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等身大のアイドル  作者: 高天ガ原
第三章
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第六章①デスマーチを奏でる前に

 会議は、結局、夜明けまで続いた。折角なら、社長達が来るまでにプロモーションビデオまで作成して、自己紹介代わりに流そうという話になり、詩織だけでなく、ボクのキャラ作りもした。なぜか、朝香までキャラ作りをすることになったが、気にしないでおこう。楽しく時間を過ごしながら、動画の構成案を出して、作曲も始めた。正直、ボク自身が歌うための曲なんて考えてこなかったから大変だったけど、不足している部分は詩織が補ってくれた。凄く助かった。

 だが、どうしても朝香が手持ち無沙汰になってしまう。この部屋にはパソコンが二台あるが、詩織のパソコンは動画編集ソフトなども入っていないので作業が出来ないのだ。一方で、朝香は詩織に動画の作り方を教えようと、有償ソフトまで買っていたらしい。つまり、詩織のパソコンを使うより朝香のパソコンを持ってくる方が断然、楽なのだ。ただ……。

「お父さんに電話するのは嫌だなー」

 そうぼやき続ける朝香をボク達は十分は放置している。作曲は着々と進んでいるが、割り切ってくれないと作業的に辛いのは事実だ。そんな時、しびれを切らしたのは詩織だった。

「ねぇ、朝香。あたしのパソコンを使う?」

 その言葉に朝香は「いやぁ、ソフトがねー」と返す。何回かしたやりとりだ。ここまでは見覚えがある。

「じゃあ、あたしがソフトを買う!」

 その言葉に朝香が慌てた。

「いや、ダメだよ! 私が取りに行けば済むから!」

 珍しい展開にボクは目をこすりながら朝香を見つめる。追い詰められたな。

「じゃあ、電話して?」

 その言葉にボクはにやりと笑う。何かを感じたのか朝香が視線を向けてきたので親指を立ててやった。一瞬、朝香はイラッとした顔をしたが、やけくそに言う。

「分かったよ。でも、私はお父さんと話がしたくない」

 ボクは鼻で笑った。

「じゃあ、ボクが話そうか?」

 その言葉に朝香が唖然とする。残念だったな。詰みだ。ボクは立ち上がると、撮影していたカメラモードを停止させて、朝香のスマホで着信履歴を開く。

「本当に、電話するの?」

 いきなりソワソワし始める朝香を無視してボクは画面上の〈み〉を押すと通話をスピーカーモードにした。それを見て、朝香がうなだれる。諦めなさい。


 数コールの末に不機嫌そうな声が響いた。

「どちら様?」

 かなりお怒りのご様子だ。声を聞いただけで詩織が萎縮している。これは、少しクッションを挟まないと真剣に話せそうにない。

「もしもし、オタクのお嬢さんがストーカーの末に不法侵入してきたんですけど、通報して良いですか?」

 唐突なボクの言葉に朝香が「おい」とツッコむ。しかし、空気は和まない。

「おかしいですねー、うちの一人娘は家でしっかりと過ごしているんですよ。何かとお間違えではございませんか?」

 もはや娘扱いされていないことに詩織が震え始めた。そうか、怖いか。そう思いつつも、ボクは怯えることはなかった。

 どうやら、ボクは昨日の一件で面倒ごとに慣れたらしい。朝香も電話するときよりはリラックスしているように見える。むしろ、この程度かと顔で語っている。どうしようもない一線を、ボクと朝香は超えていたのだろう。

「じゃあ、ここに居る朝香って娘はしばらく帰らなくても良いですかね? そうでした、娘さんじゃないんでしたっけ?」

 勇気を振り絞って最大限のネタをかましつつ、用件を伝える。それを聞いてか、少しだけ雅さんの声が柔らかくなった。

「あー、そういえば、馬鹿な家で娘が一人居ましたね。いい年をして、アイドルの尻ばっかり追いかけてる娘なんですけどね。まぁ、一週間くらいは帰ってこないと思っているんですよー。むしろ、帰ってこなくて良いです」

 その言葉に少しだけ安心したボクは笑って伝える。

「実はですねー、その娘さんの荷物が欲しいんですよ。なので、お伺いして良い時間が知りたくて」

 ボクの言葉に雅さんは「そうですか」と言う。

「ちなみに、犯罪者としては連れていかないつもりなので、ご安心ください。ただ、ちょっと、一週間くらいはこき使いますけど」

 ボクの言葉で流れを察したのだろう、雅さんは「では、お昼頃にお越しください。ついでだから、全員で来てください。もてなす用意しておきます」と返事した。もてなすってことは口論必須だ。覚悟しなければ。

「ありがとうございますー。では、お昼頃に伺いますので。では」

 挨拶をしてからボクが電話を切ると詩織が抱きついてきた。

「ねぇ、怖かった」

 その言葉に「ちょっとキツかったかも?」とボクは返す。一方の朝香は朝香で「手加減してくれたねー」と笑っていた。朝香の常識が壊れすぎていて、詩織に待ち受ける困難が見えた気がした。

