第五章②固まっていく偶像
ふと思ったのか、朝香が尋ねてくる。
「ちなみに、萌歌はどんなアイドルを目指すの?」
その問いにボクは一瞬、固まった。考えていなかった。
「うーん……。なんか、文字だけで示すと薄っぺらいんだよね。〈理想のアイドル〉だとつまらない」
その答えを聞いて、詩織が喋る。
「あたしが萌歌に持っていたイメージはポジティブなものだった。あたしは悪い意味で伝説になっちゃう気がするけど、萌歌は良い意味で伝説になると思ってた」
それを聞いて、朝香は笑う。
「だったら、伝説なんかで終わっちゃダメだよ。伝説はいつか消えちゃう。神話くらい大きいコンセプトで行くべきだと思う。萌歌は消えないような神話の存在になるの。しかも、悪い上様じゃなくて良い神様としてね」
その言葉にボクはハードルが上がったのを感じた。しかし、だからこそ、挑戦のし甲斐があるのも確かだ。
「オッケー、いいよ。ボクは〈神話のアイドル〉ね。キリストみたいな何か布教すべきかな」
そう笑うボクに対して、朝香がツッコむ。
「もう布教してるじゃん。アイドルだって人間だ、って」
「それを教訓にしちゃうの? マジ?」
そう言いつつも面白かったのでメモに書き留める。それを見て、朝香が言葉を加えた。
「アイドルって誇張されるものだけどさ、人間くさくしても幻滅されない〈等身大〉と極限まで誇張した〈神話〉。凄く言い組み合わせだと思う」
同調するように詩織が「アイドルも人間だけどさ、人間とみられるものかって頑張ってきた歴史が今のギャップを生んでるんだと思う」と発言する。メモが追いつかない。待って欲しい。
「どっちも困難で理解されにくい道だけどさ、二人とも私が“愛してる”アイドルだからやり遂げてくれると思う」
そんなことを言う朝香に「まだ配信者だよー」とツッコミながら手を止めない。本当、ネタの宝庫だ。
「姫はさ、炎上系と呼ばれるほど過激だけど、強い信念があった。不安にとりつかれながらも皆を励まそうとする優しさがあった。嫌われやすかったかもしれないけど、月兎耳姫という光はリスナーの世界を照らしていたと思うよ」
唐突に褒められてびっくりしたのか詩織は「ありがとう……?」と戸惑った。かわいい。
「それじゃあ、コンセプトは見えてきたね。作曲は後で頑張ろう。折角なら詩織も一緒に作ろうね」
ボクが声を弾ませると詩織は「合作なんてしたことなかったよね」と笑う。楽しみだ。ところがいきなり詩織は表情を沈ませる。
「でも、あたし、言わないといけないことがいくつかあるの」
唐突に深刻な雰囲気を出す詩織にボクは戸惑った。台本なんて無かったけど、想像していない流れだ。
「何を言いたいの?」
ボクの問いかけに詩織は指折りする。話題は……三つか。
「あのね、まず、ね。萌歌。理想のアイドルなのに傷物になるのはやめてよ。自傷、したでしょ?」
その言葉にボクは苦笑する。ばれてますよねー。
「配信の時は萌歌が流れを作っちゃってたから言い出せなかったけど、凄く気にしてた。自傷なんて何年ぶり? 大学生の時以来だよね?」
その言葉にボクは目をそらす。
「三年ぶりくらいじゃない?」
そう答えるボクに朝香が問いかける。
「逆に、三年も我慢できたんだ」
ボクはそれに対し「そうだね、辛くても押さえ込んでいたからしてないよ」と答える。自傷すると詩織が泣きわめくので嫌になってやめたのだ。
「〈神話のアイドル〉が自傷ってどうなの? なんか、面白く言い訳してよ」
その言葉にボクは困った。すると、朝香が目を輝かす。
「めっちゃ、思いつきだけど言って良い?」
あまりにも楽しそうだったのでボクは「どうぞ」と言ってみる。すると、朝香はとんでもないことを言い出した。
「これはね、神様が人間だったことを思い出すための傷なんだよ。消えてしまったら新たに付け直すような大事な傷。かさぶた人立って剥がれて、目立たなくなって……そうやって忘れるのが嫌で〈神話のアイドル〉は自傷を繰り返すの」
思わぬストーリー展開に詩織と一緒にボクは感嘆してしまった。さすが、小説家の娘。
「理想になるために転んで、泣いて、傷ついてきた過程を忘れないための自傷。どう? 良くない?」
ボクは思わず「面白いね」と言ってしまう。すると、詩織が褒めるように言った。
