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タイムスリップ北海道  作者: いばらき良好
第一部 時空転移
15/30

10の1 満洲石油

 過去、満洲での油田開発には様々な野心家が挑戦してきた。アスファルトがにじんだ場所もあり、石油の存在が予見出来たからだ。

 しかし、採算の取れる油田は未だに見つからなかった。

 北海道で石原莞爾大佐(現少将)から石油担当に指名された佐藤謙三技術大尉は、満洲での歴史を調べた。


 一九二九年に満鉄地質調査所が探鉱。

 一九三一年に関東軍調査隊が試削。

 一九三二年には、満鉄炭鉱が試堀で二〇〇リットルの原油を採取。これを受けて満洲国産業部、満洲鉱業開発、満洲石油、日本石油が加わり、五者で競って試掘をしたが、有効な油田は見つからなかった。


 未来の北海道で詳しく調べると、大慶油田の規模は南北に一〇〇キロ、東西に一五キロから二〇キロの幅があり、埋蔵量は六〇億トンもあるそうだ。

 一方、北海道の年間必要量は約一一〇〇万トン、日本は七〇〇万トンであるから、大慶油田だけで三〇〇年分の計算になる。

 満洲には遼河油田も、華北には唐山油田、大港油田、勝利油田や任丘油田もある。

 採掘に成功すれば、アメリカに頼らない石油貿易が出来る。


 佐藤は廃業間近になっていた満洲石油に眼を付けた。現地の言葉や土地勘のある作業員はとても大事だ。そこに東京が本社の三菱石油株式会社の資本と、北海道勇払にある石油資源開発株式会社からの未来技術を導入した。

 陸軍の主導で、新社長には三菱石油㈱から田宮一郎(前職開発部長)四十三歳を迎えた。

 これは日本と北海道の運命を左右する国家プロジェクトである。

 陸軍石油担当の佐藤謙三技術大尉は三十二歳。石油資源開発㈱の山口賢治主任は未来人で三十五歳。二人の名前は「ケン」つながりだったので、すぐに意気投合した。


 三月初めには苫小牧から大連に船で資材を運び、陸揚げ後は満鉄を利用して現地(のちの大慶市)に送ったのだが、なぜか資材は待てども暮らせども届かなかった。

「これは関東軍(梅津と東條)の嫌がらせだ」

 憤る佐藤技術大尉を、山口主任は諭した。

「この時間を無駄にせず、土地調査を続けよう。新しい都市計画はそうそう出来ないものだから」

 説得された佐藤だったが、一方で石原部長、板垣征四郎次官、陸軍大臣中村孝太郎大将に働き掛けて、関東軍に「石油が最優先」とゴリ押しした。

 そして、やれることをやろうと村作りを開始した。

 このチームにとって、測量などは朝飯前である。満鉄から分岐線を引き込み、三日で採掘村の区画整理を描き終えた。

 油田掘削機と資材、オイルタンクもまだ届かないのだが、容易に手に入った木材で、宿舎や銭湯、売店や公民館兼映画館などを造り始める。

 技術者が五〇名も集まれば、何だって出来るものだ。

 これで客車四両での寝泊まりから解放された。大連を出発してからの一ヶ月半、窮屈な汽車の中で佐藤たちは寝泊まりしていた。


 中でも日本人は風呂好きだ。労働の後には熱い湯船に浸かりたいもの。特に寒い満洲にあっては切望の的であった。

「あー、いい風呂だった」

 銭湯から出た佐藤は、四月の夜風で汗を飛ばした。満洲の風は冷たくて乾いている。それは湯上りには丁度良かった。

「山口主任、一杯飲みましょう」

 宿舎の山口主任を訪ねた。

「佐藤君、いいねぇ。では映画を観ながら飲もうじゃないか」

「七時からですね。では缶ビールを持って来ます」

 佐藤は自分の宿舎に一旦戻った。宿舎は六棟ある。

 北海道で生産されるビールは高品質で評判がいい。佐藤も大好きになった。

 昼の公民館は夜には映画館に替わる。皆が北海道から持ち寄ったDVDで映画鑑賞会を開いているのだ。

 会費は無料。毎晩七時から一本ずつ放映される。プロジェクターは会長の小杉さんが持ち込んだ。週刊予定も小杉さんが代表して決定していた。

 板の間に座布団を敷いただけの映画鑑賞だ。素朴でいい。

「おお、今日はダイハード4か。昔見たことがあるよ」

 北海道育ちの山口主任が言った。九十年も隔たった東京育ちの佐藤には分らない。

「どんな映画ですか」

「それは見てのお楽しみ。でもね、ダイハードとは中々死なないという意味なんだ。アメリカの映画さ」

「それは楽しみです。じゃあ、飲みましょう」

 佐藤は山口主任と缶ビールを開けて、静かに乾杯した。

 ここには三〇人も詰め寄せていた。ぎゅうぎゅうの鮨詰めである。みんな楽しそうであった。


 映画の中盤、佐藤は山口主任に話した。

「九十年の技術差は凄いですね」

「別に人は変わらないさ。未来人が賢い訳じゃない。逆に君たちの方が逞しくて生活力がある。みんな同じさ。楽しければ笑い、悲しければ泣く。石油だって泥だらけになって掘るんだぜ。人間はいつの時代も同じさ」

