空間に、細い亀裂が走った。
音はしない。
これって、世界の方なのか。
壁の模様が、生き物みたいに脈動して見える。
音が、何か一枚噛んだみたいに遠い。
――おかしいぞ、これ。
俺じゃない。
この場そのものが、普通じゃねぇ。
多分追放は「対象」だけを弾く。
なのに今は、空間ごと何か起きている。
今までなら、俺だけが消えて終わりだった。
周りは何事もなかったみたいに残る。
そういう処理だと思ってた。
なのに今回は違う。
世界のほうが、俺に異常を見せている。
何か理由がわからないことで、軋んでる。
『……ごめん』
声が、ほんの一瞬、二重に響いた。
ミレーヌは口元を押さえる。
指の隙間から、赤い雫が落ちた。
マジかよ。
「お前……今、何した?」
「……何も」
「そんなわけねぇーろ。もっと自分の体大事にしろよ」
なんだよ膝に手をついてまでして。
そんな困ったような悲しい顔すんなよ。
俺、ちょっと胸に響くぜ。
『今は……動かないで』
『……近づかない方がいい』
そう言ったのは、彼女の方だった。
でも、離れなかった。
痛々しすぎるぜ。
肩で、息をしている。
ほんとに大丈夫なのか?
その直後、彼女は小さく息を詰めた。
立っているのに、影が揺れた。
クソッ。
こんな時、俺はどうすりゃいいんだ。
目の前の女が少なくとも今は味方だ。
それが血吐きながら、俺に助言している。
どう見たって、これ無理しすぎだろ?
多分、前に言った代償なんだろうけどよ。
それにしたってなあ。
わかんねぇ。
「正直に言うね。
……怖い」
「このまま続けたら、私はたぶん戻れない。
でも、それでも」
「あなたが消えるのを見るくらいなら、
私が先に壊れた方が、まだいい」
なんだよ。
今度は肉声か。
お前、何背負いすぎてんだよ。
俺だけで十分だぜ? な。
「逃げられるなら、逃げて」
ミレーヌはそう言って、俺の横に立った。
「ちがうだろ?」
「え?」
目を見開くほど驚かれてもな。
「逃げるためじゃない。
一緒に、残るため、そうだろ?」
ああ、やっぱ使うぜ。
「ここで使わなきゃ終わる」
胸の奥が、嫌な音を立てた。
何かを――切った気がした。
【追放処理:進行中】
【状態:保留】
あれ? 今何か一瞬頭の中に浮かんだ。
思い出しかけた日本での記憶が途切れる。
誰かの声だった。
怒鳴り声じゃない。
たぶん、心配する声だ。
名前を呼ばれた気がする。
でも、その名前が思い出せない。
……ああ、これか。
戻れなくなるってのは。
全部忘れるんじゃない。
思い出そうとした瞬間だけ、消えていく。
思い出せなくなったことより、
「思い出そうとした自分」が消えるのが怖い。
次は何だ。
名前か。
顔か。
それとも――
なんだよ。
どこか、すげー大事なものだった気がする。
でも、つかめない。
ん~なんだったんだ。
しかも指先の感覚が一瞬なくなりやがった。
クソッ。
ぜんぶ神の奴等のせいだ。
◇神世界
監視魔眼から映し出される壁面の数値とログに視線が注がれていた。
口角を上げて黒い笑みを浮かべる面構えは、どう見ても悪党だ。
「いいじゃないか。ノイズも娯楽だ」
また別の一柱は眉間に皺を寄せる。
「世界ログが壊れ始めている。これは危険だ」
その険悪な雰囲気をそよ風の如く気にしない一柱は、涼しげに言う。
「まだ儲かっている。止める理由がない」
……。
しばらく沈黙が落ちた。
やがて、一柱が退屈そうに言った。
「前回は……スマートすぎたな」
別の神が、軽く指を鳴らす。
「ああ。傷が足りない」
そして、誰かが笑う。
「なら次は――数だ」
その一言で、ログの一部が確定色に変わった。
「あの“鶏”を使おう」
……。
俺の視界の文字が変わった。
【ワールドイベント予告】
【カテゴリ:討伐】
【対象:追放者】
俺は思わず、声を出した。
「……は?」
「……来たわ」
ミレーヌは小声でつぶやく。




