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タイムスリップ北海道  作者: いばらき良好
第二部 世界のゆくえ
23/30

16の1 マスタング

 原田一樹は石田京ノ介知事の相談役となったが、いわば名誉職であり、暇を持て余していた。

 でも、ただ待っているだけの原田ではない。

 元海上自衛隊出身の前知事として、札幌の各テレビ局で「軍事と政治コメンテーター」として顔を売っていた。

 今日も朝七時からHBCテレビ(TBS系列)のニュース番組に出演が決まっていた。

 六時にはスタジオ入りし、控え室で新聞を読む。

 十一月六日(水)の新聞で一面には「リンドバーグ勝利、最年少(38)大統領へ」とあった。政策は伝統的な保守でモンロー主義だが、航空主兵と医療に興味があるらしい。

 今日のトップニュースは多分これだなと思った。

 原田はリンドバーグ氏との面識はないが、何度も北海道を訪れているのは知っていた。

 北太平洋横断飛行や昨年春の航空祭で七一五キロの速度記録を出したニュースは鮮明に覚えている。確か加藤建夫中佐と同時記録に盛り上がったのだった。


「そろそろ本番です。お願いします」

 一〇分前に青年ADアシスタント・ディレクターさんが呼びに来た。返事をしてスタジオに入ると、スーツの前ボタンをはめた。

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 美人の鈴木アナウンサーが笑顔で迎えてくれた。音声さんにピンマイクを付けてもらい、機嫌良くスタンバイとなった。

「本番です。3、2、……」

 ディレクターがキューを出すと放送が始まった。

「お早うございます。七時のニュースです。昨日十一月五日、アメリカ大統領選挙が行われ、共和党のリンドバーグ氏が、民主党現大統領のルーズベルト氏をやぶって、第三十三代大統領に決定いたしました。リンドバーグ氏は最年少三十八歳での大統領就任となります。ワシントンから中継です」


 テレビにはリンドバーグ氏の演説写真が静止画で映され、国際電話で音声のみの中継となった。

「ここワシントンでは、いまだ昨日のアメリカ大統領選挙の熱気が残っております。史上最年少の三十八歳で当選したリンドバーグ氏は、初めて大西洋単独横断無着陸飛行をした飛行家として有名です。世界が注目するのは第二次大戦のゆくえでありますが、リンドバーグ氏はまず、選挙公約に基づいてイギリス救援のため、最新のP‐51Hマスタング戦闘機を五〇〇機ほどイギリスに売却するそうです。こちらからは以上です」

 今、P‐51Hと言ったようだが。原田は記者に質問した。

「あ、あのP‐51Dの間違いじゃないですか。いまHと聞こえましたが」

「えーと、Hです。先月の十月末にマスタングが初飛行しましたが、軽量タイプのH型になったそうです。ただし、これは未確認情報であります」

「そうですか。有難う」

 原田はこの記者は凄いと思った。北海道の未来本で勉強して行ったのだろうが、情報収集能力が抜群である。日本の007じゃないかと感心した。


「原田さん、何かご存知でしょうか」

 鈴木アナウンサーがコメントを要求して来た。ここが原田の出番だ。

「はい、P‐51Dマスタングは大戦中、最高の戦闘機でしたが、終戦間際に対日決戦機としてP‐51Hが五五五機作られました。D型とH型は、見た目は同じようでも中身は別モノで、軽量化した機体と改良したエンジンは水メタノール噴射で瞬間的に二二〇〇馬力を叩き出します。最高時速は七八四キロと、最速レシプロ戦闘機であります」

 原田は夢中になって喋った。


「ジェット機と比べてどうでしょう」

 冷静なアナウンサーが合いの手を入れる。

「ドイツのメッサーシュミットMe262は時速八七〇キロも出ます。しかし、加速性能、燃費、機動性はプロペラ機の方が上です。そういう意味ではフォッケウルフTa152は空冷エンジンに水メタノール噴射で二二三〇馬力と時速七六五キロも出ます。対抗馬はこれでしょう」

