19の1 日英仏講和
英艦隊は被害甚大のため、目的地を日本軍が上陸した豪北部ダーウィンから豪西岸パースに変更した。南下の途中で第一艦隊と第二艦隊が合流し、戦艦七、巡洋艦七、駆逐艦三〇の陣容となった。
英戦艦が約二〇ノットで南下する一方、それを追い掛けるのは、小沢司令長官率いる戦艦(大和/長門/陸奥)、航空重巡四、雷装軽巡五、駆逐艦一一の主力艦隊で、三〇ノットの速力であった。
約一〇ノットも優勢だが、追い付くにはまだ二日程の距離がある。
戦艦「大和」は、機動艦隊の空母からの航空支援を得られていた。日中は上空に「疾風」二〇機が直掩飛行している。
翌十二月二十六日の明け方に行われた「流星」によるASM1とASM2の空対艦誘導弾攻撃では、英戦艦七隻の煙突付近に命中、巡洋艦三隻と駆逐艦二〇隻を撃沈した。
「英戦艦七隻が小破、減速して一〇ノット。残る巡洋艦は四、駆逐艦は一〇であります」
通信参謀が空軍の戦果を読み上げた。
「これで敵が二一艦、我ら二三艦で五分五分となりました」
橋本参謀長が安堵の言葉を継ぐ。
ここ数日の戦闘で、敵の戦艦が一一から七隻に、空母が四から〇隻にまで減じた。勝てる見込みがついたので、ほっと一安心したのであろう。
「油断するな。主砲は敵五六門、我が方二五門でしかない」
小沢司令長官は楽観しなかった。
そこに「小笠原沖にて仏艦隊壊滅」との無線が入った。
「日本本土奇襲のフランス艦隊は駆逐艦五隻にまで減じ、ミュズリエ少将は降伏しました」
度重なる明るいニュースに「大和」の艦橋内にわっと活気がみなぎった。
日本本土が無事と判り、小沢司令長官も思わずつぶやいた。
「これでこっちの戦に集中出来るぞ」
「大和」は世界最強の戦艦だ。イギリス戦艦は七隻もあるが、決戦を挑むには丁度良いではないか。小沢司令長官は、命懸けで本物の武士道を目指していた。
それは合理主義とは矛盾している。戦は圧倒的に有利な状況を創って、勝利をもぎ取るのが正しいのである。
しかし、見渡す限りの青い大海原。天気もいい。英艦隊を追い掛けていることが、英雄心に作用した。
急にレーダー室から艦橋に放送が入った。通常は伝令が走ってくるのが慣例だが。
「緊急、緊急、レーダーに感あり。敵機多数、およそ一〇〇機。距離六〇キロ」
小沢司令長官の背筋が凍った。小沢は空母運用の第一人者で、もともと航空派であった。ゆえにその威力も知っている。
「時速五〇〇キロなら、あと七分で来るぞ。対空戦闘用意。直掩の『疾風』は艦隊上空から離れて迎撃に当たってくれ」
狭い艦橋内がバタバタして、ぶつかる者も出た。
「慌てるな。まずは宮里(秀徳大佐)艦長、『大和』を頼む。通信参謀、機動艦隊に救援を要請。大畠空軍連絡参謀に聞くが、敵は大陸から飛んで来たのですね」
小沢司令長官の一喝で静かになった。もともと穏やかな小沢には珍しいことだ。冷静さを保っているので、空軍の参謀には丁寧な言葉を使う。
「はい、大陸から海面すれすれを飛んで来たのでしょう」
「そうか。それで機種は判りますか」
大畠空軍連絡参謀は短い間だが、考えていた。
「判りません。イギリス本土はドイツとの空中戦で大変です。遠いオーストラリアまで運ぶには空母ですが、旧型のソードフィッシュ艦上攻撃機から、最新型のマスタング戦闘機まで、機種の予想は付きません」
「ソードフィッシュは時速二〇〇キロ程度でしょう。マスタングについては、爆装も出来るのでしょうか」
「はい、北海道情報では、九〇〇キロまで爆装出来るようです」
なんとも凄い。単発の戦闘機で九〇〇キロも運べるのか。小沢司令長官が聞いたところでは、液冷のマーリンエンジンは一四九〇馬力ながら、瞬間最大二二〇〇馬力、最高速度は七八四キロも出るそうだ。アメリカは凄いものをイギリスに売ってしまったな。
「敵機、来ました。高度二〇〇〇、距離一万メートル」
上空見張りが叫ぶ。
「主砲全門、三式焼散弾、用意」
宮里艦長が命令を下す。
「全員、爆風に注意、退避せよ」
戦艦「大和」の主砲射撃では、爆風で人が飛び、首が千切れてしまう。そのために艦内に退避するのだ。
