9の1 兵器計画
陸軍参謀本部第一部長の石原莞爾少将は、陸軍次官となった板垣征四郎中将との満洲事変コンビで、陸軍一新のための活動を始めた。
北海道土産にもらったDVDを使って今の時代と置かれた状況を説明し、陸軍大臣中村孝太郎大将と参謀総長杉山元大将からは、最大限の理解を得られた。
まず手始めに陸軍鉄道部隊を動かす。
レールの緊急敷設場所は、青森県内の時空転移で消失した地域で、津軽宮田駅から青森駅までの一〇キロと、小柳駅から浅虫温泉駅までの一〇キロ、さらに野辺地駅から乙供駅までの一三キロである。
三月三十一日、津軽宮田駅までの一〇キロが、先立って完成した。
連絡を受けた石原莞爾陸軍少将と大西瀧治郎空軍少将は、早速行動を起こし、連結した鉄道から青函トンネルをぬけて北海道へと向かう。
武器携帯不可の問題は、青森駅構内に郵便局兼預かり所が出来て解決した。手荷物として預けて受取票をもらう。これで帰りに引取るか、軍内郵便で駐屯地の上官あてに送ることも出来る。
お金も両替所が出来たので便利になった。両替所は北洋銀行が設けたもので、青森駅、野辺地駅、むつ市、札幌市、旭川市、新千歳空港、函館港、室蘭港、苫小牧港、釧路港、小樽港、稚内港の十二ヶ所となった。
フェリーは函館=大間、函館=青森、苫小牧=八戸、苫小牧=秋田、小樽=新潟、稚内=大泊、稚内=利尻=礼文、江差=奥尻の八航路が開通していた。
太平洋航路には、あのボイジャー・オブ・ザ・シーズが加わった。米国モルガン商会が購入(船長と船員を買収)し、客船のメンテナンスとマネジメントを始めたのだ。
サンフランシスコを母港に=ロサンゼルス=ハワイ=横浜=室蘭=母港へと戻る航路を取る。日本郵船と外国船籍に加えての華やかな新顔となった。
石原と空軍の大西瀧治郎少将は、北海道の原田一樹知事を訪ねた。道庁の知事室で挨拶をすると、知事は少しだけ本音をこぼした。
「二月の時空転移に加え、来年度予算案のこともあり大変でした」
「議会でありますか」
石原はソファーに座って相槌を打つ。
「野党からの質問攻めにもあったし、この一ヶ月間は、厳しい決断の毎日でした」
道議会は大回転で動いたようだ。
「結局、北海道宣言の後は、どうなったのですか」
「宇垣総理と電話会談して一国二制度、北海道の主権は北海道民にあるとしました。青森県の津軽と下北は特別自治地域になります。交換条件は科学技術と医療協力です」
「科学と医療で取引か。世界大戦の前に内乱は嫌ですからな」
「石原さんも二・二六事件で大変でしたね」
大日本帝国が北海道に手を出さなかったのは、二・二六事件が重なったからだ。この悲劇が起こったために、北海道帰属問題がうやむやになった。
「まあ、お陰で軍政改革も出来たし、大西さんの空軍も出来ました」
「今度は満洲の石油も、何とかお頼みします」
「春には動きますから」
ぴくりと顔が引きつった。石原にとって関東軍の梅津・東條コンビは目障りであった。しかし、戦略物質の石油は如何しても手に入れなくてはならない。
「原田知事、空軍はビルディングを買いに来ました。航空機の設計に使いたいのですが、札幌での建物価格は幾らくらいでしょうか」
石原が黙ったので、大西が北海道訪問の目的を告げた。
「設計ですか、良いですね。二、三階建の事務所なら数千万道円、七、八階建のビルなら二億道円からでしょう。他には、使う時だけ借りるホテルの会議室もありますよ。一時間五〇〇〇道円くらいです」