「とりあえず、一週間、泊まり込みで頑張りますか」

 ボクの言葉に朝香は軽く「あーい」と返す。この調子で本当に大丈夫だろうか。

「とりあえず、今からどうする?」

 ボクの言葉に朝香は「寝ようよ」と返す。外は明るくなってきたし、既に徹夜する気分になっていたボクは肩を落とした。それを見て、詩織が「萌歌って徹夜が好きだもんね」と笑う。否定はしない。むしろ、徹夜している時の方が疲れて心が死ぬので感情的にならないことが多いから楽なんだ。

「起きたら雅さんのところに行って話をしてから、会議の動画を編集して報告代わりにアップロードしよう。そうだなぁ、今日の夜には報告動画を出したいね」

 その言葉に朝香は「ハイペースだね」と笑う。でも、こうでもしないと間に合わない。

「だって、一週間でしょ?」

 そう尋ねるボクに詩織が「正確には今から6日後のお昼だね」と答える。なかなか厳しいと感じた。

「曲を早めに仕上げて、カラオケで録音して、ミックスして……。足りるかなぁ」

 そう呟いたボクに朝香が「腕の見せ所だよ」と笑う。音楽の知識が無いから笑えるだけで、実際はかなり厳しいと思う。

「あたし、『海とウサギの月』はメジャーでもやれると思うの。あたし一人じゃ足りない部分を萌歌が補ってくれてるから、なんとか成り立つと思う。実力で事業所に入れないあたしが言っても説得力が無いけど、アイドル志望だからこそ確信してる」

 自信たっぷりな詩織に朝香が尋ねる。

「ところで、詩織は大丈夫?」

 その言葉に詩織が「どういうこと?」と尋ねる。ただ、ボクには伝わった。

「眠くないか、ってこと? ボクは徹夜耐性があるけど、詩織はないでしょう?」

 ボクの問いかけに詩織は「頭がぼーっとするし、体がだるいけど大丈夫!」と笑う。絶対に発熱しているパターンだ。

「……体温を測って、すぐに寝てください。お願いします。詩織がダウンすると色々と問題が出るので、被害が小さいうちに休んでください」

 ボクの言葉に詩織が「てへ」と言いながらベッドにダイブする。寝たかったんだね。ボクは立ち上がって体温計を取ると、詩織に投げ渡す。詩織は無防備に襟を押し下げて脇で体温を測り始めた。

「お昼まで寝て良い?」

 そう尋ねる朝香にボクは「大丈夫ー。むしろ、抱き枕になってあげてー」と伝える。ボクは三日の徹夜を経験している猛者だ。簡単にはダウンしない。

「じゃあ、頼むわー」

 そう言いながら朝香もボクのベッドに飛び込む。そんな跳ねたら下の人に怒られるって。

「まぁ、いいや」

 そう呟きつつ、ボクは作曲を続けようとする。そんなボクに詩織が「38度のちょっと下」と告げた。やっぱりか。

「早く寝なさい」

 ボクの声に詩織は「はーい」と言いつつ、寝息を立て始める。限界だったのだろう。ボクは朝香が寝るのを待つように作業を再開した。そして、二人が寝た頃にこっそりと冷蔵庫の裏に行く。詩織に怒られるから隠してあるエナジードリンクがあるのだ。

「うっへへー。アドレナリン出ちゃうぞー」

 そんなことを呟きつつ、エナジードリンクを手に取る。本当、悪い人間だと思う。だが、これはやめられない。エナジードリンクって、疲れ具合に合わせて飲んだときに気持ち悪くなりやすい。だが、吐かずに飲んだ時の覚醒効果が凄いから捨てられない。

 今日は……凄く気持ち悪い。内臓がかき回される気がする。でも、やめられない。

 体に悪い味を堪能しながら、ボクは脳内でタスクを整理した。明日以降のバイトをお休みする連絡をしないといけない、ビールと野菜の調達をしないといけない。というか、朝香も増えたから食事量が増えるな。でも、あの二人を買い物に行かせたら金額が怖いので生かせることが出来ない。

「ついでに、詩織を監視する体制を作らないと行けないのか」

 ボクはそう呟いた。案外、こういうときに限って、詩織は配信で変なことを口走るのだ。そもそもオーディション前に変なことを言われたくないから配信は規制したいくらいだ。本当、困る。どうにかしなければ……。

「こりゃあ、ボクがお昼から寝るとして、朝香と詩織には二人で行動してもらうしかないな。お金は持たせないようにして……。詩織はクレジットカードを持っているんだっけ?」

 ボクはそんなことを呟きつつ、エナジードリンクの缶をこっそりとゴミ箱に入れる。大量に入っているビール缶に混ぜるようにエナドリの缶を隠すとボクは作業場に戻った。お昼までにメロディーだけでもソフトに打ち込めれば良いのだが、歌詞は詩織と話していたとおりで良いのだろうか。悩ましい。メロディーさえ打ち込めれば、ボク達がお手本に聞くためのボーカロイドくらいは簡単に作れる。それを持って雅さんのところに行ければ……。

「ハードモードっすねぇ」

 ボクの呟きに答える人は居ない。気持ちよく寝息を立てている二人を一瞥してからボクは作業を開始する。徹夜している時ほどボクの作品はよく仕上がっている傾向があるので、なんとかなると信じたい。

 メロディーを作るために鼻歌を歌いながら、ボクは必死で作業をした。そんなことをしていれば朝焼けも真っ青になって消えていく。作業に没頭しているボクは、足音を響かせている期日の存在を感じて、必死になっていった。

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