「大和」の主砲九門が左舷を向き、微妙な誤差を付けて散布界を広げた。
「主砲全門、撃てっ」
宮里艦長の声をかき消す程の凄まじい砲声が轟き、小沢司令長官の腹にもズシンと重く響いて来た。
三式焼散弾は空中で爆発する花火玉で、焼夷弾子を九〇〇〇個以上ばら撒く。その一つ一つは、直径二五ミリ×長さ七〇ミリの鋼管で、パイプ内に硝酸バリウムやゴム等が詰まっている。
「大当たり、約半数を撃墜」
上空見張りの報告に、大きな歓声が上がった。
敵機の約五〇機は、数百メートルにも開いた火球に呑み込まれて羽根を砕き、墜落した。
「疾風」は上空から残存機を襲う。状況を伝える無線が入った。
「敵はスピットファイアおよびマスタング、機体下面に大型爆弾を搭載」
「疾風」二〇機は「大和」の上空に入るなとの命令通り、艦隊外縁にあって、傷ついた敵の戦闘機を一機また一機と屠っている様子。これでスピットファイアは全滅した。
難を逃れたマスタングは散開して、一番目立つのであろう戦艦「大和」に向かって来た。
対する宮里艦長は命じた。
「対空ミサイルSAM全弾発射」
本来ロケット兵器に対して使うべきSAMだが、今回はマスタング戦闘機を狙った。八連装×二基で一六発のミサイルが、次々に撃ち上がってゆく。
全弾命中で、一六機撃墜。その間にも「大和」のCIWSが作動して、二〇ミリ弾の連射で、さらに三機を撃墜した。
それでも一二機のマスタング戦闘機が、時速六〇〇キロの高速で艦隊に急降下し、九〇〇キロ爆弾を落として行った。
「爆撃回避、取り舵いっぱーい」
宮里艦長が命令し、「大和」は最大戦速三〇ノットで、ぐっと左に回頭した。まもなく元居た付近に水柱が高く上がった。
そこにリアルタイムで通信が入る。
「戦艦『長門』と『陸奥』が被弾、中破および火災発生」
北海道のソフト技術は、デジタル暗号無線にも応用されて役立っている。しかし戦うのは人間だ。敵機が上空に達した今となっては、小沢司令官は各艦長を信頼して任せるしかなかった。
「敵さんも、やってくれたな。これで爆撃は終わりであろう。後は返り討ちにしてくれる」
マスタングの群れに、対空火器が集中した。
中でも「大和」搭載のCⅠWS四基は、レーダー射撃で命中率が高かった。
他に長八センチ連装高角砲六基一二門、ボフォース四〇ミリ四連装機銃一二基四八門、エリコン二〇ミリ単装機銃四八挺が火を吹いていた。
他艦からも多数の銃砲弾が、ミシン縫いのように空へと火花を上げていた。
熟練の「疾風」飛行士が、スピットファイアと初参戦のマスタングに挑んだ豪州西沖空戦では、圧倒的に日本が勝利した。
しかし、戦艦「長門」と「陸奥」は中破して戦線を離脱。
他には航空重巡「最上」「三隅」が大破、「鈴谷」と「熊野」が至近弾で小破となった。どうも水偵一一機を積む航空重巡も狙われたらしい。
「阿部弘毅中将に下命、被害艦六隻に対潜護衛として駆逐艦五隻を付けるので、シンガポールまで退避せよ」
小沢司令長官は、被害艦隊司令官に阿部中将を選んだ。
これで小沢司令長官直率の主力艦隊は、三一・九ノットの超弩級戦艦「大和」、三三・六ノットの雷装軽巡(球磨/多摩/北上/大井/木曽)五隻、三五ノットの陽炎型駆逐艦(陽炎/不知火/黒潮/初風/雪風)五隻、三九ノットの最速駆逐艦「島風」で、全一二艦となってしまった。
「小沢司令長官、ここは山口司令官の機動艦隊に任せて、我々も下がりましょう。三川司令官の第二艦隊には無傷の戦艦(扶桑/山城/伊勢/日向)が四艦あります。一緒に合流して戦うべきです」
橋本参謀長が進言した。
ここは難しい選択だ。航空攻撃で英艦隊は屠れるであろう。しかし、豪州の英空軍にとっても日本の空母は良い標的となる。
さらに主力艦隊が第二艦隊と合流するのを待ったとすると、時間的に英艦隊は西オーストラリア州のパースに入港してしまう。それでは日本の豪州軍がパースを攻略するときに、英戦艦の三八・一センチ砲が、浮き砲台として最大の脅威となる。
だから洋上決戦を今日明日中に行って、勝たねばならない。
「英艦隊のパース入港を阻止する。主力艦隊は全速前進して決戦を挑む。機動艦隊は大陸と適度に距離を取りながら、英艦隊を航空攻撃せよ。第二艦隊は最後まで戦い抜いて、我らの骨を拾ってくれ」