ここで石原の頭に、ホテルを丸ごと買ってしまうというアイデアが浮かんだ。
「大西さん、ホテルの会議室を買ってしまいましょう。寝床も確保できますし」
「なるほど。現状、観光客も出張客も少なくてホテル業界は閑古鳥でしょう。交渉により安くなるかもしれません」
頷く石原と大西に、知事が付け加えた。
「事務所が決まれば、次は住宅ですね。札幌の家賃は一ヶ月間、個室で四万道円、三部屋と居間台所兼用で六万五〇〇〇道円くらいです」
石原は計算した。家賃が四万道円から六万五〇〇〇道円とは、日本円で月二〇円から三二円五〇銭になる。
日本本土で民間人の月給は、年季奉公が三円から五円、小卒見習工が九円、女中さんが一〇円だ。私大出でやっと月給が五〇円になる。
軍隊では、二等兵で九円、軍曹で三〇円、少尉で一〇五円だ。ちなみに大将は月換算七七〇円だから、改革での首切りは無駄ではなかった。
「石原さん、宿を確保する点でも、ホテルが一石二鳥でしょう」
大西も石原の考えに気が付いたらしい。元海軍なので仲良しではないが、敵でもない。話しも通じるので申し分ない。
忙しい知事なので、丁寧に礼を言って退出した。
二人で南へと歩く。
北海道庁の南面には道議会議事堂があるが、そのすぐ南にホテル札幌ガーデンパレスがあった。周りを見ると一角に独立して建っており、薄いピンクの建物で十階建て以上はあるだろう。とても立派である。
「これだ。石原さん」
大西が建物を見上げた。東隣りには斗南病院があって、さらに好都合である。
早速、支配人を呼んで交渉に入った。
「今度、空軍の創立パーティをやりたいのだが」と懐に入り、まずはホテルの概要を下見した。説明を聞きながら、案内される。
地上十四階、地下一階、二七四名まで泊まれて、結婚式場から宴会場、レストラン(和食、洋食、中華、そば、郷土料理)まで揃えてある。広くてとても綺麗だ。
石原も気に入った。大西も同感だったらしく、交渉に移る。
「ところで、このホテルをとても気に入りました。売る気はないですか」
この問いに、支配人は困った顔で応えた。
「一応、オーナーと相談しますが、売らないでしょう」
ところが、電話一本でオーナーは飛んで来た。時空転移以降は宿泊客が減少して開店休業状態でしてと、倒産間近だったようだ。
このホテルを空軍の大西は一二億道円(六〇万円)で買い取った。
大西いわく「戦闘機四機分の値段で買えた」と満足そうだった。試作中の零戦が一五万円もするとは驚きだ。
大西は、経理も勉強しているようだ。
石原は、以前に滞在したことのある札幌グランドホテルに注目した。
一泊が一万八〇〇〇道円以上の高級ホテルで、宿泊数九四二名。本館、別館、東館、コリドール(通路館)と巨大であり、さぞかし購入は困難であろうと考える。
そこで石原は、暴落していた株式を買い集めて、陸軍省が筆頭株主になった。
ホテルには陸軍軍人は半額で宿泊出来るようにして、宴会場は各本部の執務室に変わった。お食事処は和食、洋食、中華、酒場、喫茶店の店舗を残した。
四月には、海軍の井上成美少将も道庁北方の巨大ホテルを二〇億道円(一〇〇万円)で購入した。京王プラザホテル札幌は、地上二十二階、地下一階で宿泊人数九五〇名まで泊まれ、結婚式場や宴会場、お食事処まであった。