「傷のない無垢なアイドルなんて、芸能の歴史で多く目指されてきたけど。それが消えていったのは底にあるかもしれないね。超人性と傷がある人間臭さが合わされば、本当に神話になっちゃいそうな気がする」
それを聞いて朝香は「ポイントゲット」と笑う。いつからポイント制度が始まったんだ。
「言い逃れとしては甚だしいけど『人間が神話を目指す』ってコンセプトは好きだよ」
そう答えるボクに詩織は寂しそうに言った。
「今、あたしが萌歌に『無理しないで』と伝えても絶対に萌歌は『ボクのわがままだから』って言うと思うの。だから、そんなことはしない。ただ、本当の神様になんてならなくて言い。不公平でも幸せを多く配る神様になって欲しい」
その言葉にボクは苦笑する。
「信者以外までは救おうとしないだろうね、ボクは。あくまで信者のための神様になると思う」
それを聞いて朝香が「幸せを配ることは苦しみを配ることでもあるんだけどね」と笑った。面白いこと言うな。メモしておこう。
「残り二つかな? 次は何?」
メモを取っている間に朝香が話を進める。すると、詩織は朝香を見つめて話し出した。
「朝香ちゃんさ、分かってるよね?」
その言葉にボクは戸惑うが、朝香は目をそらした。何か伝わっているようだ。
「なーんのことかな? ボクはただ、アイドルの家に突撃しただけだけど?」
その言葉を聞いて、ボクはピンと来た。なるほど、そういうことか。逃げようとする朝香をとがめるように詩織が言う。
「突撃したってことは、それなりのおとがめを受けるべきだよね? 堂々と動画まで撮ってさ、何も言われないと思います?」
その言葉にボクは苦笑する。そうだよなぁ、何のおとがめもないわけにはいかないよなぁ。
「えーっと? ボクは萌歌と友達だし?」
「今日……じゃなくて、昨日、友達になったばっかりでしょう? 出会ったばかりの友達の家に押しかけたんだとしても性質が悪くない?」
その問いにボクは腹を抱える。腹筋が割れそうだ。
「仕事中も押しのことを考えていて、客を脅しかけたくらいの熱狂ファンだもんねー。ちょっと危ないね」
ボクの言葉に朝香が「それってまだ撮影していない話だよね!?」と慌てる。ざまぁみろ。
「そんな朝香には、ファンのトップがピッタリだね。『月兎耳の母』だしね」
その言葉にボクが「そうだそうだ」と同調する。ただ、詩織の意図が読めない。ファンのトップ、ってどういうことだ?
「つまり、ファンクラブを作って運営しろとおっしゃるのですか? 姫?」
その言葉を聞いて、やっとボクの中で話がつながった。そうか。アイドルを目指すならファンクラブがあった方が良いよね。
「そういうこと。あたしの過去から今までを全部知っているあなたが今までのあたしと萌歌のことを説明して、新規さんが楽しめるような状況を作って欲しいの」
その言葉に朝香は頭を抱える。
「簡単に言うと『海とウサギの月』の概要を書け、ってことね?」
苦しそうに尋ねる朝香へ詩織は「それだけじゃなくて、本当にファンクラブの運営もして欲しい。サイトを作ったりとか会計とかの雑務とか」と追い打ちをかける。突撃したばっかりに大変なことになってやんの。ざまあ。
「えーい、やってやるよ。ここまで来たら何でもやってやる! ただ、給料はくれ!」
その言葉にボクは「まぁ、突撃分の贖罪が終わったらね」と返しておく。いつ、朝香を許そうかなー。考えておこう。そう思っていると詩織が立ち上がって、朝香の手を握る。
「オフ会もしなかった姫の初めてのファンサービスだよ! どう? 最古参のリスナーとして、嬉しくない? あたしはこうしてサービスしていることを後悔したくないなぁ」
ずるい言い方をする詩織にボクは苦笑する。そっぽを向いた朝香はすねるように言った。
「良いよ、なら、何個か企画はある。どうせ、やらないと不法侵入で警察を呼ばれそうだし。それに一般のファンが知らないような面を間近で見れる立場なんだから文句は言わない」
その言葉を聞いて詩織は笑った。
「あたしね、ファンミーティングってイベントがやりたいの! 選ばれたファンと一緒に会議をして曲を作るの!」
その提案にボクは苦笑する。
「時間内に作曲できるか自信ないんだけど」
それを聞いて詩織は「大丈夫、慣れてくれば出来るようになると思う!」と断言した。もっと頑張らなければ。