 佐藤は山口主任の人となりが分かった気がした。技術者なのに計算高くなく、情っぽいところが好きになった。

「ほら、次に飛行機が……」

 映画館は九十年を隔てた人々を一体感で包んだ。


 翌朝、佐藤は天ぷら蕎麦を食べて、井戸端で洗濯を始めた。

「資材が早く届かないと、仕事にならないよ」

 皆が同じように思い、過ごしていた。これでは最高の技術も宝の持ち腐れである。

 男ども、特に肉体労働者は暇が出来ると「飲む、打つ、買う」の話題だが、ここでは昼間の酒と、博打や阿片は禁止であった。

 恋愛は特に禁止していないが、大平原なので滅多に女性と出会わない。シベリア鉄道の安達駅が最寄り駅だが、とても日帰りの距離ではないからだ。

「あれは遊牧民だ」

 技術者の一人が、それぞれの馬に乗った父娘を目撃した。

「おーい、ニーハオ」

 佐藤も手を振った。十代半ばの娘さんは三つ編みの髪と鮮やかな民族服で可憐であった。

「誰か中国語が得意な奴いるか。話して見てくれ」

 名乗り出た数人が、身振り手振りで父親と話したところ、物々交換をしたいらしい。


 日本人の男どもは、そんなことそっちのけで娘さんに集まった。名前は「ミンミン」というらしい。笑顔がとても可愛い女子だ。

 佐藤たちは二人を売店へと案内した。

 初めて見るものばかりであろう。日本の製品は絵が描いてあるので予想はつくのかもしれないが「これは何ですか」と質問していた。

 選んだ食料品や調味料を金銀で買うらしいが、遊牧民の父娘だ。どう見ても裕福そうには見えない。

「お金はいいよ。自分が払ってやるさ」

 佐藤が自腹で払うと売店に言った。

「親父さんタダ、免費、ミェンフェイ。友情だ、ヨウチン」

 父娘は何度も頭を下げ、感謝して馬で帰って行った。

「良い親子だったな」

 娘さんの笑顔が記憶に残った。


 夕刻、あの親父さんが鹿を仕留めて持って来た。「今朝の礼だ」という。なんて義理堅く誇り高い遊牧民であろう。よく見ると精悍な面構えにも見えてくる。

「有難う、親父さん」

 佐藤は日本人を代表して感謝を述べた。去り際に見せた笑顔は、娘さんと同じで愛嬌があった。

「また来てくれよ。人類みな兄弟」

 その日の夕飯には、鹿料理が振る舞われた。やわらかくて美味しかった。


 それからちょくちょく父娘は採掘村にやって来た。娘さんのミンミンは可愛くて、皆も家族のように大切にした。

 採掘村に花が咲いたようである。いつしか映画も五時開始となり、遊牧民父娘のためのゲストハウスも完成していた。

「はははっ」

 映画を観て笑う少女の声は、故郷の日本を思い出させる。ミンミンはとても利発で、日本語をすぐに覚えてしまった。

 鹿や狐を捕っては、父娘は遊びに来た。それは九十年も離れた学校のようであった。


 五月二十八日、ついに待ちに待った資材が届く。

「やっと来たぞ」

 草原に資材や食料を降ろし、それから予定の場所に削井塔を立てて、ボーリングマシンを据え付ける。

「今まで遅れた分の時間を取り戻すぞ」

「おおう」

 皆が活気に満ちていた。


 六月一日、技術者と作業員五〇人が初ボーリングを開始した。

 ゴリゴリと回転しながらドリル付きの鉄菅が地面を掘って進む。工事に必要な水は、周辺に池が多数あって、不自由はなかった。ホースをつないでポンプで汲めばいいだけだ。

 それでも一本掘るのに一ヶ月から一月半は掛かる筈だが、今回は未来地図で百発百中である。

 資材を利用して周辺設備の建設にも当たった。これらは計画通りである。

 大慶駅と宿泊所、オイルポンプとオイルタンク。輸送用のオイル貨車を多数用意。簡単な精油試験施設も建設した。

 深度五〇〇メートルで少量の重油質が粘土砂とともに出て来たが、文献通り一〇〇〇メートル付近を目指すことにする。

 まだか未だかと待ちながらの後半は長かった。

 今日は出るだろう。明日こそは出るだろうと、佐藤は神に祈った。


 七月十日、ついにその時は来た。

 深度一〇〇〇メートル弱のところで井戸から黒い油が噴射した。水よりは粘性のある、しっかりとした重油であった。

「やったぞ。石油だ」

「急いでタンクに繋ごう」

 喜ぶ佐藤に、山口主任は指示をする。作業員たちが真っ黒になりながらバルブを閉めて、パイプを繋ぎ、無事にオイルタンクへと導いた。

「やりましたね」

 全身真っ黒になりながら、佐藤は山口主任とがっちり握手をした。

