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 アメリアとシュティルが限定的友人になってもうすぐ一年が経とうとしていた。


 二人は最初こそぎこちなく距離が空いていたが今ではすっかり仲睦まじいと言える程の距離感となっていた。


 時には少し遠出して王都外れの湖まで足を伸ばすこともあれば、大図書館と言われる国内屈指の蔵書を誇る王都の図書館でひたすら本を勧め合うこともあった。


 職場では相変わらず上司と部下ではあったが、それでも以前より壁はなかった。


 アメリアが気安くシュティルに話しかけることでアメリアの隣の席の同僚も次第にシュティルへの恐怖心が薄れ、アメリア程ではないがシュティルの感情が少しだけわかるようになり、普段眉間に皺を寄せていても怒っているわけではないということだけは理解するようになった。


 そして意外なことにその同僚のみならず、本当に少しずつだが、部署内の他の職員たちもアメリアとその同僚の姿を見てシュティルへの畏怖を薄めることができ、自分たちでシュティルに話しかけることができるようになっていったのである。


 この事実に大いに喜んだのはシュティルだけでなく、アメリアもそれはそれは一緒になって喜んだ。


『だから言ったじゃないですか。

 今に長官の周りは人で溢れるって。きっとまだまだこんなものじゃないですよ。』


 まるで自分のことのように満足そうに笑うアメリアがとても綺麗でシュティルは目が離せなかった。


 そんな日々を過ごしたある日のこと。


 今やアメリアだけでなく他の職員も普通にシュティルに話しかけるようになっていた。


 この日は年末の決算の纏め上げや、予算の割り振りのための会議、はたまた新生役員についてなどでバタついていた時期で内務長官であるシュティルも多忙を極めていた。


 書類の量は尋常ではなく、アメリアもいつも以上に仕事を捌いていた。


 そんなとき、他部署から遅れていた急ぎの書類が回って来たのでアメリアはすぐにシュティルへ確認を取ろうとシュティルの元へ向かった。


 確か国家予算のことで財務省の方に顔を出すと言っていたはずだ、とアメリアはシュティルの告げた行き先を思い出しながら足を早めた。


 すると丁度渡り廊下にシュティルの後ろ姿を発見するが、シュティルの前にも人がいることに気がつき、アメリアは邪魔にならないよう脇で待つことにした。


 聞いても大丈夫な会話だろうか、とアメリアは少しだけ耳を傾けると聞こえて来たのはシュティルではなく、もう一人の声。


「———だからお前はだめなんだ。そんなお前なぞ誰も必要としない。もっと兄のようになれ。」


 会話の全容はわからないが、聞こえてきたその言葉はまるでアメリア自身が貶されたような気分になるものだった。


 どこの誰かは知らないが、シュティルのことを知らないで好き勝手に言いやがって、と心の中で憎悪を吐き出していれば、シュティルが深く頭を下げて言うのである。


「申し訳ありません。父上。」


 アメリアはその瞬間、天変地異でも起こったのかと思うほど動揺した。


 貴族と言えど実の子どもならば愛情を持つものだと勝手に思っていた分、父が子どもを貶す姿に頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けたのだ。


 アメリアが固まっている間もシュティルの父はシュティルへと暴言を吐く。そして、


「父と呼ぶな。」


 この言葉を皮切りに、アメリアはシュティルの前へと飛び出した。


「お話中失礼致します。長官のお父様でしょうか。」


「……なんだ、お前は。」


「私は長官の元で働かせてもらっているしがない職員の一人なんですが…、今、通りすがりに"父"と聞こえたのでそうなのかと思いまして、失礼ながらお声をかけさせて頂いた所存です。」


 アメリアに対し無言のまままるでアメリアを品定めするかよように上から見下ろす男。

 そんな男に構うことなくアメリアは喋り続けた。


「私、長官の御父君か御母君に会えましたら一度お礼が言いたいとずっと思ってたんです。」


「…礼だと?」


 眉間の皺をますます増やして怪訝そうにアメリアを睨む男にアメリアはとびっきりの笑顔でこう言った。


「はい。長官のような素晴らしい人を産んで育ててくださりありがとうございます。そうお礼が言いたかったんです。」


 アメリアの言葉に男は目を丸くさせるもすぐにアメリアを睨みつける。


「何が言いたい。」


「そのままですよ。長官のように仕事が早くて丁寧で、温情ある方が上司になってくれて私達は本当に有難いんです。いつも職員のことを考え、働きやすいようにしてくれるだけでなく、長官は約束事は決して破ることはないので、うちの部署の職員だけでなく、他部署からも全幅の信頼を寄せられています。そんな完璧な人が自分の職場の上司であることを心から感謝しているんです。きっと御父君と御母君の育て方がとてもよろしかったのだろう、と。ですので一度会えた暁には職員を代表してお礼を言わせて頂きたかったのです。」


「ふん。よく口が回るな。」


 アメリアの誠心誠意の言葉にも唾を吐きかけるように言葉を吐く男にアメリアはバレないように拳を握り込んだ。


 本当のことなのに何一つとして受け取ろうとしない男に、悔しさが滲む。


 そんな時である。


「まさにその通りです。」


 不意に背後から聞こえた声はよく知るものだった。


「ベイリー長官は本当によくできた人間だと職員一同思っています。とてもご立派なご子息をお持ちでお父様もさぞ鼻が高いでしょう。きっとお父様も懐の深い、優秀な人間なのだろうとわかる程ですよ。」


 いつものふざけた言葉遣いではなく、きちんとした礼儀作法で男に接しているのはアメリアの隣の席の同僚だった。


 彼がにこりと微笑みを男に向けると男はこれ以上は何も言う気にならなかったのか、「失礼する。」とだけ言って体を翻して行った。


 そのことにホッとしたのはアメリアだった。


 アメリアはこれ以上シュティルが傷つくような出来事が起きなくて安堵すると同時に、いいタイミングで会話に入ってきてくれた同僚に感謝した。


「ありがとうございます。私だけではきっと馬鹿にされただけでしょうからとても助かりました。」


 深々と頭を下げるアメリアに同僚は笑う。


「いいってことですよー。俺たちの仲じゃないですか。」


 にひひっと笑う同僚にアメリアも釣られてふふっと笑う。


 そんな二人に一拍遅れて反応したシュティルは恥ずかしそうに頬を染めるも嬉しそうに笑った。


「あんな風に言ってもらえた事は初めてだ。感謝する。」


 初めて見るシュティルの笑顔に同僚は目を瞬かせた。何度か見たことのあるアメリアでさえも片手で足りる程の貴重な瞬間なのだから同僚が驚くのも無理はない。


 しかしさすが同僚、と言っていいのか、ちゃっかりしてりおり、にししっとふざけた顔で笑うとシュティルに強請る。


「普通にありがとうって言えばいいじゃないですか。ま、本当のことなんでお礼はチョコレートでいいですよ!」


 アメリアはそんな同僚をジト目で見ていた。


「そこはお礼は要らないと言うところでは?」


「いや、勿論礼はさせてもらう。何個だ。」


 アメリアの言葉に反してシュティルは目を爛々とさせて同僚を見る。その視線が語っている意味を理解できるアメリアは顔を歪ませるのだった。


「……長官。冗談ですからね。本気にしたらダメですよ…。よってお礼なんて買わなくていいです。」


「だが……」


「いいんです。」


 アメリアの怖いほどの真顔にシュティルはそれ以上言うことができなかった。


 同僚も同僚でアメリアに余計なことを言うなと叱責されているが、へらりと笑うだけでアメリアからますます怒りを買うのだった。


 その様子をシュティルは笑って見ていた。

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