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等身大のアイドル  作者: 高天ガ原
第一章
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第一章③憧れと同居人

「あー、もう。やめやめ」

 頭を振りながらボクはエコバッグからシュークリームを取り出す。そして、行儀悪いと知りながらも袋を開封してポケットにゴミを突っ込む。片手でスマホを操作して適当に自分のライブラリから音楽を流すと、甘い声が流れ始めた。

「……月宮沙織つきみやさおり

 かぶりついたシュークリームの味が際立つ声。ボクが中学時代を捧げ、詩織が目標とし続けているアイドルだ。結婚もせずに現役を続ける彼女は追いかけられる偶像としての究極系だった。

「絶対にボクの曲を歌わせるんだから」

 宣言と共にシュークリームの残りを口へ押し込むボク。少し気分が上がってきた。暗黒時代の救世主は今も健在である。二口でシュークリームを平らげたせいで暴力的に口の中は甘いが、これぐらいじゃないと甘い言葉は囁けない。ボクは意気込むようにスマホを取り出した。

 電源をつけると、ロック画面に月宮沙織が浮かび上がる。そして、認証を突破すればボクたちがホーム画面で笑う構成になっていて、沙織の次を行く詩織をボクが支える感じが好きだ。

「頑張らなくちゃ」

 ボクはそう呟いてからSNSを開いて投稿画面にする。湧いてくるアイデアを下書きにメモするのは習慣だ。

「いい加減に、アイドルをテーマにしてみても良いかな」

 そう呟きながらボクは〈宗教的なアイドル崇拝〉と書き留める。今まで実力不足と断じて避けてきたが、勝負できるだろうか。

「宗教、虚像、アイドル……〈宗教界のアイドル・キリスト〉……。」

 アパートのエレベーターを操作しながらボクはブツブツと呟く。アイドルの持つ偶像としての揺らぎや影響力の大きさ、抱く夢の儚さ。大袈裟かつ魅力的で力強い響き。部屋の前に着いてもしばらく部屋に入らなかった。詩織に邪魔されるのが嫌なくらいに今日は思考の回転が良い。

 そうやって没頭しているうちに、気づいたら門限の五分前になっていた。スマホのアラームが鳴らなければ忘れ去っていただろう。


「これでいいか……?」

 ボクはそう呟きつつ、アイデアを投稿する。

〈大きい理想を響かす宗教・世界を変える四文字の虚像・願いは平和で姿は人間・世界を揺るがすブームの中心〉

 なぞなぞ風味のラップになっている気がするけど、叩き台としては十分だ。何回か読み返して満足してから、家に入ろうとすると通知が入った。

〈かみさま〉

 月兎耳姫のコメントだ。確かに四文字だが、読みは浅いな。

「ただいまー!」

 そう言いながらボクが扉を開けると既に目の前で詩織が待ち構えていた。

「おーかーえーりー! いつまで家の前で考え込むかと思って待ちくたびれたよ」

 そう言いながら抱きついてくる彼女が酒臭い。ボクの意識が現実を認識した。

「待って、詩織。絶対に飲み過ぎ。臭い」

 口で拒みながらもボクは詩織を抱き返す。いつもこうだ。ボクが幸せな時には詩織が酒に逃げている。一人にしたときに限らず、二人でデートしたときも彼女はボクを肴にして酒を飲む。貴重なシラフの時に大事な話をしようとしても詩織はゲッソリしていて死にそうだ。そのせいか、酒の匂いを嗅ぐだけでボクは辛そうな詩織を連想するようになってしまった。お酒はスカッとするが嫌いだ。

「そんなに飲んでないよー?」

 呂律が回っていない詩織に苦笑しつつ、ボクは玄関先で部屋の様子を確認する。奥のテーブルの上にスタンドで固定したスマホと空き缶らしきロング缶が三本、台所にもロング缶が二本。ストックの段ボールが開いているので、少なくとも冷蔵庫に入れた五本以上の缶を開けているだろう。通常は五本で済むところを超えたとは思っていた以上に荒れたらしい。

「ボクが働いている間に何があったのよ……」

 ボクの呟きに「おいしかったよー?」と詩織はとぼける。この酔い方では若干厳しいと分かりつつ「吐かないでねー」と言いながら詩織を持ち上げてみる。「おえーっ」とふざけはするが本当に吐くわけではないので最悪な飲み方をしてはいないようだ。ボクは足だけで靴を脱ぐと、詩織を持ち上げた状態で部屋を進んだ。

