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等身大のアイドル  作者: 高天ガ原
第三章
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第七章④応援

 応接室を出ると、詩織が近くまで来ていた。

「どうしたの、萌歌。疲れちゃった?」

 そう尋ねる詩織にボクは「いや、雅さんと密談を」とだけ言う。それを聞いた詩織は「なんか悪巧みしてるでしょう?」と苦笑した。まぁ、悪巧みではあるが害は出ないだろう。ボクは「きっと違うよ」とだけ言うと詩織の頭を撫でる。そんなボクに詩織は抱きついた。甘えん坊だな。

「姫、萌歌と別れたんだね」

 そう呟く詩織にボクは「そうだね」とだけ返す。少し詩織も弱音を吐きたい頃合いだろう。付き合うか。

「あたし、萌歌を愛せてなかった。愛されていても気づけてなかったし、今まで何も出来てなかった」

 一気にネガティブになる詩織に「わたくし、は?」とだけ尋ねる。それに対し、詩織は「今は萌歌しかいないもん。今のあたしはアイドルじゃない」と言う。まぁ、いいけどさ。

「あたしはさ、愛されるためにアイドルになるって決めたけど、もっと愛す練習をしなきゃって思った。真正面から他人を受け止めて、他人の愛に応えなきゃって思った」

「そっ……か」

 詩織がボクからちゃんと自立したことを感じて少し寂しくなった。けど、これがボクの望みだったじゃないか。

「あたし、これでいいよね?」

 そう尋ねる詩織にボクはしっかりという。

「肯定も否定もしない。肯定したら詩織は盲目的にアイドルを目指すだろうし、否定すれば詩織は道を見失うから。あくまで、見えている道を進めば良い。見えなくなったら、安全を確認しながら進めば良い。それで十分」

 ボクの言葉に詩織は「わかった」とだけ答えた。その上で詩織はボクに尋ねる。

「あたし、新しい名前が欲しい。萌歌に決めて欲しい」

 ボクは苦笑する。ボク、か……。思わず「朝香の方が……」と言うが、詩織は「ダメ。朝香はファンだから」と言う。ボクもファンみたいなものだけどな。まぁ、いいや。ボクで良いならボクがつけよう。

「じゃあ、姫だけど姫じゃない名前をつけよう。例えば、きさきとかどう?」

 ボクの言葉に詩織は「姫の方がしっくりくるなー」と答える。そうか、なら、こうしよう。

「じゃあ、ウサギの月のお妃様ってことにして、兎月妃トゲッピにしよう。ただ、お妃様になっても、まだ、お姫様の感覚が忘れられないって設定にすれば良いと思う」

「いいね」

 そう笑う詩織を見ながら、ボクは「トゲッピ、か。我ながらかわいい名付けだな」と呟く。まぁ、センスは悪くはない方だと信じたい。少なくとも姫から格上げできたし、良いんじゃないだろうか。

 詩織はまだ、月の人だろう。でも、いずれ、ボクが居なくなっても良くなったら、月も要らないような立派な人間として歩んで欲しいと思う。そう思っていると、詩織が呟いた。

「やっぱりあたしには月が必要だよね。むしろ、月を失ったらあたしじゃなくなっちゃう。あくまで、あたしは月と地球を比べて『どっちも最高』って笑っていたいな」

「ねぇ、心を読まないでよ」

 ボクの言葉に、詩織は「時々、口から漏れているよ?」と注意する。自覚がなかった。

「月に帰ってきても、何もないからね。忘れ物なんてしていません。二度と帰ってこないでください。迎えなんて送ってやらない」

 ボクがすねたようにそう言うと詩織は「大丈夫、あたしは月を眺めながら朝香と一緒に居るから」と笑った。あぁ……辛いな。

「先に行ってて。ちょっと泣きたい」

 その言葉に詩織は頷く。そして、廊下にうずくまるとボクはひっそりと泣いた。そんなボクの横を雅さんは何も言わずに通り過ぎていった。


 前と同様に居間で食事を取ることになった。大きな机を囲んで皆で食事を取る。主食はもちろん赤飯だ。おかずはちゃんと自分たちで料理した食べ物になっている。ボクも十分に泣いてから料理に参加した。楽しかった。

「一週間後に向けて頑張りなさい」

 そう言いながら雅さんは箸を取る。今回もいただきますを言わないようだ。ボクも流れに沿って箸を取る中、詩織はしっかりと手を合わせて「いただきます」と呟く。異文化の中でも日本人らしく居られるのは良いことだと思うぞ。そんな中、夕香が切り出す。

「それで、一週間後に向けてのプランはあるの?」

 その言葉を待っていたとばかりに詩織が「なんと、デビュー曲の構想が立ちました!」と発表する。ボクは「マジか」と呟きながら食事の手を止めてパソコンを手に取る。いきなり発表の話をするとは思ってなかった。

