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タイムスリップ北海道  作者: いばらき良好
第一部 時空転移
8/30

5の1 ご退院

 二月二十二日の朝八時に原田は道庁へ出勤した。転移から三日目である。

 昨晩は自宅に帰り、たった四時間ほどだったが、疲れもあってぐっすりと眠れた。知事は判断を誤らないためにも体調管理が大切だ。ピンチな時ほど、明るく元気に頑張るしかない。

 知事室秘書課の皆と温かい緑茶で談笑していると、総務部長が現れた。

「失礼します。知事、お早うございます」

「お早うございます。昨日の件は、どうでしたか」

「はい、札幌国税局との調整はOKです。国際室長の人選は、外務官僚の千葉譲二氏、四十八歳で如何でしょうか。北海道に出張中でした」

「そうですか。部長を信頼して千葉氏に決めましょう。副知事級でお迎え下さい」

「はい、判りました。失礼します」

 仕事熱心な総務部長は、元気に出て行った。


 原田もまたフットワーク軽く、二階フロアにある知事室国際課の面々に話に行った。

「お早うございます。このたび知事室国際課は国際室となりますが、室長には副知事級で千葉譲二氏をお迎えします。言わば道庁の外務省です。皆さんも今まで通り、頑張って下さいね。じゃあ、よろしく」

 挨拶の後は皆、千葉って誰と、ささやいていた。


 さて、原田は三階に戻り、総合政策部長を訪ねる。

「お早う。昨日の件どうでしたか」

「はい、お早うございます。ちょっとお時間を」

 あわてて部長は、椅子から立って頭を下げ、電話で人を呼んだ。すぐに総合政策部の職員二名が部長室に入って来た。資料の束を持っていて、その職員は説明を始めた。

「知事、まず歴史資料です。次に、満洲から原油を得る方法ですが、この時代の関東軍の支援が必要だと考えます。政治的問題なので私たちには如何にも出来ません。米国からの原油輸入については旧世界日本の財閥系企業を利用しましょう。でもしかし『対日石油禁輸』までの短い付き合いになるかも知れません」

 優秀な課長とその部下であろう。原田は真面目に応えた。

「総合政策部長、関東軍の件は知事の自分が預かります。石油の件は重要ですので、一刻も早く調達計画を進めて下さい。よろしく」


 今度はエレベーターで八階フロアに経済部長を訪ねた。経済部長には、生活必需品の輸入とハイテク製品の生産を検討してもらっている。

「お早うございます。調子はどう」

「知事、お早うございます。な、なにぶん町はパニックでして、品物の欠品も多くて、優先順位もままなりません。あと、ハイテク製品ですが、残念ながら道内に大手メーカーはありませんが、技術自体は大学にありますし、組み立ては町工場で出来ますので、早急に調整を進めます」

 経済は、混乱の極みであるようだ。まず人、モノ、金を用意しなければならない。

「来年度の四月からは国税が入って来ます。二月末と三月いっぱいは、問題解決を最優先として、頑張って下さい。じゃあ、頼みます」


 エレベーターで三階知事室に戻る。ちなみに知事室は三階、二階、一階にそれぞれ各課があるが、メインは三階だ。危機管理監室も副知事室も三階にある。

 一般の公務員は八時半から五時半が定時。これも知事たちには関係ない。

 こんな時、北さんが居たら完璧にスケジュールを調整してくれただろう。今は秩父宮様の所にいるので、誰かと代わって戻って来て貰いたいものだ。


 知事室に戻ると、相川修治副知事が知事室に来ていた。財界の調整を任せている。

「北洋銀行頭取の高坂宏和氏と話しが出来ました。北海道電力社長の西山秀治氏は何かの要望をしに来たいそうです。知事のお時間を下さい」

 北洋銀行は北海道から北陸に広がる店舗を持ち、北海道銀行を傘下に経営統合している最大の地銀である。

「十時でも十一時でもいいから、セッティングして欲しい。頼みます」

「はい。それから銀行の金庫が空なので、現金を増刷して欲しいそうです。道債の購入は持ち直してからだと、高坂頭取にやんわり断られました」

 あの高坂氏の前では、相川副知事も子供扱いだ。

「承知しました」

 原田はすぐに電話を取る。

「総務部長ですか、知事の原田です。日銀札幌支店と造幣局について設立の準備を進めて下さい。市中の現金が足りませんから、早急にお金を刷って下さい。よろしくお願いします」

 北海道庁が財務省(旧大蔵省)の肩代わりをしなければならない。

「相川さん、今、頼みましたから。じゃあ北電さんは十時頃で頼みます」

「解りました」

 了解し、戻って行った。


 原田は一息つこうと屋上に上がった。ほんの二、三分、一人になりたい時はここに来る。 さすがに二月は冷える。たった三日前は「九月」でとても良い陽気であったが。

 携帯が鳴った。

「お忙しいところ済みません。副知事の片桐一郎です。議会の自民五四、民主二六、結志会九、公明八、共産二、維新一の計一〇〇名中、まず自民五四名には協力をもらいました。知事の独断だとの批難もありましたが、今は非常事態であり、議会で説明すると言って納得してもらいました」

