第四話 何万年も昔から ──side ゼルフィウス──
「本当、素直じゃないですよねー」
エレノアが送り返されたのを見届け、部屋の角でに立つ男──サバルバが口元をニヤつかせながら言った。
「……何が言いたい」
ゼルフィウスが冷ややかな視線を向けたが、サバルバは肩をすくめただけだった。
「好きだって言って、説明してやればいいじゃないですか」
「……別に好きではない」
「いやいや、こんなにも景色荒れさせといて、何言ってんですか」
サバルバはため息を吐きながら窓の外を指差した。
エレノアが消えるとともに、部屋は執務机以外は何もない、ただの真っ白な空間に変わっていた。
唯一残ったカーテンもないガラス窓の外は、薔薇の庭園に風が吹き荒れている。
真っ黒な空からは雨が降り始め、今では土砂降りになっていた。
「魂の投影が部屋になるかわりに、窓の外は冥王様の心そのものが映るんですから。そんな誤魔化さなくたって、私にはバレバレじゃないですか」
「黙れ」
ゼルフィウスは不機嫌そうに次に来る魂の資料を眺め始めた。
だがサバルバが口を閉じる気配はない。
「何で教えてあげないんですか? 愛してるって」
黙々と書類を捲っていた手が、はたと止まる。
ゼルフィウスの瞳が仄暗く陰った。
サバルバの言う通り、ゼルフィウスはエレノアの魂が作り出された時から、眩い光を放つ彼女の魂そのものを愛している。
それは、エレノアがエレノアとして生まれるよりもずっと前から──彼女が別の人生を終え、生まれ変わり、そしてまた別の人生を終え、生まれ変わり──何度も何度も魂の再生をくり返す彼女を、ゼルフィウスはずっと見守っていた。
ただ、その輝きを見守っているだけで良かった。
「何度再生を繰り返しても、魂の輝きは変質しないなんて珍しいね」
そう言って、弟エクトゥワが気まぐれに加護を与えた。
それが、ゼルフィウスがずっと見守っていた魂──今のエレノアだった。
死んだ魂は、神々をはっきりと認識できない。
交わした言葉は朧げになり、概念的になってしまうのだ。
今までも、エレノアの魂は、それぞれの人生の死後に何度もゼルフィウスの前に現れ、冥界を通過しては生まれ変わるというのを繰り返してきた。
だがその会話ははっきりとした言葉ではなく、彼女の魂がゼルフィウスを認識したことは一度もなかった。
今回エレノアがゼルフィウスを認識し、明確に言葉を交わすことができたのは、魂に弟エクトゥワの加護が刻まれていたのが原因だった。
「初めてしっかり会話が成立して、びっくりしましたよね。私なら絶対言っちゃいますね、ずっと君を見てきた! 愛してる! って」
1人で盛り上がるサバルバに、ゼルフィウスは嘆息した。
「……言って何になるというんだ」
「そりゃあ彼女も、片思いだと思い続けてるより、両思いだってわかった方がいいじゃないですか」
「そんなことを伝えても、私は彼女に何もしてやれない。共にいられないのに、彼女に私の気持ちを打ち明ける必要はない」
「本当は一緒にいたいくせに」
「私は彼女に死んでほしい訳じゃない。……生きて輝いていてほしいだけだ」
「でも、あんな言い方して帰さなくても良かったんじゃないですか? 自分でも後悔して大雨降らせてるじゃないですか」
「ああでも言わなければ、何度でも死のうとするだろう。それに……寿命前にここに留まり続ければ、加護が私の力と反発しあって、彼女の魂が壊れてしまう」
表情を変えずに淡々と説明するゼルフィウスを見て、サバルバは意地悪く目を細めた。
「私なら、壊してずっと一緒にいますけどねぇ」
「……そろそろ黙れ」
部屋がみし……と軋む音がして、サバルバは笑みを深めた。
「はいはーい。失礼しました。では、次の方どうぞ」
サバルバの声かけで、新たな客人の訪れと共に、部屋が様相を変える。
だが、窓の外の土砂降りは、まだ止みそうになかった。




