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等身大のアイドル  作者: 高天ガ原
第二章
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第二章③朝香の地雷

 お店を出てからボクは朝香の頭に軽くチョップする。

「姫にそっくりで笑えません」

 その言葉に朝香は「ごめんなさい」と萎れる。姫もそうなのだが、朝香は間違いなく発達障害だ。ボクも自閉症的な部分があり、その気はあるのだが二人ほど酷くはない。何より、金銭管理が出来る。だが、出来ない人は泣くほどに金銭管理が出来ないのだ。身をもって、ボクはそれを知っている。

「ちゃんとこれは親御さんに見せますので。お家に連れて行ってください」

 ボクの一言に朝香は「おうちデートっすか……?」と茶化す。まだ余裕があるようだ。教育のしがいがあるなぁ。

「ボクね、似たようなバカを知ってるんだ。半額ってだけで喜ぶ配信者で、素直な女の子なんだけど、名前は何だったかなぁ。君の方が知っているんじゃない?」

 ボクの問いに朝香は「半額ってだけで何十万円もの大きい熊の木彫りを買おうとした挙げ句、カード不可で泣いていた愛らしい人ですよね」と苦笑した。待て、そんなことまでしていたのか。顔には出さないが肝が冷えた。そんな物を買ってこられたら部屋のどこにおくと言うんだ。空間を考えて欲しい。

「そんなあほなことをする子はね、しっかり教育しないと往けないんですよー。わかる? だから、今から君の家に行くんです。もうデートは終わってます。分かった?」

 ボクの言葉に朝香は頷く。良かった。これで応じなかったら今すぐ家に連れて帰って、配信中の姫と一緒に全国放映してやらないといけないと思っていた。実際には全国放映しても治らないんだろうけど、少しは学んで欲しい。

「てか、家族のご飯を買うお金で奢ろうとしていたことも許せないしね。ちゃんと考えて使ってください。」

「はーい……」

 しょげかえった朝香に苦笑しつつ、ボクもダメな人間だなぁと思ってしまう。こうやって見捨てないから好かれちゃうんだよね。分かってるのになぁ。

「で、お家の方角はどっち? 案内して」

 ボクの言葉に「本当に行くんですね」と言いつつ、朝香は住宅街を指さす。むしろ、行かないはずがない。ここまでしたなら、せめて炊飯器の白米くらいはいただいて帰りたいところ。……帰ったらホットケーキ祭りだし。あー、炊飯器のご飯を保温したままにしちゃったー。帰る頃には真っ黄色だ。どうしよう。捨てるしかないけど。

「あの、ちなみにですけど……」

 案内するように先を歩いていた朝香が足を止める。ボクはまだ何かあるのかと思いながら首をかしげてみた。すると、困ったような表情をして朝香は尋ねる。

「父が今日発表された『宿命』をテーマソングにするドラマの原作者で、母があなたのファンになったばっかりで、妹が私と同じ姫のリスナーなんですけど、大丈夫ですか?」

「何、その地雷しかない家。属性盛りすぎで嘘にしか聞こえないよ」

 思わず押し巻けそうになるが、ボクはなんとか持ちこたえる。いやいや、嘘に決まってるでしょ。嘘だよ……ね?

「大丈夫なら良いですけど」

「え、本当なの?」

 まさかの展開にボクが試される側になってしまった。

「ちなみに、私がレズなのも知っている人たちなので、女性を連れて行こう物なら赤飯を炊き直す勢いの家族です」

 ボクが思わず「地獄すぎません?」と呟くのに対し、朝香は「だから、公園でちょっとだけ食べて解散しましょうか」と提案する。だが、答えは決まっていた。

「しません。頑張って赤飯を食べてください」

「マジかぁ」

 タダの言い逃れだったら性質が悪いし、ここまで来たら意地でも行くしかない。むしろ、ここまで属性が揃うなら行く方が宿命だと思う。脅したつもりだったのに脅されることになるとは思わなかったが、ボクだって前代未聞な姫の婚約者だ。度胸とプライドがある。