桜の咲くころ、札幌には陸海空軍の設計陣や研究者が多数集められ、確保されたホテルで仕事が始まった。それは未来の図面調査とコンピュータを使った新規設計、新戦略・新機軸を基にした技術開発であった。
●札幌グランドホテル「陸軍」
陸軍省管轄の技術本部一〇五名、科学研究所七五名、築城部四〇名、機甲本部三〇名、航空課二〇名。参謀本部の通信七〇名、鉄道船舶七〇名、兵站四〇名、作戦二五名。技術指導の陸上自衛隊員は常勤二〇名。
陸軍は陸上自衛隊の協力の元で銃器をコピーする。品目は、手りゅう弾、九ミリ拳銃、五・五六ミリ小銃、五・五六ミリ機関銃、七・六二ミリ機関銃、一二・七ミリ重機関銃、八一ミリ迫撃砲だ。これで陸軍と陸自は弾丸を共有出来るので、戦争を考えるとメリットは非常に大きい。
そして独自開発するのは、地雷、二〇ミリ高射機関銃、八八ミリ高射砲、八八ミリの駆逐戦車。
北海道から購入するのは、原付スクーター、軽トラック、軽自動車の中古車だ。
一方、ハイテク品として次の三種を北海道が生産し、購入することを決めた。
九一式携帯地対空誘導弾「携SAM」重量一一・五キロ、口径八〇ミリ、対空(使い捨て)
一一〇ミリ個人携帯対戦車榴弾「LAM」重量一三キロ、最大射程五〇〇メートル(使い捨て)
八四ミリ無反動砲「カール・グスタフ」重量一六・一キロ、最大射程一〇〇〇メートル。
●京王プラザホテル札幌「海軍」
海軍省管轄の技術研究所一七五名、艦政本部一七五名、航空課二五名、潜水艦本部三五名、施設本部三五名。軍令部の通信七五名、情報五五名、軍備五〇名、作戦四〇名。連合艦隊六〇名。技術指導の海上自衛隊員は常勤二五名。
海軍の設計には、元海上自衛隊にいた原田知事が後援となってアドバイスした。
まず、建造を中止したのは、巨大戦艦「武蔵」「信濃」、装甲空母「大鳳」、練習巡洋艦「香取」「鹿島」「香椎」、軽巡洋艦「阿賀野」「能代」「矢矧」「酒匂」、軽巡洋艦「大淀」の一一艦で合計五億六〇〇〇万円(一兆一二〇〇億道円)が終戦までの予算から浮いた。
戦艦と空母には対空レーダーと水上レーダーを、巡洋艦と駆逐艦には水上レーダーと曳航式ソナー、二十四連装投射爆雷のヘッジホッグと通常爆雷を搭載させる。
これからの時代は対空戦闘が大事なので高角砲を多く設けることとする。
長八センチ連装高角砲(重量一一トン、最大射程一万三六〇〇メートル、射高九一〇〇メートル、発射速度二六発/分、砲弾六キロ、砲身寿命六〇〇発)
ボフォース四〇ミリ四連装機銃(重量一一・三トン、最大射程一万メートル、射高六九五〇メートル、発射速度一五〇発/分、弾丸九〇〇グラム、五発クリップ)
エリコン二〇ミリ単装機銃(重量六八キロ、最大射程四三九〇メートル、射高三〇五〇メートル、発射速度四八〇発/分、弾丸一〇一グラム、弾倉六〇発)
戦艦「長門」と「陸奥」および空母「赤城」と「加賀」は、機関改装により三〇ノット以上を目指した。
ボイラーを一平方センチ当たり一九・三キログラムだったのを四〇キロの高温高圧ボイラーに換装、タービンも火力発電所用を小型にコピーしたものを使うことにする。この計算で一五万馬力を確保し、戦艦「長門」と「陸奥」は速力三〇・五ノットとなる。
近代改装空母の「赤城」と「加賀」の設計は、次の通り。
空母「赤城」の艦橋を右舷に移す。三万八五〇〇トン、一五万馬力、三二・二ノット。