小沢司令長官は「大和」艦長の宮里秀徳大佐を見て頷く。
宮里艦長は「大和」艦内に号令を発した。
「最大戦速、三一・九ノット」
真昼の太陽が北天に輝く南半球。日光を背に受けて走る主力艦隊。旗艦「大和」は猛烈に波を上げて、高速でひた走る。
「レーダーに感あり。英艦隊だと思われます」
まもなく英艦隊を捉えた。
「なぜこんな近くに。早くないか」
小沢司令長官にも疑念が湧いた。
「敵戦艦はすべてミサイルで煙突を破壊されました。そこで機関停止して、煙路を修理しているのでしょう」
橋本参謀長が答えた。なるほど、そういうことか。
「まずは国際無線で降伏する意思があるかどうか、聞いてみよ」
「はい」
通信参謀は、無線室に飛んで行った。これからモールスが打たれる。返事は何と来るか。
そして五分で戻って来て、返信を読み上げた。
「こちらジョフリー・レイトン大将、大英帝国東洋艦隊司令長官の臨時代行です。現時点で降伏の意思はない。騎士道精神に則り、日本国と戦うのみ。いざ勝負。以上であります」
「判った。水雷戦用意」
こちらには魚雷四〇門搭載の雷装軽巡が五隻もいるのだ。
「雷装軽巡、全速で前へ出ろ」
「英艦隊、陣形を整えて向かって来ます」
「宮里艦長『大和』の発砲を許可する」
小沢司令長官が命令した。
「了解、『大和』二五ノットに減速。主砲、三式弾用意」
「艦長、徹甲弾ではないのか」
宮里艦長が頷いた。
「敵の射撃レーダーや測距儀を始めに破壊しますと、後が楽です。距離四万メートルから撃ちます」
「任せる」
小沢司令長官は、宮里艦長に任せた。距離は間もなく四万だ。
「主砲三式弾、撃て」
腹に重く響く空気の振動が伝わった。それから五〇秒後、敵戦艦の直前で三式弾が大きく花開いた。一発の散布界は直径四〇〇メートル。これが九発、投網を打ったように炎の雨となる。
もちろんイギリス兵は堪ったものではないだろう。弾子である鋼パイプに当たれば即死だし、避けても火球内では火傷と酸欠は免れない。
英艦隊の七戦艦に対して「大和」は斉射を続けた。距離は三万二〇〇〇メートルに詰めている。
反撃も凄まじい。三八・一センチ砲八門が七隻で、五六発。必殺の主砲弾が、一、二分間にこれだけ飛んで来るのだ。
ただし、我が方の三式弾が効いたのか、命中率は低い。
「主砲九一式徹甲弾、撃て」
こちらも必殺の徹甲弾だ。四六センチ砲から重量一四六〇キロの砲弾が、初速七八〇キロで撃ち出される。それは四四万四一〇〇キロジュールという膨大なエネルギーの塊である。
ちなみに重巡洋艦の二〇・三センチ砲のエネルギーは四万三八〇〇キロジュールでしかない。
「雷装軽巡各艦から、魚雷を放ちました」
小沢司令長官に参謀が報告する。
「おお、片舷二〇門で五隻、両舷全部で魚雷二〇〇発だ。機関復活したばかりの鈍足戦艦では、逃げられまい」
小沢司令長官は、成果を期待した。無航跡の酸素魚雷だ。さあ、行け。
「敵駆逐艦撃沈、また一艦撃沈、ああっ、また撃沈。凄いです」
双眼鏡を覗いていた橋本参謀長が、喜びの声を上げる。
「巡洋艦四隻撃沈、駆逐艦六隻撃沈、戦艦三大破、戦艦四中破、残り駆逐艦四隻」
戦果報告にわっと歓声が上がった。
「宮里艦長、英戦艦に引導を渡してやれ」
戦艦「大和」は距離一万メートルにまで最接近していた。もうこの距離で四六センチ砲は水平射撃である。確実に命中させて英戦艦を屠って行った。
さらに複合装甲で軽量な副砲は、一五・五センチ三連装砲の二基が咆えて、敵の残存する駆逐艦四隻を次々と葬った。
「最初の三式弾攻撃が良かったな。お陰で『大和』は無傷だ」
小沢司令長官は、宮里艦長を褒めた。圧勝である。
「敵戦艦に白旗が上がりました」
見張り員が知らせた。
「判断が遅い。イギリス人提督は何をやっているのだ。ひとまず戦闘終了だ」
小沢司令長官は、むざむざと多くの兵士を死なせたイギリス提督の無能さをなじった。多くの命を犠牲にして、何が騎士道精神だ。
「海上救援に駆逐艦を向かわせろ。救助者は武装解除後、温かくしてやれ」