 あまりの軍事オタク的発言に、美人アナウンサーは曖昧に頷き、時間が押して来たのであろう、番組を進行した。


「そうですか。次のニュースです。昨日、旭川市内で……」

 そして、いくつかの事件のあとに再びフリートークとなった。

「一九三六年の時空転移以降、食糧品の値段が上がりましたが、今年に入って落ち着いて来ましたね。原田さん、何が原因なのでしょうか」

 鈴木アナウンサーの質問に応じる。

「それはこの四年の間に、米・麦・トウモロコシの増産に成功しました。黒毛和牛も日本本土に種牛供給していたものが、三歳に育って北海道に逆輸入となりました。さらに北海道への移住者が、農業、漁業、工業、その他多くで活躍しております。そのお陰です」

 北方領土問題がないこの時代は、海産物がたくさん取れる。民間市場で供給過剰となる分は、缶詰や真空パック、干物に加工して陸海空軍に納めている。

 特に空軍はお得意さまで、第一航空軍が空母部隊、第二航空軍がシンガポール、第三航空軍がアデン、第四航空軍がサイパン、第五航空軍が厚木、第六航空軍が新京にあり、人員や物資は空輸して届けている。


「私はポテトチップスが大好きなのですが、一六八円から前みたいに九八円になるといいですよね」

 鈴木アナウンサーがお茶目な笑顔となった。

「それは電気や石油などの燃料代が大きいでしょう。石田知事にお願いしておきます。満洲に加えてインドネシアからも原油が買い入れ出来るようになりました。原油価格もきっと下がることでしょう」

「そうですか。今日はゲストに原田一樹前知事をお迎えして番組をお送りしました。原田さん、有難うございました。これで七時のニュースを終わります」

 鈴木アナウンサーは生放送をうまくまとめて終了させた。


 マイクを外しての帰りに原田は、

「鈴木アナ、お疲れ様です。ねえ、うちの息子のお嫁さんに来ないかい」

 と半ば本気の親父ギャグで周囲に苦笑いされつつ、スタジオをあとにした。

 外に出るともう明るくなっていた。今日のギャランティーは振り込みで二、三万道円だろう。北海道だけの地方ローカルではそんなものだ。


 原田は、次期アメリカ大統領とイギリスの新型マスタング導入のニュースに接して、車で陸軍ホテルへと向かった。

 もうすぐ日本軍は半年の沈黙を破って、夏季のオーストラリアに上陸する予定だ。作戦は石原莞爾参謀次長が自ら立案した。

 オーストラリア軍総司令長官には前田利為大将、総参謀長には石原莞爾中将自身が名乗りを上げた。

 旗下には第一四軍牛島満中将、第一五軍飯田祥二郎中将、第一六軍木村兵太郎中将、第一七軍酒井隆中将ら、一〇万から二〇万人を動員する。

 バトル・オブ・ブリテンのための新型マスタングだが、オーストラリアには来るのか来ないのか。来るとしたら空母輸送であろう。

 オーストラリアでの地上戦に備えて、地対空誘導弾「SAM」、対戦車榴弾「LAM」、無反動砲「カール」、これら三種の個人携帯砲が、北海道に多量に発注されていた。

 武器の生産工場には、テロに備えて自衛隊が常駐している。昨年の開戦に伴った石田知事の議案で、各自衛隊には警察権が付与されることになった。よって、不審者を逮捕することも出来る。


