第二章②同類
「逆に、朝香は厄介オタクなら同居人にまで興味持たなかったの? 嫉妬とかされてたら困るんだけど」
ボクの言葉に朝香は「いや、実はある程度は萌歌について知ってたんだけど、コンビニで解剖したらヤバいだろうなと思って頑張ったんだよー」と笑う。解剖、ね。ボクは蛙などの実験生物か? 内心のツッコミを無視して朝香は語り出す。
「実は萌歌の居ないときに突撃したんだけど、姫、全然出てこなくて。マジで居留守。配信でも同居人のことになると約束があるからって黙りこくるし、なんかあるなとは思ってた。でも、婚約までは想像してなかったなぁ」
その言葉にボクは「じゃあ、指輪したまま配信したり、うっかり口を滑らせることはなかったんだ」と尋ねてみる。すると、朝香は「やけにガードが堅かったから、多分、凄くあなたのことが大事だったんだろうね」と笑った。嫉妬心を感じるのだが、なんと返せば良いのだろう。……聞いてみれば良いか。
「今、ボクに対してどう思っているの?」
思い切った質問に朝香は歩みを止める。ボクが振り返って朝香の方に向くと朝香は笑顔で言った。
「人生で二人目の推し。願わくば恋人にしたいくらいの! 姫を支えるだけの度胸で私も守って欲しいな?」
「とんでもない方向に暴投しやがったな、このガチ恋勢」
そう言いながら、ボクもまんざらではなかった。きっと、朝香となら詩織だって仲良くやれると思う。だって、一番の理解者である『月兎耳の母』だから。三人でやっていくのも悪くない。
「姫のことはどう思ってるの?」
補足のように尋ねると朝香は「どうせ、今回のことで二人は別れるだろうし、姫は大事だけど横取りじゃないんでぇ」と悪い笑い方をした。こいつ、乗り換える計画を隠す気が無い。「もう、姫は振られる前提なんだ」と笑いながらボクは朝香もレズなのかと悟った。まぁ、姫はレズを公言しているとは聞いているのでレズがファンでもおかしくない。未来のアイドルの妻になりたい気持ちも分からなくはないが……。
「ボクはどうなんだろうなぁ」
思わず呟いた言葉に「今後の進退です?」と勘違いした問いを朝香が投げてくれた。まさかレズか疑ってますとか言おうものなら大騒ぎだろう。「そうだね」と同調しながら危ないことをした自分を責めておく。
「別に帰るまでに決まれば良いんじゃないんすか? 私と付き合うでもよし、一人で頑張るもよし、姫とやり直すでもよし。タダ、どれも大変だと思いますよ?」
その言葉にボクは吹き出した。
「どれも辛いのかよ。楽な道はないんだ?」
ボクのツッコミに朝香は「そうっすね、私も姫ぐらいに重傷な人間なんで」と軽快に返事する。「救いがないな」と思わず呟いたら朝香は焦ったように「まぁ、本当に救いがないかは付き合ってみないと分かりませんよ」と言葉を加えた。素直すぎて逆に好感が持てる。そう思う自分も若干、彼女に毒されている気がする。
「約束で詩織の配信を見てなかったから、姫としての詩織を知らないんだけどさ。ずっと支えてくれてありがとうね」
思いのこもった言い方に朝香は苦笑しながら「お互い、保護者として大変っすよね」と笑った。これじゃあ、夫婦みたいじゃないか。それだけ詩織には手を焼いているんだけど。
「そんなことより、ご飯食いません? 私、お腹空いたっす」
そう言うと朝香は通り過ぎた方向を指さす。……話すのが楽しすぎて通り過ぎてるじゃないか。
「もっと早く言ってよ」
「いや、気づくのが遅すぎでしょ」
早くも喧嘩しそうになりながらボクたちは道を戻った。でも、なんだかんだで楽しかった。
スーパーに入店すると朝香は籠を取る。姫の話はお預けとばかりにスーパーを駆け回り始めた。
「なんか、見慣れた風景だな」
ボクは思わずそう呟く。買い物が始まると幼児のごとく楽しそうなのは姫にそっくりだ。
「何を買うの?」
ボクがそう尋ねると朝香は「まぁ、惣菜ですかね?」と言う。だが、その割には籠にキャベツが入ってるんだが。しかも、なぜか半額。
「惣菜なんだよね?」
ボクが再度確認すると朝香は「そうですねー」と言いながら半額の刺身盛り合わせを籠に入れた。それ、絶対に元値が高いやつ。朝香は絶対に買い物が分かっていない
似た人と同居しているから分かるが、半額の魅力はここまで恐ろしいのか。思わずメモに〈半額の愛〉と書き加えたほどだ。実際には高値でも半額なら手が届くってか? やかましいわ。
「多分、これぐらいっしょ」
朝香はそう呟くとレジの方に行こうとする。そんな彼女の手首をボクが掴んで制止した。
「待て、予算は?」
ボクの問いかけに「二千円ですけど?」と返す彼女。どこぞのパーティーかと言うくらいにツッコんである籠を凝視してからボクははっきりと伝えた。
「総額四千円以上も籠に入れておいて、よく言えるな」
ボクの一言に朝香は青ざめる。本当に参った人だ。
「返さなきゃ」
そう言いながら売り場に戻ろうとする朝香をボクは引き留める。これは良い教育の機会だ。
「一度、返さずに全額を見てごらん。そして、学べ。欲に負けるとこうなるって。奢るから」
何度も詩織にした教育をこうして再現することになるとは……とても悲しい。何でファンの教育までしてるんだ、ボク?
「いらっしゃいませー」
話しかけてくる店員に一言、「カードで」と言う。別に電子決済でも良いのだが、カードという言葉の方が威圧感を与えるのを知っているから、ボクはあえてカードと言った。しょげた状態でそばに居る朝香。そんな彼女へ総額が出た瞬間に指を指す。
「アーユーオーケー?」
「ノットオーケー……」
そんなやりとりをしてからボクはカードを提示してお支払いを済ませた。ただ、しょげたままで居られても困るのでボクはエコバッグを手渡す。
「荷物詰めれる?」
「適当で良いんですよね?」
「絶対順番分かってなさそう」
そんなやりとりもして詩織を見ているような時間を過ごした。本当、やってられない。ちなみに放置していたら案の定、逆ピラミッドに荷物を積むタイプの人でした。物理法則を無視しないで欲しい。