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等身大のアイドル  作者: 高天ガ原
第一章
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第一章④砂糖も煮詰めると苦くなる

「何を考えてるの?」

 陽気に問いかけてくる詩織にボクは「頭が痛くなるような帳尻合わせ」と暗く答える。「あたし、今、甘えたい気分!」と頬ずりしてくるが、ボクはうつろな目をして「本当に気分屋だね……」としか答えられなかった。ボクなりに頑張っている方だと思う。

 明日はお休みだから、ビールや野菜を買いに行かねば。さもなければ詩織が暴れる。拒食ならマシな方で、泣き喚かれでもすれば感情労働で休日が終わってしまう。……待って、給料日までまだ半月もあるじゃないか。お金的に苦しい。

 ぼーっとしている間にボクから荷物を取り上げてコンビニの袋を漁り始める詩織。プリンを見つけるのは良いが、はちみつレモンティーまで開けようとしてるのは困る。それはボクのだ。

「ちょ、ボクが……」

 再起動を終えて声をかけた頃には、詩織がもうペットボトルに口をつけていた。あーあ。やられた。

「おいしいよ?」

 嬉しそうに詩織は尋ねてもいない感想を述べてくれる。「そーでござんすか」以上の返事がない。もう飲まれてしまったのは仕方ないとして、一口だけでも残してくれれば良いのだが。素直に手渡してくれないと知りつつも、ボクはペットボトルを奪い取ろうとした。すると、詩織は「お」と言葉を漏らしつつ、素直にペットボトルを譲ってくれるじゃないか。また良からぬことでも企んでいそうだが、ボクは愚直にペットボトルへ口を付ける。ゴクッ、と一口だけ呷れば安くなっていた割には満足できる甘さが口に広がる。

「うまっ」

 ボクが漏らした呟きに詩織は「おいしいでしょ、あたしとの間接キス」と茶化す。そんなことを気にしていたのか。かわいらしくて意地悪したくなるじゃないか。

「間接じゃなくてもキスするのに」

 ボクの悪乗りに詩織は嬉しそうに目をつむった。しまった、キスをする流れを作られてしまった。甘えん坊の策に嵌まったようだ。今更になって取り消しても面倒なことになるのでボクは頬にキスをする。

「それは違う、やり直し」

 詩織が不満そうに睨みつけてく。仕方なしにボクは唇へキスをしたが、それでも機嫌は損ねたようだ。口をとがらせて詩織は糾弾してくる。

「もっと間接キスに敏感になってよ! 他の子としたら許さないよ?」

 必死すぎてボクは思わず苦笑してしまった。それを見て「笑い事じゃないよ」と詩織は手を掴んでくる。あー、これはちゃんと言わないと場が収まらないぞ。

「ボク達、婚約してるんだから信じてよ。この世に好きな女の子なんて詩織しかいないよ。大丈夫」

 ボクが指輪を見せつけながら諭すと、詩織は少し落ち着いたようだ。証拠とばかりに無言でキスをしてあげると詩織の頬がとろけた。窮地は脱しただろうか。

「あたしねー、お酒に嫌われているのー」

 上機嫌に詩織が戯けた。気は収まったのかも知れないが、甘やかしすぎたようだ。

「そんなことを言っていたら、ボクはどうなっちゃうのよ。ボクなんてサワーさえ水で割らないといけないレベルの下戸よ?」

 ボクの問いに詩織は「きっと前世からの宿敵だね」と即答した。あまりにも反応が良かったので、日頃から酒に対して失礼とでも思われていたのかもしれない。

「まぁ、知らない前世のことは謝れないね」

 ボクの言葉に詩織は「水割りをやめれば?」と返す。そんなことをしてしまったら一口目で吐くので余計に失礼だと思うのだが。そう思ったボクは興味本位で「ウイスキーをロックで飲まない人についてどう思う?」と尋ねてみた。すると、詩織は「酒の少ない時代で生き直せって思う。酒の少ない時代なら許されるでしょう」と暴論を述べる。これ以上、酒の話をすると割ってもいないお酒を飲まされそうだ。話題を変えよう。

「そういえばさ、さっきの投稿、どうだった? かみさまのなぞなぞ」

 何気なくすり替えた話題に、思ったよりすんなりと詩織は食いついた。

「良かったと思う。次は壮大なテーマにするんだーと思って楽しみになった」

「実は、あれってアイドルを指した投稿なんだよ」

 ボクが合いの手のように言った台詞がかなり辛かったらしい。いきなり詩織のテンションが墜落した。

「そうだよね、アイドルだよね……」

 あからさまに声のトーンを落とす詩織。ボクは思わず抱きしめてしまった。

「一体、何があった!?」

 思わず尋ねたくなる変容ぶりにボクは困惑するが、詩織はそんなボクをじろじろと眺めるだけだった。

「……やっぱり、萌歌もえかがアイドルになるべきだよ」

 やっと喋ったと思えば、しみじみとした口調で恐ろしい発言をしやがる。本名を呼ぶことさえ少ない詩織がボクを名指しでアイドルに、だなんて。冗談だとしても笑えない。

「ボクがアイドルなんて無理だよ。アイドル志望なら分かるでしょう?」

「アイドル志望だからこそ、分かるんだよ。萌歌なら出来てしまうって。だって『宿命』っていうヒット曲を作った『病みクラゲ』先生で、あたしの惚れるようなかわいい女の子なんだもん」

