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等身大のアイドル  作者: 高天ガ原
第三章
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第六章④半神半人

 エレベーターが地上に着いてから、詩織は思い出したように「そういえば、まだ、萌歌のご両親に今までのことを話してないよね」と尋ねてくる。それを聞いて朝香が「そっか、私は今からだし、姫は言ったもんね」と呟く。それを聞いたボクは二人で話させるチャンスだと思って「電話するからしばらく離れてて」と言った。それを聞いた朝香が詩織の手を引く。これで、二人きりで話してくれるだろう。

 ボクは二人に「よろしくー」と言いつつ、スマホを操作して電話帳を開いた。だけど、家族か……。嫌だな。

 ボクはそう思いながらも、離れていく二人を見ながら〈パパ〉へ電話をかけてみる。すると、数回の呼び出しの末に電子音声が留守電の案内を始めた。仕事中だろうか。

「もしもし、パパ。萌歌です。連絡しなくてごめんね。連絡しないくらいにはなんとかやれていたよ。だけど、連絡しないといけなくなった。ボク、恋人と別れたけど、恋人とアイドルを目指すことになった。大事な一人娘が馬鹿なことをやっていること、許してください。いつか恩返しします。ママにはボクから言っておく。じゃあね。いつもありがとう。」

 ボクはそう言って電話を切ると、すぐに電話帳を開きなおす。

「ママ……」

 そう呟くボクの複雑な心中がため息として漏れた。何をどう言えば良いのか分からない。でもな……。

 悩みながらも、ボクはは通話を選択した。そして、“いつものように”呼び出し音も聞こえないうちから、話し始めた。

「もしもし、ママ? ボクは元気。天国はどう?」

 そんなボクの言葉に無機質な音声が「現在、使われていない……」とアナウンスする。知ってるよ、バカ。

「死ぬ直前に合わせた詩織とは別れちゃった。次の恋はないかな。どうせ、次の恋人が出来ても合わせることは出来ないけど、詩織は大事な人だからお母さんも忘れないでね。忘れることも出来ないか。死んじゃったし」

 ボクの皮肉を聞かずに電話は切れてしまった。分かりきった結果だが、ボクは言葉を続ける。

「いつか、会うときには、ボク、アイドルになってるかもしれない。しかも、神様みたいな偉大なアイドル。絶対に褒めてよね。ボク、褒めてくれたママが大好きなの」

 そう言いながらボクは涙を流す。

「ママは一般人のくせにさ、ボクを全肯定してくれる神なんだよ。アイドルなんだよ。憧れてた。だから、ボクもママみたいな全肯定をする静かなお月様になるの。クレーターだらけでボコボコでも愛されてくるからね。それでね」

 溢れてくる言葉を枯らさずに喋る。

「ボクは、絶対にママみたいな死に方はしないから。狂うくらいの困難があっても生き抜くし、老いても、死んでも語られるような神話になるの」

 ボクの声が震える。おかしいな。徹夜明けだから感情が死にかけているはずなのだが、感情が出てきている。

「ママみたいに自分を曲げてまで他人は肯定しない。だからって、否定もしない」

 静かに呟くとボクは詩織と朝香を見た。あぁ、楽しそうだ。ボクも向こう側に行かなくちゃ。

「ボクは顔の無いようなシンボルになるんだ。居ないといけないけど、居なくなっても惜しまれるような最高のアイドルになるの」

 ボクはそこまで言うと力なくしゃがみ込んでしまう。二人に悟られまいと立ち上がろうとするけど、足に力が入らなかった。これは……限界が近いかもしれない。感情が強く出そうだ。

「もう、いいか……。朝香がいるから」

 ボクはそう呟いた。異変を察した朝香がボクをじっと見つめている。けど、さ。もう、無理だよ。頑張ったよ。

「なんで娘が恋人に母親の死を隠さないといけないの! ねぇ、ママ!」

 ボクの叫びを聞いた二人が駆けてくる。心配になるよね。分かってる。ごめん。二人を手で制して押しとどめようと思ったけど、手を上げるのも辛かった。ボクは地面に座り込む。

「ボクはさ。……自殺なんてしないんだよ。誰にもさせないから見ててよね……」

 ボクはそうとだけ呟くと、投げ捨てるようにスマホを持つ手を下げた。空を見上げたけど、空にママが居るかは分からない。もしかしたら、地獄にいるかもしれないし。そう思いながら、ボクが目をつぶろうとすると朝香がボクをのぞき込んだ。

「……頑張ったんだね」

 朝香の呟きに、ボクは一言だけ「悪い」と返す。それに対し、朝香は「耐えてきたことが悪いわけ無いでしょ」と言った。そうだよね、本来は言わないといけないだよね。ボクのやり方は正統じゃない。

「本当はさ。ママが死んだの、抱えきれなかったんだよね。ママの欠けた生活を埋めるように詩織に依存した。詩織が酷いことをしたから、朝香に逃げようとした。でも、ボクには恋愛感情なんて無い」

 二波目の涙が襲って来そうなボクを詩織が慰める。

「お父さんは生きてるの?」

 その言葉にボクは「もう、電話した」と言う。それを聞いた詩織は「そっか」とだけ言った。話した、と言わなかったことだけで理解してくれたのだろう。父親は死んじゃ居ないが何もかもに無関心になってしまった。

「詩織には隠し通さないといけないって思ったから、葬式にすら行けなかった。事故死だったら、まだ詩織に言えたんだけどね。身近に自殺した人が居ることを知ると、詩織まで死にそうで怖かった」