「脳が溶けてますね」

 最大限の嫌みだったんだろうが、ボクからすれば褒め言葉でしかない。

「だって、ボクは『病みクラゲ』だからね。脳が無いのに病んでる、世界に流されてきたクラゲだから。世界の流れには逆らいません」

 胸を張って答えたボクに「ですよねー」と言いながら朝香は歩き始める。見事な決め台詞の場面をありがとう。ちょっと気持ちよかった。

「父に気に入られたら大変ですよー?」

 朝香は歩きながらボクを脅そうとする。だが、もうその手には乗らない。

「何とでもなるよ、世界は流れてる」

 その言葉に満足したのか、朝香は「まあ、どうとでもなりますよね」と笑った。これで良いとしよう。良いとしないと絶望しそうだから。

 しかし、何で、こんなことになったんだっけ。詩織がアイドルをしていて、詩織がボクを晒して、詩織のつながりで朝香に絡まれて。結果、朝香の面倒も見ることにしたんだよな。結局、詩織のせいじゃない?

「なんか、世界の中心は詩織だと思うんだけどなぁ」

 ボクの呟きに朝香は「そりゃ無いっすよ」と笑った。ボクが「でも、あの子を中心に世界が流れてる気がする」と言うと、朝香は「もっと視野を広げてください」と苦笑する。ボクには理解が出来なかった。すると、朝香が補足するように説明する。

「あのですね、世界の流れなんて渦みたいな単純な物じゃないんですよ。世界の流れは私たちからじゃ見えないんです。あくまで、観測者の乗る舟からじゃないと分からない。観測者が乗っている舟は渦と渦のぶつかり合う狭間を塗って進むからめちゃくちゃな動きをするんですよ。渦しか見えていないときはまだ観測者側になれていない証拠だと思います」

 その言葉にボクは「ほう」としか言えなかった。しかし、理解させたいのか朝香は言葉を重ねる。

「渦は平面的じゃなくて、三次元や四次元的なレベルでランダムな向きや大きさで色んな場所にあります。人間が存在する時点で無数の渦が存在していて、あなたもその渦の一つだから、無力だって言うのがおかしいんです」

「誰かと関わっている時点でボクは観測者にはなれないってことか」

 ボクの呟きに朝香は「そうです」と言う。世界がボクらによって流れているとして、本当にボクは世界を動かせているのだろうか。微少な個人の力で世界は……。

「生命が世界を温める限り、複雑な対流が生じるわけです。そして、生命の一部である限り、微笑でも我々に力があるんです。一人で無力なら集まるのみ。そうでしょう?」

 この子は確かに〈作家の子〉らしい。言うことが面白い。

「今度、日記とか見せてよ」

「あー、黒歴史のエッセイならありますよ」

 そう言いながらボクらは朝香の家を目指して歩き続けた。


 朝香は表現者としてはそれなりなところに来ていると感じた。〈辛い〉の表現が上手で、共感させられる言葉も多い。

「目立とうともしてないし、自分が思うほどに他人は自分を意識してないんですけど、何かするとやっぱり誰かに影響が及んでるんですよ」

 そう語る朝香は確かに面白かった。ボクもかなりの量のメモを取った。何度も立ち止まったし、時には口論もした。だけど、それで飽き足りないほどの距離がコンビニと家の間にあって、正直、なんでこんな遠くでバイトしてるのか疑問だった。もしかしたら近くのコンビニには既にもう応募して辞職した後なのかもしれない。

「お父さんってどんな人?」

 ボクの問いに朝香は的確に答えていく。

「日本に住む日本コンプレックスの変人です。家を見るだけで分かる狂い具合で高校入試の日に熱を出した私へ『高校に行くくらいなら座禅をしている方が良い』とか言い出した人ですね。自分で答えを見いだすことに意義を感じている割には、答えを押しつけたがるし、よく分からないです。ちなみに高校入試は後日試験で合格しました」

「あなたが凄く理解できる答えだったと思う」

 ボクの一言に朝香は「ひどーい」と騒いだ。しかし、多分、そのような親ならどんな答えでも筋が通れば応援するはずだ。同性愛をも認める柔軟性の裏に強い信念を感じた。

「逆に萌歌はどんな親だった?」

 その言葉にボクは言葉に詰まる。良くも悪くも普通で、無力だが娘を全肯定してくれる親だ。大きなトラウマを植え付けた面もあるが、とても大事な親だ。

「会うことがあったら紹介するよ」

 ボクの言葉に朝香は「会わせてよ」と笑う。でも、ボクにとっても夢のような未来なんだよなぁ、それは。

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