「それで良いです。有難う」

 寒いので室内に入った。


 電話を切って、三階知事室に戻る途中、副知事室にもちょっと顔を出す。

 塩沢文彦副知事は電話中であったが、ちょうど終わったようだ。

「やあ、ご苦労さんです」

「知事、青森県北部の時空転移地域ですが、津軽半島と下北半島、野辺地町、平内町なども、北海道との協同を決めかねているようです」

「一九三六年の大日本帝国か、二〇二六年の北海道か、どちらに付くか決めてほしい。住民投票を実施すれば、軍国日本に入りたい理由など無いだろう」

「もちろんそうですが、人間というものは長年の土地習慣を変えられないものです」

 それならば現代生活を捨てられるのかと、逆に問いたい。

「塩沢副知事の言うことも一理あるが、大湊には海上自衛隊もあるし、東通原発や大間原発、六ケ所村も見放すことは出来ないよ」

「解かりました」


 知事室に戻ると北海道電力社長の西山秀治氏が来ていた。

「原田知事、約束より早く来てしまいました」

「所用で部屋を留守にしました。済みません」

 二人は握手して、黒革の応接ソファーに座った。

「今、我々は原油高で苦しいのですが、知事の会見であった電力料金補助とはどのようなものですか」

 記者会見発表は原田の勇み足であった。関係各所に説明が足りていない。

「詳細はまだですが、電力使用料の二割補助を考えております。具体的には道庁から北電さんへ、年間三〇〇億円くらいの支援となるでしょう」

 西山社長の顔はパッと明るくなった。原油ストップと資金難で大ピンチであるが、何とか持ち越せる可能性が見えたのであろう。

「我々は、原子力と石炭火力で安定電力を供給し、市民の生活を守ります」

 そう言って西山社長は胸を張った。それが電気屋の誇りであろう。

「冬場の停電だけは困ります。ひとつよろしくお願いします」

 強く握手をした。


 西山社長が退出するのを見送って、原田は一息ついた。

 あまりの忙しさから、北さんに戻って来て欲しいと思い、秩父宮様附きの北さんへ電話を掛けた。

「あっ、原田です。北さんですか。殿下のご加減は如何でしょうか」

「はい、先生。殿下はお咳も治まりまして、本日ご退院なされます。なにぶんにも病院は人が多くて、警備が大変なようです」

 二晩でご回復とは順調なようだ。混乱の時期なので警備は大変そうである。

「宿を確保して下さい。兵五〇名と同じに札幌グランドホテルが良いでしょう」

「解りました。すぐに調整します。今日は奥様も来ておいでです」

「勢津子妃殿下ですね」

「え、ええ。それに由紀様です」

 妻の由紀は、昨日に続いて今日も案内役をしているようだ。今朝の様子では、そんな素振りは無かったが。

「由紀もですか。他には、誰が居るのですか」

「宮様、勢津子様、本間少将、双葉中尉、九条侍女、九条姫、山根三佐、由紀様、それに私の九名です」

「ご退院は何時ですか。公用車で自分も行きます」

「病院昼休憩の一時にしましょう。こちらはこちらでミニバンを用意します」

「了解した。送迎後の事だが、こっちへ戻って来てくれ北さん。忙しくてたまらん」

 スケジュール管理や雑多な苦情の防波堤が欲しい。北さんが居ないと戦略業務に集中できない。

「では、山根三佐に現代のお附き武官になってもらいましょう。先生から海自さんへ頼んで下さい」

「山根三佐の本名は何でしたっけ。あまりに忙しくて失念した」

「山根忠雄海自三佐です。宜しくお願いします」

「分かった。じゃあ、一時に」

 原田は電話を切って、防災対策総合本部のあるテレビ会議室へ向かった。


 椅子にもたれて石田危機管理監は休んでいる様子だった。

「あっ、知事。全道の津波は一メートルですが、一度ザアーッと来ただけでしたから被害は軽微です。工場や民家の床下浸水は苫小牧市が一番でした」

「ご苦労様です。それで行方不明者は何名でしたか」

「残念ですが一〇名前後です」

「そうですか」

 原田はため息をついた。ここで北海道と青森県北部以外は消えた事実を思い出した。

「世界とともに現代日本人の一億人が消えてしまったのですから、一〇名は少ないと思いましょう。もちろん、一人ひとりの命は十分に重いのですが」

「はい、責任の取りようがありません」

「ところで、海上自衛隊の山根忠雄三佐に秩父宮殿下のお附き武官になってもらいたいが、調整を頼みたい。今、札幌の病院で殿下と一緒にいるのだ」

「山根忠雄三佐ですね。解りました」

 石田は海上自衛隊の将校と話し合って戻って来た。

「海自さんには了解をもらいました。追って命令が行きます」

 立場は人を造ると言うが、防衛大臣のようになって来た。五十歳の石田である。

「有難う。何かあったら連絡を下さい」

 この会議室も最初の混乱から、段々に整理されて来ていた。

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