1話
俺は「追放される側」を選んだ。
そして世界は俺に、理不尽な追放を押し付けてきた。
銀行から追放。
コンビニから追放。
部屋から追放。
しまいには――死ぬことからも追放された。
「多分、言っている意味がわからない」
ほんの少し前の話だ。
仕事に行くギリギリの時間、アラームが鳴った。
目を開けると、視界に三択が浮かんでいた。
なんで?
視界に【追放】という文字が浮かび、
その下に三つの選択肢が並んでいた。
【されました】
【されたあとかも】
【して】
……意味が分からない。
つまり……
「追放」の後に続く言葉を選べ、ってことか?
【必ず選択してください。】
【規定時間内に選択しない場合、①を自動選択します。】
「朝からなんだ? 意味わかんねぇよ」
俺は、視界にあるおかしな存在を無視してトイレに行く。
――ふぅ。
トイレの窓から陽射しが入る。
すがすがしいなんてもんじゃねぇな。
単に、何も考えが起きない。
とりあえず着替えて出かけようとした矢先。
【規定時間を超過しました】
【規則に従い①【されました】を強制選択。実行します】
「何、言っちゃってんの?」
バカなのか? アホなのか?
それとも俺の妄想か?
……②【されたあとかも】って何だよ。
“あとかも”で済む追放があるのか?
ヤベぇな。マジで疲れてるのかも。
鍵をかけてマンションを出た。
財布が空だと気づいて、まずは銀行のATMへ立ち寄る。
いつも通りの、なんの変哲もない操作。
カードを入れても次の画面に進まない。
なんだ? 故障か?
お辞儀をする人のイラストがでかでかと表示される。
こんなの初めてだぞ。
『追放されました』
あなた様は追放されましたのでご利用できません。
ATM室内から直ちに退去しない場合、警察により拘束します。
「は? 意味わかんねぇよ」
でも、サイレンとともに、パトカーがすでに待機してる。
おいおい俺を指さすな。
いや、俺に向けてる銃口じゃない。
でも警官の顔が「仕事増えた」って顔してる。
俺が追放されるだけで、こいつらの一日まで壊れてんのかよ。
……最悪だな、この仕組み。
申し訳ねぇな、って思っちまった自分に少し腹が立った。
俺が追放されるだけで、周りの仕事まで増える。
そんな仕組みが一番ムカつく。
仕方なく出る。
警官は胡乱な目で俺を視線で追う。
いやいや、俺何もしてねぇって。
――背中が、妙にぞわついた。
どこかで誰かが、俺を“見てる”気がした。
はぁ、腹減った。コンビニに寄ろうとした。
自動ドアが開いた瞬間、店員と客が一斉に俺を見る。
「お追放いらっしゃいませ〜。またのご利用をお待ちしております!」
入店すらできない。――笑えねぇ。
仕方ねぇ、部屋に戻る。
家を出てから30分もたたない内に戻ってきたが――
俺は自分の部屋のドアを開けた瞬間、黒い覆面の男と目が合った。
誰だ? お前?
空き巣だ。
そいつは、なぜか俺に深々と頭を下げた。
「お帰りなさいませ。追放のお時間です」
次の瞬間、俺は外。
内側で鍵が回る。
……俺の部屋なのに。
ふざけんな。ムカつくのは空き巣じゃない。
“追放役”をこいつにやらせてる側だ。
警察呼ぶか。
スマホはつながるな。
「事故ですか? 事件ですか? 追放ですか?」
「……追放?」
「あの、空き巣がいて部屋から追い出されました」
「追放ですね」
ツーツー。
「切られた!?」
もう一度かける。
『現在おかけになった電話番号は、追放者はご利用になれません』
「えー!」
空き巣だけでなく警察もかよ。
こうなったら直に警察いくか。
……クソッ。今日遅刻したら今月の評価が落ちる。
いや、評価とかどうでもいい。
部屋に戻って、鍵を閉めて、布団に潜りたい。
俺はマンションを飛び出した。
急ぎ向かって道路を横断すると――
横断歩道。青だ。
――なのに、クラクション。
視界いっぱいの荷台。
なぜここに?