 詩織はボクより身長が圧倒的に高いのに体重が同じくらいだから嫌になってしまう。嫌な意味で彼女は軽い。こんな酷い生活をしているのにガリガリなのは、少量の食事で満足する上に嘔吐癖がついているからだ。ボクなんかよりもローエネルギーで動けるコスパの良さは羨ましささえ覚える。

 ベッドに詩織を下ろしてみるが、詩織は抱きついたまま離れようとしない。きっと、このままボクを抱き締めて寝るつもりだろう。だが、ボクはまだお風呂にすら入っていないから寝るわけにはいかない。全力で体重をかけてくる詩織に逆らいながらボクは「寝ないよ」と伝える。しかし、「いーやー」と騒ぐのでボクは一度だけ詩織に体を預けた。

 ボクを抱いて寝れることが嬉しいのか「えへへ」とはにかむ詩織にボクは耳元で「離して」と囁く。彼女は耳が弱点なので囁かれると力が緩む……はずなんだが。彼女はますますボクを抱きしめる。

「今日は絶対に離さない」

「待って、苦しい。苦しい……」

 思い切りボクを自分の胸に押しつける詩織にヤバい予感がした。少し無理矢理なことをしてでも抜け出さないと本気で絞め殺されそうだ。

「ねぇ、詩織」

 詩織の耳元で囁き直すボクに「なーに?」と嬉しそうな返事が。正攻法で「愛してくれているのは分かったから離して?」とボクは尋ねてみるが、答えはやはり「だーめ」と甘えた声だった。なら、仕方ないが強攻策だ。

「愛してるよ。だから……」

 ボクはそう言って言葉をため込む。愛の告白を期待して、詩織の神経が耳に集中しただろう瞬間を狙う。……今だ。

「わっ!」

 叫んだ。鼓膜を破らない程度の大きさで思い切り。詩織が思わず怯んだ瞬間にボクは立ち上がって、ゴミ箱や冷蔵庫の確認を始める。ゴミ箱に入っている空き缶は一本だけだった。冷蔵庫からは予想通りビールがすっかりなくなっていた。ついでとばかりにチェックすると、昼食はキャベツ半玉とにんじん一本だけらしい。肉も減っていないし、この感じだと野菜炒めにさえしていないだろう。タイマーをかけておいた炊飯器には何時間も保温した状態で白米が残っている。一合しか炊いていないが色的に食べたくない。嫌な予感がして再度、冷蔵庫を確認してみたがマヨネーズを含めた調味料は減っていないようだ。ボクは呆れながら「いつ食べた?」と尋ねる。

「一日中?」

 片手は耳を押さえているが、諦めることなくバックハグしてくる詩織に肩を落としつつ、ボクは「延々と野菜だけを生でかじってたのね?」と確認する。そんなボクに対して詩織はピースサインを突き出してくる。かわいいけど許せない。

「ボクの弁当は作りたがるくせに、なんで自分のご飯は作ってくれないの? お肉を食べてってお願いしてるでしょう?」

 ボクの説教に動じず、詩織は言い返す。

「ウサギちゃんは肉なんて食べないし、料理もしないんだよ?」

「だったら酒も飲むな。弁当だって冷凍食品で良いよ」

 冷徹なツッコミに詩織は「えー」といじける。ボクも自分一人だったら料理をしたくないけどさ……。あなたは、料理配信とか称してホットケーキを量産した罪があるんだ。今も大量にあるんだよ、冷蔵庫に。五日間、ずっと食べ続けているのに残っているって怖いよ。予想通りに日中で減っていなかったから、ボクの晩ご飯は冷えたホットケーキで確定じゃないか。少しでもまともな物を食わせたいからおにぎりを買ってきた面があるとはいえども、買ってきたボクが馬鹿みたいじゃないか。一緒にホットケーキを食ってくれれば最高だが、とりあえず、おにぎりでもいいので、まともな炭水化物を摂って欲しい……。キャベツを補充しなければ何も食べないとか言い出すだろうし、困るんだけど甘やかしすぎだろうか。

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