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等身大のアイドル  作者: 高天ガ原
第三章
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第五章③こたえあわせ

「会場調整とか抽選もボクがするのかー。ファンをまとめられるかな? そもそも、ファンのことをなんて呼ぶ?」

 ぼそっと呟く朝香に詩織が言った。

「あたし達が月だから、ファンは太陽?」

「スケールがでかいな」

 ボクは思わず苦笑するが、思ったよりセンスの良い呼び名だ。

「太陽の中心かー、核としか言い様がないじゃん」

 そう呟く朝香に詩織は励ます。

「頑張ってね、太陽の核!」

 それを聞いてボクも笑う。

「いくら神様を目指すと言っても、全部出来るわけじゃないから雑務は任せたよ」

 朝香はうなだれた。めっちゃ大変な薬を押しつけられたと思う。ご愁傷様。

「それで、もう一個あるんでしょ?」

 話題を変えようとする朝香の問いに、詩織は「う、うん……」と言い淀む。先ほどまでハキハキと言えていたのに不自然だ。

「言いづらい?」

 心配したボクの問いかけに詩織は「ちゃんとカメラ、回ってるよね?」と尋ねた。訳も分からずにボクはスマホをチェックする。

「ちゃんと撮影しているよ?」

 ボクがそう答えると、詩織は目をつぶった。

「じゃあ、覚悟を決めるよ」

 その声は震えていた。何だろう。凄く怖い。そんなボクをおいて、朝香が笑った。

「ここまで来たら、何も驚かないでしょ」

 それを聞いて、ボクは「そうかも」と呟く。だが、あまりにも様子が変だ。

「大丈夫、詩織?」

 そう尋ねて近寄ろうとするボクを詩織は手で制した。ボクが首をかしげると、詩織は振り絞るような声で言った。

「あたし……アイドル二世です」

 その言葉に朝香は「本当だったんだ」とだけ言う。ボクは悪寒が走って固まった。まさか、朝香の家で話したことが本当になるわけじゃ……。

「昔、配信で言ったとおり、父親はアイドルです。で、初めての情報だけど……母親もアイドルです」

 それを聞いて朝香が呟く。

「月宮、か」

 力なく頷いた詩織はボクに向き直って頭を下げる。

「黙っててごめんなさい。あたしは、萌歌の憧れる月宮沙織の娘、本人です」

 さすがにボクは何も言えなかった。何が驚くことなんて無い、だ。驚くに決まっているだろう。

「いや、萌歌も分かってたんじゃないの? 本名が月宮詩織って時点で」

 その言葉にボクは「いや、本当に偶然だと信じてた」と答える。それを聞いた朝香は笑う。

「萌歌が『運命だね』って言ったときに『宿命だよ』って言ってたのを聞いたときから、私は察してたよ。だから、気づかないふりをする萌歌が偉いなって思ってた。本人の隠したいことを気づいていないふりをすることは凄いことだからね」

 そう言いながら朝香は伸びをする。

「伏線はたくさんあったじゃない。なんで無視したの?」

 その言葉にボクは力なく呟く。

「……信じたくなかったから。あの人は結婚もせず全てをアイドルに捧げているから神聖だと思ってた」

 そう答えると朝香は「そうか」とだけ言う。まぁ、そうだろうな。幻滅する瞬間って、いつもこうだよね。

「萌歌のそばでずっと沙織への憧れを聞いていて、あたし、苦しかった。沙織のことを明かしてしまえば、萌歌は沙織抜きであたしを見ることはなくなってしまう。そう思っていたから黙ってた。でも、もう、それも要らないよね」

 その言葉にはボクへの幻滅が含まれていた。そうだよね、ごめんね。でも、ボク……。

「ボクは沙織のファンだけど、詩織以上に沙織を信仰しているわけじゃないよ」

 そう答えたボクに詩織は「口では言えるけど、本当かな」と疑った。まぁ、ボクが出した結論が結論なだけに仕方ない疑いだと思う。ボクは何も言えない。

「別にどっちでも良いんじゃない? それよりも、月宮沙織がママだってことだけで話は終わるの?」

 朝香が空気を変えるようにそう尋ねる。すると、詩織は首を振った。

「あたし、実は切り札を持ってるの。いざとなったらママの事務局が雇ってくれるって言ってた。昔の約束だけど、今も有効だと思う」

 その一言はかなり重い意味がある。すなわち……。

「やる気があるんだったら、グループで事務所に挑む権利があるってことか」

 ボクの呟きに朝香は笑う。

「なんか壮大になってきたね。しがない配信者が炎上騒ぎを起こした挙げ句、アイドルになるって笑えないよ」

 朝香の言葉に詩織はうつむく。

「本当は使っちゃいけない手札だと思ってた。だから、ずっと配信者をしている間も使わなかったし、落ちぶれてからは考えもしなくなった。……ただ、楽しく生きれればいいやって思ってた」