「まさか、もう出来てるの? 元々、完成していた曲を使うの?」

 そう尋ねる夕香に「数時間で形だけ作りました」とボクが答える。そんなボクに対し、雅さんが「鬼気迫る勢いだな」と感嘆した。本当、神がかった領域だと思います、ボクも。

「なぁ、でも、発表して良いのか?」

 朝香がそう尋ねる。流れに乗っていたボクは手を止めた。確かに。デビュー曲を今、発表するのは違うか。

「ファンには期待させて待たせるものだろう?」

 朝香がにやりと笑った。そうだな、そうしておくか。

「って、お姉ちゃんもファンでしょ。アイドルじゃない!」

 その言葉にみんなで笑う。そうだよな、朝香の立ち位置は異色だ。でも、居ないと困るから逃がさないぞ。

「帰ったら会議だね」

 そう笑う詩織に朝香は「とりあえず、萌歌を寝かせてくれよ」と苦笑する。それを聞いて、ふとあくびが出る。徹夜二日目なのをボクも忘れかけていた。

「じゃあ、明日の朝かな。夜は詩織達に寝てもらいたいし」

 そう言いながらボクは食事に戻る。そんなボクに対して詩織が脇をつつく。

「無理しすぎないでね」

 詩織の言葉にボクは「さっき、無理させようとしてたでしょう?」と笑って返す。ただ、確信を持った。今の詩織が歌うなら『等身大のアイドル』は絶対に光る。……歌詞の変更が必要な部分もあるけどね。

 太陽系のような壮大さを持つ曲に汚れのない人間くささを追加する、か……。難しいけど楽しいな。そんなことを思って、朝香の方を見ると朝香も朝香で「コンセプトの変更、構成の変更……」などと呟いている。やる気になっちゃうよね。

 そんなボク達を見てか、朝香の母親は苦笑する。

「さっさとご飯を食べて、基地に帰りなさい。家事は私や夕香がやりに行くわ。だから、全力でやってらっしゃい」

 ありがたい提案に思わずボクは手を合わせて「感謝します!」と叫ぶ。かなり楽になった。買い物に行く時間とか考えたら大変だったんだ。それこそ、詩織と朝香のペアで買い物に行かせたら財布から涙が出そう。カードなんて使わせたら怖くて仕方ない。

 玄関先でボク達は頭を下げる。ちなみに残念ながら、詩織はトイレで嘔吐したらしい。口に指をツッコむのはやめて欲しいんだが、彼女なりに理由のある行動なんだと諦めている。徐々に少しずつ吐かずに済ませることを覚えてもらうしかないのだが、まぁ、それはボクの役目じゃない。朝香に任せるとしよう。

 家事をしてくれると言ってくれたのにも関わらず「いーや、持って行け」と雅さんが引かなかったので、一人につきトランクケースを二つ、持たされることになった。中身は言わずもがな、レトルト食品や無洗米だ。一週間どころか二ヶ月くらい過ごせそうな気がする。キャリーバッグからは純粋な重量だけでなく、愛の重さも感じた。

「姫、お姉ちゃんを頼むね」

 夕香が家族を代表して詩織に声をかける。そんな夕香に対して、詩織は「むしろ、これからお世話になる側だから」と笑った。まぁ、でも、詩織が頼もしくなるのは遅くないと思う。そんなことを思うボクに夕香は「家族全員で応援してます」と声をかけた。

「サイン、大事にしてよね」

 ボクは茶化すようにそう告げる。ちなみに詩織のサインはちゃんと夕香達の前で書かせた。最後の最後まで迷った末に、詩織はボクに漢字を聞きながら「兎月妃」とシンプルに漢字で書いて簡単なウサギのマークをつけた。彼女らしいサインだったと思う。

「部屋で大事に並べて拝んでおきますから」

 そう笑う夕香にボクは苦笑する。本当に偉大なアイドルになるまで拝まなくて良いんだぞ? まぁ、良いけど。

「まぁ、お姉ちゃんは言うことないね」

 雑に締めようとする夕香に朝香は「冷たいねー」と口を尖らせる。すると、夕香は頬を緩めた。

「だってさ、お姉ちゃんはお姉ちゃんだもん。私の愛するお姉ちゃん。妹として全肯定するから、やりたいようにやってきて欲しい」

 思わずボクは「おぉ」と声を漏らす。見事なシスコンぶりにちょっと感動した。詩織もどこか優しい目で見ている。朝香は照れるように「ま、まぁ。大事な妹の思いは受け取ったよ」とだけ答えた。一人っ子のボクには分からないが、姉妹って良いな。

「それじゃあ、お暇しようか」

 詩織がそう締めるのでボクは頭を下げる。朝香も夕香に手を振った。

「じゃあ、頑張ってきます」

 ボクはそう言うと門に向かって歩き出した。詩織も「またね」と言いながらボクに着いてくる。朝香は無言で夕香を見つめた後、頷いて歩き出した。まぁ、良い門出だと思う。

 ここからが本番だ。ボク達はデスマーチに向けて走り出さないといけない。


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