空母「加賀」の艦尾を二三メートル延長する。四万トン、一五万馬力、三〇ノット。
飛行甲板を二五〇×五六メートルのアングルドデッキとして、蒸気カタパルト二基、航空機七八機搭載。兵装は、四〇ミリ四連装機銃八基、二〇ミリ機銃三〇挺、二〇ミリCIWS二基、対空八連装SAM一基。
新造する戦艦「大和」の設計は、以下に決定された。
六万四〇〇〇トン、二四万馬力に変更で三一・九ノット。
四六センチ三連装砲三基、一五・五センチ三連装砲二基複合装甲、長八センチ連装高角砲六基、四〇ミリ四連装機銃一二基、二〇ミリ単装機銃四八挺。二〇ミリ機関砲CIWS四基、対空八連装SAM二基、対艦四連装SSM二基、対潜八連装ASROC二基、
零観三機、哨戒ヘリ二機。
●ホテル札幌ガーデンパレス「空軍」
空軍省二〇〇名、航空本部六〇名。技術指導の航空自衛隊は常勤二五名。
空軍は大西を中心として、実験機を除く量産機の開発を一〇機に絞り込んだ。
眼玉は、ジェットエンジンを応用したターボプロップエンジンと、ターボシャフトエンジンの開発である。空軍は北海道の図面を元に、日立製作所と石川島造船所に共同開発(HIエンジン)を依頼した。軽量小口径エンジンのため、空力特性は格段に向上するであろう。
さらに開発が遅れた時の保険として、二〇〇〇馬力級レシプロエンジンも中島に開発を依頼した。
なお新エンジンには、直径三・八メートルの四翅プロペラを組み合わせる事とした。
練習機「赤トンボ」 天風一一エンジン三四〇馬力、最大速度二一四キロ。
直協偵察機「直協機」 ハ一三甲(天風)四七〇馬力、最大速度三四九キロ。
水上観測機「零観」 瑞星一三エンジン八七五馬力、最大速度三七〇キロ。
水上偵察機「三座水偵」金星四三エンジン一〇六〇馬力、最大速度三六七キロ。
輸送機DC3「零輸」 金星五一エンジン一三〇〇馬力×二、最大速度三九三キロ。
艦上戦闘機「疾風」 HIターボプロップ二五〇〇馬力、最大速度六九七キロ。
艦上攻撃機「流星」 HIターボプロップ二五〇〇馬力、最大速度六三〇キロ。
双発戦闘機「キ83」 HIターボプロップ二五〇〇馬力×二、最大速度八一二キロ。
双発攻撃機「銀河」 HIターボプロップ二五〇〇馬力×二、最大速度六三九キロ。
哨戒ヘリ「SH60K」HIターボシャフト二五〇〇馬力×二、最大速度二九五キロ。
空軍の開発爆弾は、九一式航空魚雷、二式クラスター爆弾、通常爆弾(八〇〇キロ、五〇〇キロ、二五〇キロ、六〇キロ、三〇キロ)とした。
航空自衛隊から購入品として次の三種を調達する。
ASM1 八〇式空対艦誘導弾(慣性+アクティブ・レーダー)重量六〇〇キロ。
ASM2 九三式空対艦誘導弾(慣性+赤外線画像誘導)重量五三〇キロ。
AAM3 九〇式空対空誘導弾(赤外線誘導)重量九〇キロ。
誘導弾は航空自衛隊でも必要だし、北海道にて優先的に複製される予定だ。現に試作品は出来上がっている。ただ、戦時に大量生産するにはハイテク部品製造所が少ないのが問題であった。
本土防衛のレーダーサイトは、北部方面には、未来の北海道と青森各地の既存サイト。
東部方面には、羽田空港、厚木飛行場、岐阜飛行場、伊丹空港、魹ヶ崎、塩屋埼、野島崎、御前崎、潮岬、経ヶ岬、猿山岬、佐渡、入道崎の十三ヶ所。
西部方面には、岩国飛行場、福岡空港、足摺岬、都井岬、下甑島、福江島、対馬、見島、日御碕の九ヶ所である。