 現場を山口主任に任せて、佐藤は軍用電話で東京の石原に報告を入れた。

「石原少将殿、出ました、出ました。大慶油田、成功しました」

 つい大きな声になってしまった。抑えられない喜びである。

「よくやった。鉄道輸送は大丈夫か」

「はい、大丈夫です」

「船は大丈夫か」

「はい、三菱系列で油送船をお願いしてあります」

「もし足りないのなら、海軍の船も頼もう」

「大量に噴き出しています。海軍さんにも余裕であげられますよ」

 冗談を言うほど、もう興奮しまくっていた。


「引き続き遼河油田も掘ってくれ」

「了解しました」

 遼河油田は埋蔵量一五億トン。のちの盤錦市を中心に一〇あまりの油田が分布している。

 深さは六〇〇から一〇〇〇メートルで高流点原油。さらに一八〇〇から二〇〇〇メートルで重油質成分となる。

 こんどは倍の深さに挑戦だ。

 大慶油田は成功した。これから続々と日本の石油企業や満洲の新会社が、周囲の石油を掘りまくることであろう。

 満洲国があれば日本に石油危機は訪れない。もしかしたら太平洋戦争もなくなるのではないか。我らが国を救うのだ。

 佐藤は現場に戻って来た。

「みんな新しい仕事だ。遼河油田も我らが一番に掘るぞ」

 佐藤が右手を天に突くと「えい、えい、おう」と一斉に鬨の声が上がった。


 石油採掘の主要メンバーは遼河油田へと移ることになった。そうなると寂しいのは、ミンミン父娘に会えなくなること。

 佐藤は家族同様、一緒に映画を観て笑ったり泣いたりしたミンミンに別れを告げた。

「我々は仕事で別の場所に行かねばならない。元気でね、ミンミン」

「さよなら、ミンミン」

 山口主任も別れは辛そうであった。九十年を超えての不思議な巡り会わせであった。

「再見、さようなら」

 ミンミンは、ほろほろと落涙した。親父さんが肩を抱きしめる。

「手紙書くよ、ミンミン、絶対に書くよ」

 佐藤たちを乗せた蒸気機関車は、ゆっくりと走り始めた。ミンミンが一生懸命に手を振ってくれる。

 この世は一期一会。本当にいい出会いであったと、佐藤は上を向いて男泣きした。


 石油確保により、北海道の経済はギリギリのところで踏み止まった。

 生活用品をすべて北海道で生産することは不可能だが、増産に次ぐ増産で、道内の工場はどこも人手不足である。

 日本各地から出稼ぎに来た男性らは、組み立て工場や農業・漁業で活躍していた。


 さらに北海道知事の原田は、東北で苦界に身売りの予定だった貧しい家の少女たちを、優先的に北海道へと招致させた。現代の北海道では、人身売買など許さない。

 そこで東北六県に道庁職員が出向いて行って、就職説明会を調整した。人買いの悪徳業者を排除するためでもある。

 武器関連やコンピュータ関連の精密部品工場では、増産につぐ増産で、出稼ぎ少女たちは引っ張り凧だった。

 北海道から中国や東南アジアに注文を出せなくなった洋服の仕立てに関しても、多くの人材を募集していた。

 なにせ彼女たちは、真面目で手先が機用な上に、我慢強い。なおかつ東北美人である。

 以前から難問であった労働人口の減少と少子高齢化問題は、これから一挙に解決されるであろう。

 企業側にも労働基準法に則って、北海道の最低賃金「時給一〇〇〇道円」や健康保険と労災の加入もしっかりと遵守させた。

 彼女たちは月給手取り一六万道円という収入から、五万から六万道円を家族に送金した。仮に六万道円としても、日本では三〇円の価値がある。

 東京で女中として働いても月給は一〇円。そこから三円を仕送りするのも大変だ。


 北海道は寒いが、働く魅力が大きかった。

 ただし、ワーキングプアの問題はあるので道庁は、アルバイト一年後の正式雇用を企業に推奨していた。条件を満たした優良企業には、さまざまな優遇制度が与えられる。

 例えば、電車やバスなどの公共交通機関の割引で、優良指定企業は二割が道庁から補助される仕組みとした。

 少女たちは苦界に沈めば借金地獄になる。お金だけじゃなくて身体も大事にしてほしい。

 原田知事は、出稼ぎ人を助け、その家族にも喜ばれることで、道民の皆がいきいきと生きる社会の「素晴らしき北海道」を目標としていた。

可憐な少女のミンミンと再会したいです。

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