 本心のように馬鹿げたことを言う詩織にボクは「いやいやいや」と否定を重ねる。だが、詩織は止まらない。

「萌歌。いや『病みクラゲ』先生。あなたなら。あたし、月兎耳姫と違って王道を往けるでしょう?」

 あまりにも心酔しきった言葉にボクは待ったをかける。

「ボクじゃなくて『仙人掌』が凄いんだよ。現に、フリーの作曲家ごときに注目している人なんて居ないじゃないか」

 ボクの言葉に「謙遜しちゃって。いくら良いアーティストでも歌が悪ければ、ファンは動かないよ」と詩織が反論する。何だろう、この空気。凄く嫌だ。そう思っていると、詩織が机の前の丸椅子に座った。詩織が真剣な話をする時の定位置だ。まさか……。

「アイドルを諦めるの……?」

 ボクの問いに詩織は否定も肯定もしない。

「萌歌はさ、小っこくて巨乳でかわいいから絶対に売れるの。曲も作れて、内面も惚れるほど素敵で音楽に情熱的。あたしはさ、クール系と称しただけのガリガリな酒カス。話にならないよ。顔は悪くないかもしれないし、親の教育のおかげでボイトレとかは欠かしてない。けど、それくらいしか勝負できることがない」

 そう言いながらうつむいていく詩織。ボクは思わず見ていられなくなった。

「そんな自己否定なんてさ、お酒で逃げちゃいなよ」

 ボクは段ボールに駆け寄ってロング缶のビールを一本取り出す。落ち込む彼女への対処をボクはこれしか知らない。だから、手を伸ばして欲しい。

「あたしにそのビールを受け取る権利はないよ」

 詩織は落ち込んだままだった。いつもの明るさが戻ってこない。ボクは不安になりながら「何か隠してる?」と尋ねる。その問いに詩織は「アイドルって隠す生き物だよ」と返した。何だ、アイドルは諦めてないじゃん。「アイドル以前に人は嘘をつくものだけどね」とボクは安心しきって口にする。すると、詩織は泣き出した。

「そうなの、あたしはアイドル以前の問題で、嘘が下手なの! あたしはヒトとしても不完全なの!」

 思わず困惑するボクを置き去りにして、詩織は叫び続ける。

「あたし、アイドルを目指してた! だから、大事なところは全部隠そうとした! そのせいで全部がぐちゃぐちゃ!」

 ヒステリックに叫ぶ詩織をボクは見つめることしか出来なかった。

「あたしは萌歌の前だけでも良いから、アイドルで居たかった。だから、萌歌にはあたしを全力で隠してた。ただ、ネット上にはアイドルで居るのが無理なくらいに情報が晒されていて、あたしが今更、取り繕おうとしても、あたしの底を見透かされるのは時間の問題だった。このままじゃ、萌歌にさえ幻滅されるって思ったら怖かった……!」

 そう言いながら壁に貼ってある二人のルールを指さす。

「あたしは約束を守ってるつもりだった。でも、お昼、誘導されるように萌歌のことを尋問されてしまった。あたしが言い出さなくても、萌歌はアイドル志望の婚約者だって晒されてたのがショックだった。〈病みクラゲ〉って正体こそばれていなかったけど、炎上していないのは、あたしががマイナーなおかげだって悟った」

 凄く重大なことを言っている気がするが、理解する余裕がなかった。狂乱状態の詩織を落ち着かせる方がボクには重要だった。

「あたしなんて、どうでも良いからさ。まずは……」

「良くないよ! 今までの努力が無駄だったんだよ? 萌歌のアイドルで居るために深くまで踏み込ませなかったのにさ。お互いに抱え込んだのにさ! あたしは萌歌の前ですらさ、アイドルで居れないなら死にたくて……」

 詩織の感情があまりにも乱高下する衝撃がボクさえもを不安にしていた。

「隠し事なんて無しにしてさ、一からやり直せば……」

「マイナスからしかやり直せないよ! あたしがバカだから!」

「でもさ、詩織は……」

「今だって、あたしは卑怯なことをしている! あたし、今、配信しているの! 萌歌が家の前にいる時からずっと!」

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