 原田は道庁に車を止めて、陸軍ホテル(札幌グランドホテル)に歩いて行った。冷たい木枯らしにコートの襟を立てる。

「お早うございます。原田、通ります」

 ホテルの陸軍守衛さんに挨拶してロビーへと入った。ここには陸軍と陸自の技術者約五〇〇名が常駐している。

 原田のところに見覚えある顔が近付いて来た。昔、秩父宮様の護衛隊長だった双葉薫中尉(現大尉)だった。

「原田閣下、どうしたのですか」

「双葉さん、お久しぶりです。アメリカの大統領が決まりましたので、その後の対応策を練りに来ました」

 少し早い時間だったかなと何気に時計を見ると、八時四十分であった。

「自分は殿下のお供で参りました。ぜひ、ご拝謁下さりませ」

 双葉は秩父宮様と来道したと言う。

「知りませんでした。殿下がお越しでしたか。突然で恐縮ですが、お取次ぎをお願い出来ますか」

「もちろんです。お待ち下さい」

 一民間人の原田が勝手に皇族方と逢うなど許されない。そこで面会の許可を依頼した。


 すぐに双葉がフロントに行って上階と話をつけてくれた。

「どうぞご案内いたします」

 双葉にうながされてエレベーターに乗った。

 スイートルームのドアの前に立ち、双葉がノックした。

「失礼いたします。双葉であります。原田前知事閣下をお連れいたしました」

「お入り下さい」

 秩父宮様のお声がした。張りがあるお声は元気そうである。

「失礼します」と原田たちは部屋に入った。

「お久しぶりです」

 秩父宮様は握手で出迎えてくれた。

「もうお身体は大丈夫なのでしょうか」

「有難う。元気です」

 もう一人、山根忠雄三佐(現大佐)もお附き武官として近侍していた。五年を経て今や海軍大佐の階級章である。

「このたび秩父宮殿下は陛下のご名代として、亜細亜大洋州機構の開催地選定に参りました。時空転移で変化したこの世界です。やはり北海道か、あるいはアジアの中心であるシンガポールか、どちらが良いでしょうか」

 なるほど。秩父宮様がお忍びのわけは解かった。


「お茶でも飲みましょう。お掛け下さい」

 秩父宮様がソファーを勧めてくれた。

「自分は警備に戻ります」

 双葉はシュッと敬礼して外へ出て行った。

 秩父宮様自らがお茶を入れてくれたので、大変に恐縮して喉をうるおし、一息ついて原田は答えた。

「私はシンガポールを推します。理由としましては、みんなの世界であって、日本のみの覇権を目指してはいけないからです」

 現在、中東地方とアメリカ領フィリピンを除く、アジア二〇ヶ国と北海道が亜細亜大洋州機構に加盟している。

 香港、シンガポール、アデンは日本保護領で、治安は良いと聞いている。

「そうですか。ではシンガポールを見に行きましょう。原田さんも一緒に行きませんか」

 原田にお誘いがあった。ちょっと妻の由紀を思い出した後に「お供させて頂きます」と答えた。

 原田は、電話を取って石田知事に「護衛艦を出してもらえないかどうか」と提案してみた。


 十一月中旬のある日、ボストンのあるホテルでリンドバーグ次期大統領は、チャーチル英国首相と極秘会談をした。

 イギリスはインド各地が独立し、日本軍による紅海封鎖で、スエズ運河および北アフリカの重要性が低下してしまった。

 さらにドイツによる連日の都市空爆やUボートによる群狼作戦で英本土には物資が届かない。背に腹は代えられず、地中海を捨てるという。


 そう前置きをしてチャーチル首相が言葉を続けた。

「この大ピンチをアメリカに救って欲しい。食糧医薬品と武器弾薬および戦闘機を送って欲しい。特にマスタング戦闘機は評判よりも凄いらしいじゃないか。ぜひ欲しい」

 リンドバーグの演説と巧妙な情報漏れは、戦闘機の評価を上げた。

「イギリス支援の見返りは何だ。まさかタダとは言うまい」

 リンドバーグは次期大統領だ。若いからと舐められる訳にはいかない。

「金塊では」

「ダメだ」

「ロールス・ロイス社では、エンジンは好きだろう」

「断る」

「英国には他にはないが、あとは」

「カナダ売却」で両者の思惑は一致した。


 公式には十二月十六日の大統領就任スピーチで、破綻寸前のイギリスを救うために英国王室からカナダを一億ドル(四〇〇〇億道円)で購入したことを発表する。お金は米国内にプールして英政府の戦争物資購入費用とする。

 カナダ売却の問題としては、フランス系カナダ人や一九三一年のウェストミンスター憲章(立法と外交を認める)からの独立騒ぎであろう。

「ヒトラーに鉄槌を下すためだ」

 チャーチル首相は、ウイスキーグラスの氷を強く見つめた。

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