 ボクの静かな自白に詩織はうつむく。そんな彼女の気持ちを代弁するように朝香は強い口調で言った。

「言わなくても良いけど、言っても平気だったよ、多分。詩織は残された人の気持ちが分かるはずだから」

 その言葉にボクは「なんで?」って尋ねる。それに対して、朝香は「逆に分からないって思ったの?」と返す。

 そうだね。逆に分からないはずがないよね。でも、ボクは……。

「詩織がまだ、死ぬことを身近に感じていないとおもっているから、だね。だから、死なないんだと思ってる。死ぬことが身近になったときに死なずに居られるか、ボクは詩織を信じられない」

 その言葉を朝香は鼻で笑った。

「それでコンビなんて言ってられるの? 信じてあげなよ。それとも詩織の敵として薙ぎ倒そうか? どうせ、トイレで聞いていたんでしょう?」

 その言葉にボクは何も言えなかった。……そうだよね、ボクなんかが詩織の味方なんて。

「黙り込むな! 本気になるんじゃねえよ! 意地でも味方だって言い張れよ! やめてくれよ! 私は詩織が泣くところを見たくないんだ!」

 本気の説教にボクは何も言えなかった。

「あの子、親に子供と認められないで生きてきたんだよ? 取り残された気持ちが分からないわけがない」

 その言葉にボクは頷けなかった。もう、誰かが死ぬのは嫌だったから。

「そうやって一人で抱えて生きていくつもりだったんだって聞く詩織の気持ちを考えろよ! 私たちを大切にすることでしか自分を慰められないくらいに辛いのに! そんな萌歌を救えない詩織の気持ちは分かるだろう?」

 言い返す言葉が無い。

「詩織のことを信頼できないって言いやがってさ。あれだけ詩織を大事にしておきながら、一番大事な自分をさらけ出すのを怖がってる。……本当、何をやってるんだよ!」

 そうやって感情的に訴える朝香がたまらなく憎い。感情的に訴えても、感情は色褪せてしまうんだ。そうじゃなきゃ、ボクが死ぬなと訴え続けてきたのに、姫が死のうとするのが理解できない。

「なぁ、何か言えよ!」

 そう叫ぶ朝香にボクは「詩織を頼むわ」とだけ言った。そんなボクの手を詩織は握った。

「ねぇ、萌歌。怖かったよね」

 その言葉にボクはうつむく。返す言葉もない。

「また、大事な人を失うのは嫌だもんね。怖かったよね」

 目でもう話すなと訴えたが詩織は無視した。

「でもね、失うことを恐れていたら進めないよ」

「だから?」

 静かに言い返したボクの頭を詩織は撫でる。反抗期ですらない何かの中でもがくボクを救うように詩織は告げた。

「あたしと進むんでしょ? アイドルの道を」

 その言葉にボクは頷けなかった。

「何でも受け入れる遺伝子はあるけどさ、結局、ママの死は受け入れることができなかった」

 そんなボクの呟きを朝香が笑い飛ばす。

「人間がなる神様って半神半人デミゴッドっていうけどさ、結局、半分しか神様になれないんだよ。無理するな」

 朝香の言葉にボクは苦笑する。

「親がさ、何でも許してくれるから、何をしても見捨てられないって油断してたボクが悪いんだけどね。でも、いざ、失ってみるとボクは……」

「萌歌!」

 詩織が叫ぶ。その声にボクは言葉を止めた。そんなボクに朝香が冷静に言う。

「今、凄く萌歌は死にそうな顔してる。死に神として危ないって感じた」

 ボクは「いきなりキャラを挟むな」とツッコむが、辛いのは変わらない。そんなボクの手を片方が朝香が、片方は詩織が掴む。

「……行くよ。逃がさないから。今の萌歌を置いていけるはずがない」

「姫だって同じだよ。だから、ちゃんと行こう」

 そんな二人に連行されるボクは静かに息を吐く。情けない。

「アイドル、か」

 昨日の夕方、アイドルになれるわけがないと呟いた時とは状況が全く違うのに。ボクはアイドルになれる気がしなかった。

「アイドルなんですよ」

 そう答えるボクの手首を指で撫でる朝香。この世に癒えなくて良い怪我なんて無い。死なない限り、時に従って傷は塞がる。傷を残すには酷い怪我をして痕にするか、傷つけ直すしかない。経験値である傷や跡を否定してはいけないと思っているが、それでも、傷ついていない頃に戻りたいと思う。

「ねぇ、アイドルって何だと思う?」

 詩織が唐突に尋ねたが、ボクはその問いを未来で答えられるだろうか。今、ボクは……。

「答えられない。ボクにはアイドルの理想が見えていない」

 そんな言葉に朝香が「嘘だ」と笑う。そんな朝香に続くように詩織は「ママが居るでしょ」と言う。

「……そうだね。答えは沙織に聞こうか」

 ボクはそんなことを言いつつ、前を向く。沙織に会うまでは死ねない。ボクの答えはきっと沙織が知っている。

「ねぇ、切っちゃダメ? 今なら首でも切れる気がする」

 ボクの言葉に朝香が「バカ言ってるんじゃないよ」と怒る。怒ってくれる人が居るだけ幸せか。……ボクの人生は全肯定されてばっかりで、怒られもしなかったし。

 今の月は新月だ。地球から見えないけど、確かに存在する。昨日の夜まで満月だったはずの愛が新月になるまでの濃密な時間を思い出しつつ、ボクは二人と歩いた。ちょうど今頃、見えない月は天頂に居る。


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