 そう言いながら詩織はボクのポケットを触る。ボクのポケットには詩織のスマホが入っている。

「あたしが電話をかけて、交渉すれば、多分、面接くらいはしてくれると思う。ただ、一番良かった頃のあたしでさえ落とされた。だから、無理だと思ってきた。でも、萌歌がいれば別だと思う」

 詩織の言葉には過剰な信頼と期待があった。だけど、それ以上に莫大すぎる可能性が含まれていた。

「本業のアイドル、か」

 ボクの呟きに朝香は笑う。

「詩織しか配信者を経験していないのは痛手かもしれないけど、きっと二人で挑めば何とかなると思うよ」

「投げやりだなぁ」

 ボクはそう笑いながらもわくわくしていた。憧れの沙織に近づける。なら。

「やるしかないでしょ」

 ボクの言葉に詩織は笑った。

「だよね。あたしもそう思った。今から電話してくるよ。多分、まだ、ママは起きてる」

 そう言うと詩織はスマホを手に取ってトイレへと向かった。その間に朝香が話しかけてくる。

「姫はやっと、タブーを突破したね」

 その言葉にボクは「タブー?」と尋ねる。すると、朝香は笑った。

「姫のリスナーにはNGワードがある。コメントで触れると姫の機嫌が悪くなる言葉って一杯あるんだよ」

 心当たりがボクにもある。

「家族、とかだよね」

「そう。月宮沙織や同居人とかも含むんだけど。それを全部、自力で突破したね」

 その言葉にボクは力強く頷いた。

「詩織、成長したね」

 しみじみと呟くボクに朝香は「少しだけ、肩の荷が下りたよ」と笑う。まだ、詩織が一人で歩める日は遠いかもしれないけど、少しは幸せに近づいたんだと思う。

「本当、スランプで悩んでいたときに自殺の名所に連れて行かれた彼女とは大違いだよ」

 ボクの苦笑に朝香は興味を持ったようだ。

「どういうこと?」

 それに対して、ボクは自嘲しながら喋る。

「いやさ、ボク、スランプになると海を見に行く癖があるの。ただ、昔、とてつもないスランプが来たとき、動けなくてさ。珍しく詩織から海に行こうって誘ってきたの。何も疑わずに行ったら、自殺の名所でさ。『辛いなら、あたしと一緒に死のう?』って。めっちゃ目が覚めたよ」

「とても彼女らしいと言うか何というか……。悩んでいる人の背中を蹴飛ばすよね、あの子」

 その表現にボクはしみじみと頷く。

「でも、そのキックに愛があるからボクは何度も立ち直ってきたんだよ」

 その言葉に朝香は頷く。

「その力強さが私のファン歴を伸ばしてるからね」

 それを聞いてボクは「朝香って励ます立場じゃないの?」と尋ねる。すると、朝香は苦笑した。

「そんなこともないよ。萌歌の知っているとおり、私の家は常識が通じないから友達にも理解されなかった。だけど、そうやって友達がふるいにかけられていることを愛だって教えてくれたのは詩織だよ」

 その言葉にボクは苦笑する。

「まぁ、変人を認める人ならどんな凡人でも認めるよね」

 その言葉に朝香は笑う。

「実際は変人しか受け付けない人とかも居たけどさ、私は中後半端に尖っていたから大変だったよ。ただ、それだけ、刺さる人には刺さった。萌歌もその一人。気に入ってくれる人を大切にするのが良いって気づいた。それは詩織が素直なのに見向きもされないことを見て気づいたよ」

 ボクは「そうだよねー」と言いつつ、ため息をつく。なんだかんだで詩織って偉大だ。

「ボクってさ、性欲があまりないの。アセクシャル気味なんだ。キスとかを駆け引きですることもあった。結婚願望なんて無かったし、相手が男でも良いと思ってた。でも、いつの間にか詩織以外は考えなくなってたな。詩織以上に魅力的だって思う人間がいなかったから。朝香の存在にはちょっとびっくりしたけどね」

 ボクはそう言いつつ、立ち上がる。

「一瞬だけ、本当に恋したって勘違いした。でも、ボクは朝香に恋愛感情なんて無いよ。勘違いさせて味方だって言わせようとしたボクが言うのも悪いんだけどさ、ボクは人を愛することなんてできないよ」

 その言葉に朝香は食い下がる。

「恋は出来ない、の間違いだよね? 愛することは出来ていたじゃない。詩織は愛されていたから今のねじれ具合で助かってる。愛されもせずに自虐ばかりしていたら誰も救えないような人間になっていたかもしれない」

 笑うべきでないんだけど、ボクは笑った。

「本当にボクが救うべきだったのかは分からないけどね」

 それに対し、朝香は「何を言っているだか」と呆れる。そんな時、トイレの戸が開いた。

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