表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
等身大のアイドル  作者: 高天ガ原
第二章
7/42

第二章①正体

 コンビニ前で待ち合わせと聞いていた。ただ、服装が勤務態度から想像つかないほどに清楚なのでボクは目をひん剥いた。いかにも清純だと言わんばかりの落ち着いたコーデに空似の他人じゃないか不安で話しかけられたものじゃない。電話で確認しようとスマホを耳に当てると相手が周りを見回す。……やはり、本人らしい。

 ボクが覚悟を決めて手を振ると「あ、来てくれた! 良かったー!」などと冴木は上擦った声ではしゃぐ。ボクは思わず「まだ続けるの?」とツッコんだ。現在の態度こそは服装にピッタリだが、勤務時の印象からは落差が激しい。ボクのツッコミに対して、冴木はスンッと表情を暗くした。その上で尋ねてくる。

「こっちの方が良いんすか?」

 思わずボクは腹を抱えて笑った。仕草と服装と声……。様々な部分での不一致が甚だしい。そんなボクを見てか、冴木も笑い出した。

「いや、本当にアイドルらしくないね」

「まだアイドルになんてなってないから!」

 軽口を交わし合いながら互いに腹を探り合う。

「冴木って呼べば良いの? それとも、さおき?」

「折角なら名前で呼んでもらって良いですか、萌歌様?」

「声を上擦らせるな、かわいらしい」

「気持ち悪くなくて良かったですー」

 そこまでやりとりして、再び爆笑する。昔からの知り合いみたいなのに。そのくせ、今から自己紹介かよ。

冴木朝香さえきあさかと申しますー」

 しっかり名乗って恭しくお辞儀する朝香。ボクは苦笑しながら「え、漢字は?」と尋ねる。すると「朝の香りです」と返してきたのでボクは「どんな香りだよ」とツッコんでみた。それに対し、朝香は答え慣れたように言う。

「父曰く、新鮮で芳しい香りだそうです」

 とても気になる香りなので、ぜひ嗅いでみたい。

「ところで、なんで萌歌って知ってるの?」

 我に返った質問に「いや、姫が連呼してましたから」と朝香がツッコんでくる。それもそうか。なら、いっそのこと、アイドルらしい感じで自己紹介しようかな。

「ボク、空見萌歌そらみもえか! 脳が無いくせに病むクラゲの筆頭だよ! 能なしとは呼ばないでね!」

 朝香は「脳が無いから能なし、ってか」と大爆笑していた。よしとしよう。

「とりあえず、変にかしこまられても大変なので萌歌と呼び捨てしてください」

「いい加減に品も捨てて、そうするわー」

 そう言いながら二人で笑う。なんか、楽しかった。

「てかさ、迎えに行かなくて良かったの?」

「いや、厄介オタクに来られても……」

「そんなこと言わないでよー」

 そう言いながら朝香は唐突に手首を掴む。自傷を咎めるように強く握るので痛い。

「来るの、遅かったね」

 逮捕前の事後確認のような高圧さにボクはたじろいだ。それでも冷静に「疲れちゃってね」とはぐらす余裕はあった。だが、逃がす気は無いようで「傷物のアイドルってどうよ?」と追及してきた。言い返し様がない。

「ごめんなさい」

 ボクの謝罪を朝香は「ファンとして許しません」と切り捨てた。「いや、いつからファンになったんだよ」と笑うボクに朝香は「私の中では〈病みクラゲ〉ぅてデビュー済みよ?」などと戯ける。やめてくれ、本当にデビューしたいわけじゃないんだ。

「人生に疲れているのは伝わるんだけどねー」

 そう言いながら手首を握り直す朝香。ボクが「痛いんですけど」と言うと「なら、二度としないでください」と真剣な口調で朝香はボクを咎めた。

「反省はします」

「だけど、繰り返します、だよね?」

「分かってるね」

「私もよく使う手段だから」

 二人で笑いながら、魅力に惹かれあう。きっとボクだけでなく朝香も……。

「デートしない? 仲良くしようよ」

 唐突な誘いに朝香は「ナンパのノリだね」と苦笑した。ネタをもう一発かまさないとつまらないかもしれないな。

「行き先、どうする? どこにでも行くよ?」

 朝香は「誘うなら行き先も決めてよ」と笑った。なら、とばかりにボクがコンビニを指さして「じゃあ、ここ?」と尋ねてみる。朝香は「職場は勘弁して」と笑った。

「じゃあ、あっちで」

 ボクがいい加減な方向を指すと朝香は「うーん」と悩んだ末に言った。

「確か、そっちにはスーパーがあるよ」

 情緒もない場所だが、悪くない。ボクは「じゃあ、そこで」と笑った。初デートはスーパーって家庭的だな。まぁ、コンビニを提案したボクが言うことじゃないけど、面白い。ボクは笑いながらメモを取り出した。すると、朝香が苦笑する。

「いや、作曲家魂は認めるけど、デートって言い出したのそっちなんだからデートに集中しようよ」

「悪い、性分なんだ。嫌なら振って」

「振りません」

 同じようなやりとりをしたことがある。姫との思い出がうずくから、ボクは手首を握った。……痛い。痛いけど、楽になれない。

「今回のことで姫の株は暴落しましたし、私は今、あなた寄りの人間ですよ?」

 励ますように言われても気分は複雑だが、ボクは「ありがとう」の一言で話題を流した。頑張った方だと思う。メモを終えたボクに、朝香はにやけながら尋ねてくる。

「で、どうなんです? 姫とのデートは楽しい? どんなところに行くの?」

 困るような質問だ。「楽しいけどお家デートばっかりとか言えない」。

「言っちゃってますねー」

 大笑いする朝香にボクは事情を話した。

「いやさ、姫は出不精で外出に興味ないのよ。マジで、取材旅行とか言って連れ出さないと外にも行かない。お買い物って言うと留守番してるねーって言われちゃうし、遠出をすると寂しがってごねる。挙げ句の果てには追いかけてきて泣き喚くし、扱いが難しいの。お医者さんは大嫌いで、酒を手放さないし、買い物を始めたら止まらない。凄く困る」

 詩織と決めたルールを思い切り違反しているが指摘する気はないようだ。ボクの愚痴に「だろうね。あの子、中学生から散財癖があるもん」と朝香は返す。「最古参は知ってることのレベルが違ったー」と笑うと「曰く、彼女の親はアイドルだそうで」と言いながら指で四角い形を示した。まさか。

「ゴールドらしいよ。配信で一瞬だけ見せたときがある」

「ボクすら見たことないんだけど」

 そんなやりとりの中で番号とかセキュリティーコードを公開しなかった詩織を褒めた。あの子ならやりかねない。「え、お金に困ってるなら使って良いよー」とかやりそう。一回も金欠な状況を生まなかったボクが凄いんだけど。

「気がついたらなんか物が増えてることあるから、独自でお金を稼いでるのは分かってたけど親の金だったのかー」

 ボクの呟きに朝香は「配信じゃ大した金になってないと思うから、そうだろうね」と返す。残念なことを聞いた。「え、ちなみに、姫はメモに対して何も言わないの?」と朝香が尋ねてくるが、ボクは「全く同じやりとりをして、振らないって言わせたので二回目はありませんでした」と返して次を言わせない。深く掘られるとボクじゃなくて詩織のボロが出まくる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