大型トラックにはねられた。
「グハッ」
思わずむせて吐いたのは血だ。
俺ダメかもしれない。
意識が暗転しそうになった時、またあのメッセージが現れた。
【死ぬことから追放されました】
【どれほど苦しくても死ぬことが今後できなくなります。苦痛は数倍になります】
「おい!」
……笑えねぇ。
まず痛ぇ。次に怖ぇ。
でも――俺が誰かの迷惑になるように出来てる。
この仕組みが一番ムカつく。
一瞬で目が覚めた。
確かに苦しいが、死んでいない。
何事もなかったように立ち上がると、さらにメッセージが現れる。
【おめでとうございます! 生きることからも追放されました】
【次のステップにお進みください】
「言ってる意味がわからんのだが……」
わかったのは、視界が暗転したことだ。
遠くで声が聞こえる。
「倍率、上がったぞ」
「世界追放、最短だ」
「次の賭け金、乗せるか?」
何だ誰だ。
――誰かが、俺を“面白がってる”。
意識が遠のく。
……
「起きてください」
「そこのあなた。……起きてください」
「ここは?」
真っ白い部屋だ。
声だけ聞こえる。
「あなたは世界から追放されました。追放ポイント1万ポイントゲットです」
「意味がわかんねぇんだけど」
「これからは、追放されるたびに“加算”されます。
世界から追放された場合はさらに大量ゲットチャンスです」
「それではご武運を」
「え? それだけ? もっとこう――」
今度は紫色の粒子に包まれて、
まばゆい光が視界を埋めた。
「ちくしょーなんだってんだよ」
ゴツン。
石の床に叩きつけられて目が覚める。
大理石の冷たい床。魔法陣。甲冑の衛兵。
正面の玉座には王らしき人。
俺は立ち上がろうとすると、衛兵に両腕をつかまれる。
突然、手のひらを掴まれた。
目の前のローブの魔法使いっぽい奴が俺を見て言う。
「おや? 紋章がないですね?」
「あなたたちにも見えないですか?」
「はい」
「では追放しましょう」
「え? またかよ」
「今何か言いました?」
「俺が何したっていうんだよ」
「はい。紋章を持っていなかった。それだけで十分です」
「あの魔法陣が動いている内に放り込んでください」
……はっ。
ここまで来て、ようやく分かった。
俺は「何かをした」から追放されたんじゃない。
最初から、追放される側に決まってた。
……ふざけんな。
こんなもんに巻き込んだドアホ、絶対に許さねぇ。
帰りたい。
追放されない世界って、どこにあるんだよ。
あるなら――俺はそこに逃げる。
バシッ!
バシッ、バシッ!
平手打ちを三度食らった。
「……来いよ、追放」
悔しいのか、怒りなのか、わけがわからないのか。
ごちゃまぜになったうっぷんがどうにもならない。
俺は突き落とされるようにして魔法陣に包まれた。
再び戻ったと知ったのは、あの脳内アナウンスだ。
「最短記録です! おめでとうございます。あなたは世界から追放されました。
追放ポイント1万ポイントゲットです。
これで累計2万ポイント。その調子で頑張ってください」
視界に数字が浮かんだ。
【追放ポイント:20,000】
意味はわからない。
だが一つだけ確信できる。
――俺は、どの世界にも居場所がない。
……いや。正確にはまだ分からない。
居場所が“ない”のか、最初から“探させられている”のか。
少なくとも、このまま追放され続けるのは御免だ。
……なら探すしかない。
追放されない世界を。
ふと、どうでもいい想像が頭をよぎった。
追い立てられず、誰にも見られず、腹いっぱい飯を食っていい場所。
安いパンでもいい。脂っこいソーセージでもいい。
皿を気にせず、視線を気にせず、
「追放」の文字が浮かばない世界。
誰も俺を数えず、俺も誰かを困らせない。
――そんな路地の片隅で、ただ生きてるだけの世界。
……馬鹿だな。そんなもん、あるわけない。
でももし、そんな場所が本当にあるなら。
そこではきっと、誰かに見張られることもなく、
理由も分からない役目も押し付けられない。
名前だの立場だの、よく分からない理屈とは無縁で、
ただ飯を食って、文句を言って、それで一日が終わる。
……一瞬だけ、そこに行きたいと思ってしまった。
真っ白い部屋――あの女。
あいつだけ、なぜか場違いに見えた。
追い出す側でもなく、説明する側でもなく、命令するでもない。
ただ――俺じゃなく、“俺の後ろ”を見てるみたいだった。
まるで、そこに“誰か”がいるみたいに。
……理由は分からない。
でも引っかかった。
このまま追放され続けるのは御免だ。
――追放されない世界を探すしかない。
その瞬間、また光が俺を包んだ。




